第5話:ウルとエルナ

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ」


 次の日、ポポスの街の入り口で今回のクエストとは別の依頼人である、商人のケビンと合流した一行。

 アベルが代表して挨拶をする。


 実は昨日、宿に戻ったら彼等が留守の間に受付の人がマルートの冒険者ギルドから使いから、伝言を預かっていたらしい。

 それで、ユクトとウルが話を聞きに向かったところ、内容としては丁度マシュー村に向かう途中のメイルの村に販売と仕入れに向かうケビンという行商人が、護衛を希望しているという依頼の斡旋だった。

 出発日はギルドに伝えていたため、丁度良いと白刃の矢が立ったわけだ。


 メイルの村に行くまでに、魔物が多く生息するイリスの丘を抜けなければならない。

 といってもグレイウルフや、スカベンジャーホークというそこまで討伐難易度の高くない魔物ばかりだ。

 まあ、それは魔物を討伐することを生業にしている者達にとってであり、一般人にはそれなりの脅威ではあるが。


「いやあ助かりましたよ! あまり依頼料が出せなかったもので」


 ケビンに聞けば、ポポスの街での売れ行きが芳しくなく、資金が割とカツカツだったので相場より安い金額しか用意が出来なかったらしい。

 メイルの村までの護衛依頼ならば、片道1日程度の距離なので相場としては5000エンラ。

 ただ、彼としては3000エンラ以上はちょっと厳しい状況だったらしい。


 いや、所持金からすれば余裕で払えるのだが、ポポスの街での商売が若干ショート気味だったため、少しでも経費を落としたかったらしい。

 ダメ元でマルートの冒険者ギルドに聞いてみたら、最初は難色を示されたものの受付の人がユクト達が向かう先の道中にあることを思い出し打診してみてくれたらしい。


 ユクト達からすれば、降って湧いたような臨時収入だ。

 別にケビンの依頼を受けなくてもそこで休憩を取るつもりだったのだから、お互いにとって良い話となった。


「こちらも助かりました。徒歩で向かう予定でしたので荷馬車とはいえ、この子を乗せて貰えるのは有難いですし」


 荷馬車といっても、引いているのはロバによく似た動物だが。

 その荷台にも3分の2くらいしか荷物が乗っていないので、エルナを空いたスペースに乗せてもらうことが出来た。


 さらには、自分達の荷物も乗せて貰えたので、少しでも楽が出来てミランが嬉しそうにお礼を言っている。


 それから一行はポポスの街を出て、街道を西に向かってゆっくりと進む。

 移動の際の荷物持ちは、2mを超える大柄で力持ちのウルと、一時期ポーターとして活動して鍛えられたユクトが大半を担当するのだが。

 アベルは自身の大剣のせいで、2人よりは少ない荷物で許して貰っていた。

 が、こうなるとアベルが一番重い物を持っていることになる。


 いつもと立場が変わってアベルよりも身軽に旅が出来ることで、少しだけユクトが嬉しそうな表情を浮かべていた。


「俺にとって剣は身体の一部だからな、重くなんて無いし」

「そう? じゃあ、次からは荷物は三等分で良い?」

「えっ? いや、それは……」


 その状況が面白く無くてつい強がりを言ってしまったアベルだったが、ミランから返って来た言葉に思わず詰まってしまう。


「皆さんはマシューの村までクエストに向かわれるんですよね? お若いのに優秀なんですね」

「いえ、これが初めてのクエストなんです」


 ロバの手綱を引くケビンの言葉に、ちょっと嬉しそうにユクトが答える。

 初めての冒険と呼べる仕事に、ユクトだけでなくアベルやミランも前日からワクワクして寝れなかったことまでは言わないが。


「こどもたすけるの!」

「へえ、マシューの村の子供達によくないことでもあったのですか?」


 荷台の上でいつもとは違って見えるのか、周囲の景色を楽しんでいたエルナが嬉しそうにケビンに自慢する。

 別に依頼に対する守秘義務というのは、指定が無い場合はほとんどないに等しい。

 そうでなくともギルドの掲示板に貼ってあって、訪れた人なら冒険者じゃなくても見る事が出来るのだ。

 隠す必要もない。


「どうやら神隠しがあったみたいで」

「神隠しですか……無事だと良いですね」


 ケビンは少しだけ表情を曇らせたが、子供達がそういったトラブルに見舞われることに心配になっただけのようだ。


 それから商売のことや、行商中のトラブルなどの話を面白おかしく話して貰って、のんびりとハイキング気分で一行は進んでいく。

 道中でスライムや角兎なんかが現れたが、流石にこれだけの大所帯だと好んで襲ってきたりもしない。

 

 特に大きなトラブルもなく、件のイリスの丘の手前で休憩を取る。


「おや、お弁当ですか?」

「はい! 日向亭のマスターが作ってくれたんですよ」

「つくってくえたの!」


 開けた場所で、敷物を広げてその上に座る一行。

 それからおもむろに布に包まれたバスケットを取り出し、その布を開く。

 中にあったバスケットの蓋を取ると、サンドイッチとフルーツが中に入っていた。


 ケビンが、それを見て楽しそうにニコニコと聞くと、元気よくミランとエルナが答える。


「わあ! ゼリーだ!」

「おお……あれ? 俺のには入ってないぞ?」

「安心しろ、僕のにも入ってない」


 エルナの分だけサンドイッチが小さめに作られている代わりに、森でフルーツを主食としているベリースライムのゼリーが入っている。

 その味はとても甘く、ひんやりとしていてツルンとしたのど越しが特徴のこの世界でもメジャーな甘味の一つだ。

 入っているのはエルナのバスケットだけ。

 そのことにアベルが少し不満そうだったが、エルナは日向亭でも人気者なのだ。

 このくらいの特別扱いは日常茶飯事だったりする。


==========================

日向亭裏メニュー

冒険者弁当 50エンラ

・蒸し鶏(ウーズラ鳥)とレタスのサンドイッチ×2

 鶏ガラスープの残り・小麦・ミルク・バターを使った

 クリームソース(大人はカラシ入り)

・卵とベーコンのサンドイッチ×2

・季節のフルーツ

 木苺、葡萄

・ベリースライムゼリー(エルナのみ)

==========================


「ケビンさんは、それだけですか?」

「はは、お恥ずかしい」


 その横でケビンが取り出したのは、干し肉と黒パン。

 それから、木筒に入った黒パンを浸して柔らかくするための、ドロリとしたソースのようなスープ。

 旅人のメジャーな携行食。


「でも、こうすれば私のだって立派なサンドイッチですよ」


 そう言ってケビンは黒パンに切れ目を入れて、そこに干し肉を挟むとスープに浸して悪戯っ子のような笑みを浮かべガブリと齧りつく。


「まあ、そうやって食べないと干し肉は味が濃いですし、パンは固いですしね」

「はは……身も蓋も無い」


 ミランの口から洩れたあんまりな言葉にケビンが苦笑いしているが。


「こらっ……すいません」

「あっ……ごめんなさい。つい」


 ユクトがミランを咎めつつもケビンに謝ると、彼女も自分の失言に気付いたのか慌てて頭を下げる。

 決して悪気があったわけではなく、旅の携行食あるあるについ共感して言葉にしてしまっただけだったが。

 これから自分達だけ美味しい昼食を食べるというこの状況では、嫌みともとられかねない。

 

「いえ、これが普通ですので、気にしてませんよ」


 言われたケビン自身も本当に気にしては無さそうだが、少しだけ寂しそうだ。

 

「おお、美味い!」


 そして空気が読めない男が若干1名。

 アベルがそんなやり取りを横目に、さっそくサンドイッチを口に頬張って嬉しそうに声をあげる。

 ユクトが大袈裟にため息を吐くが、彼は全然気付いた様子もなくパクパクと食べ進めていた。


「ん」


 そんな中で、ケビンに差し出されるバスケット。

 それを持つ手の主は、ウルだ。

 

「狼人は顎が強い……代える」

「いやいや、悪いですよ」


 狼のような強靭な顎を持つウルならば、黒パンだろうが柔らかいパンと変わらずに簡単に咀嚼出来る。

 だからといって、この物々交換は流石にケビンが得をしすぎだろう。

 本人も首を振って断っている。

 

「味覚も人族ほど発達してない。味わえる者が美味い物を食え」

「いや、そんな話聞いたことないですって。大丈夫ですから」


 大柄なウルに迫られて少しタジタジのケビンだが、そこまで甘えるつもりはないらしい。

 それにウルは気にさせまいとそんなことを言っているが、グルメな獣人も少なからず居るわけだ。

 獣人だから味が分からないということは無い。

 まあ、自分以外の人が味をどう感じているか分からないから、何とも言えないが。

 

「1つだけでも取り換えてもらったらどうですか?」


 そんなケビンにユクトから助け船が出される。

 このままではらちが明かないと思ったのだろう。

 それにユクトは心優しいウルのことだから、一人だけ違うものを……しかも、自分達の食事よりも見るからに美味しく無さそうな物を横で食べるケビンの事を、本心から気遣ってのことだと分かっている。

 そんな状況では美味しい物も、美味しくなくなるだろうし。


「うまいぞ?」

「そこまで言われてしまったなら、お言葉に甘えさせてもらいます」


 さらに追い打ちをかけるようにズイっとバスケットを差し出され、ウルに牙を剥かれて言われてしまったらこれ以上は断りきれなかった。

 いや、ウルからすれば笑顔のつもりなのだが。

 恐縮しつつも、隠し切れない嬉しさを滲ませながら黒パンの干し肉サンドを手渡し代わりにサンドイッチを1つ受け取るケビン。


「あっ……美味しい」

「でしょう?」


 それに齧りついて思わず出てしまった本心からの言葉に、ミランがにんまりとしていた。


「エルも、それたべてみたい!」

「ん」


 ウルが黒パンに齧りついたのを見て、エルナがねだったのでウルが差し出す。


「ありがとうパパ!」


 そしてエルナがその黒パンに齧りつく。


「かたい……」


 がすぐに眉を寄せて、口を離していた。

 思ったのと違ったらしい。

 ウルが簡単に噛み切って、モグモグと食べていたので美味しそうに見えたらしい。


「あはは」


 子供の正直な感想に、ここでもケビンが苦笑いをする羽目になっていた。

 食事を終えると、ウルが地面に拾った小枝を組んでいく。


「エルナ」

「うん、パパ! ファイア!」


 そしてウルに名前を呼ばれたエルナが、魔法を使って丁寧に組まれた枝に火をつける。

 その間にゴソゴソと自分の鞄からポットと、布袋を取り出す。


「ん」

「ウォーター」


 次いでエルナが差し出されたポットに魔法で水を入れると、ウルはそれを先ほど火をつけてもらった焚火に乗せる。

 しばらくして沸騰し始めたので、差し水をして布袋から茶葉を摘まんで入れている。


「ウルさんは、エルナちゃんのパパなのですか?」


 そんな2人の様子を眺めながらケビンが小声でユクトに尋ねると、耳の良いウルがそれを聞き取って小さく頷く。


「エルナの親分からない……見つかるまで、俺が、父になった」


 色々と箸折られているが、紆余曲折あってウルはエルナの父親になった。

 エルナが望んだ部分も大きい。

 ただ、どういった経緯かは他のメンバーにも話しておらず、周りもあえて聞いていない。

 ちょっと変な空気になってしまったのを感じ取ったケビンが、思わず誰かに助けを求めようと視線を彷徨わせたが。

 

「ウルはエルのパパ! ウルがすきいちい!」


 張本人であるエルナに救われることになった。

 エルナの言葉を聞いて、ウルが嬉しそうに眼を細めている。

 それを見て、ケビンがホッと溜息を吐いた。


「かっこいいお父さんですね」

「うん! パパ、せかいいち!」


 そう言ってウルに抱き着くエルナを見て、全員がほっこりとした笑みを浮かべていた。


「これは……やっぱり、人族ほど味覚が発達してないなんて嘘じゃないですか! こんな美味しいお茶はそうそう味わえませんよ」


 それからウルに淹れてもらったお茶を口にしたケビンが、驚いたように褒めていた。

 それに対してウルは照れたように頬を人差し指で掻いて、少し恥ずかしそうに視線を落とした。


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