第4話:日向亭の看板娘
「へえ、じゃあ暫くは戻って来ないんだ」
「うん、取りあえず宿の方は明日でいったん出るけど、荷物は月間契約してある部屋に置いて行くから」
「まあ、大所帯だしね。荷物全部持って行ったら、それこそ荷馬車がないと移動はできないよね」
食後のドリンクを飲んでゆっくりとしている一行に、昼時の繁忙が落ち着いたウェイトレスのニーナが自分用の軽食を持って横のテーブルに座って話しかけて来たので、クエストに出かける事を伝えていた。
ミランとニーナは年も近いし気も合うらしく、プライベートでも一緒に買い物に出かけたりするくらいには仲が良い。
自然と、パーティとも近い距離で接するようになっていた。
「ちょっと寂しくなるね」
「まあ、ずっと戻ってこない訳じゃないからね」
「待ってくれている人が居るってのは、頑張って生きて帰ろうって気力に繋がるからね。嬉しいよ」
「はいはい」
パーティ内では軽口をたたいていい加減なことを言ってばかりいるアベルだが、外面だけは良い。
本人曰く、あまり深く付き合わない相手になら、悪く思われるよりも良く思われておいた方が色々と便利だかららしい。
ユクトもミランも最初はこの外面の良さに騙されていたので、少しだけもやもやとした気持ちを抱いているが。
とはいえ根が良い奴であることは確かだし、いまのアベルに慣れてしまったためむしろ良い人風のアベルを見ると背中が痒くなる思いだったりする。
ニーナはそんなユクトやミランにあれこれと吹き込まれているので、アベルに対しては適当にあしらっているが。
「マシュー村ってどこだっけ?」
「ん」
ニーナの質問に答えたのは、狼人族のウルだ。
ごつごつとした毛深い指で、地図の一カ所を指さす。
「うわ、結構遠いよね? あー、でも最寄りの街はここかあ」
マシュー村はポポスの街から西に70kmくらい離れた場所だ。
大人の足なら徒歩で2~3日くらいあれば、余裕で行けるだろう。
子供のエルナがいることを考慮しても、そんなに移動時間は変わらない。
これだけ離れていたら他にも街があるのではとなりそうだが、その間には村がいくつかあるものの冒険者ギルドがありそうな街は無い。
出張所くらいなら、大きめの村にあるかもしれないが。
簡単な依頼なら受注してくれるかもしれないが、クエストともなると難しいだろう。
ただ、出張所でも依頼を出せば、一応便の時に街のギルドにも伝達してくれるので利用者は少なからずいる。
「マシュー村の反対側って大森林なんだね」
「大森林って行ったことないんだよね」
地図上ではマシュー村の西に、広大な森が広がっていた。
テオドール王国最大の大森林、メソドの大森林だ。
最奥地までは誰も踏破したこともない、深山幽谷。
ちなみにその大森林の地図を作るといったクエストもあったりするが、最奥地まで誰も踏破したことがないということは、そういうことだ。
「そうだ、お土産になりそうなものがあったらよろしく」
「うーん? とんでもない田舎っぽいから、どうだろう? あったらね」
「あっ、別に大森林の石とかでも良いんだけどね。ほら、私ってこの街から出ることないから」
外から入ってくるもので、冒険の匂いがするものならなんでもいいらしい。
そんなふわっとしたニーナの要求にミランがちょっと困ったように顔をしかめたが、
「まあ、なんでもいいなら、なるべく面白そうなものを探してくるよ」
とすぐに笑顔を返す。
「うん、それとエルナちゃんお口が凄いことになってるよ?」
「えっ? キャー! ちょっと、エルナ! 襟までベタベタじゃない!」
ミランが隣で蜂蜜とホイップクリームの乗った小さなパンケーキを貰って頬張っていたエルナの方に目を向けると、口の周りをベタベタにするだけでは飽き足らず首元まで蜂蜜を垂らして大惨事になっていた。
「うーん? おいしいけど?」
「美味しいけどじゃない!」
当の本人は甘くてフワフワのパンケーキに夢中でその表情も満足そうだけど、ミランは一生懸命ハンカチで口の周りと襟を拭う。
「ほらタオル濡らしてきたよ! で、明日出発は何時くらい?」
すぐに厨房の方に走っていったかと思うと濡らしたタオルを手に戻ったニーナが、それをミランに手渡しながら次の日の出発の予定を聞いてくる。
「うーん、9時には出ようと思うけど」
「だったら、8時半頃に寄ってよ! 一人50エンラで弁当作らせるからさ、パパに」
ミランの答えを聞いて思いついたように、ニーナがニッコリと笑って提案する。
「良いの? お父さんにそんなに早くに仕事させて」
「良いって良いって、代金は帰ってきたら弁当箱を戻してくれる時に一緒に払ってくれたらいいし」
いわゆる冒険者のゲン担ぎだ。
信用払いとも言われるが、馴染みのお店と常連の冒険者の間ではたまにこういったやり取りがある。
必ず生きて帰ってこいというメッセージが込められたやり取り。
お店の営業時間よりも前だが、父親であり日向亭のコックに作らせるとのこと。
自分では作らないあたりが、ニーナの調子の良い性格がよく出ている。
彼女の人懐っこい笑顔と、こういった気安いやり取りが好きで、ここに通っている常連も多い。
その後で適当に先の予定や、他愛のない話をしたあとニーナは食器を洗いに奥へと引っ込んでいった。
そして、ウルから旅の行程をしっかりと聞いて、確認したあと店から出る。
「じゃあ、アベルこれ貰って帰って来てね? お金は払ってるから」
「っと、ええ? 俺が?」
「誰の靴よ! 誰の!」
「うわっ!」
店を出ですぐにアベルに、木札を放り投げる。
先ほどの靴屋の交換用の札だ。
つい条件反射で受け取ったアベルが、面倒くさそうに眉を寄せるがすぐにミランに睨まれたので、慌ててウルの背中に隠れる。
「わーったよ」
それから木札についた紐を指に引っ掛けて、クルクル回しながら靴屋に向かって歩いて行った。
その背中に向かってベーっと、思いっきりベロを出したミランだったがすぐに振り返ってユクトとウルを見る。
そしてニッコリと笑うと、彼等の手元を指さす。
日向亭まではミランが一生懸命運んできた買い物袋達が、いまは彼等の手に握られている。
「じゃあ、宿に荷物持って帰ってね」
「ん」
「良いけど、どこかまだ行くところあるの? まだ買い物あるなら、そっちも付き合うけど?」
「大丈夫、ちょっと新しい芸人さん見掛けたから」
そう言って荷物を手放して手ぶらになった手で、エルナの手を握る。
「おもしろいだいどうげいにんさんいた!」
「まだ居るか分からないけど、買い物の前にエルナと約束しちゃったから」
「そういうことなら」
「ん」
だったらと、ユクト達もすぐに引き下がって2人を見送る。
「さてと、明日は早いし宿でゆっくりしようか?」
「ん……」
ユクトの言葉に何か考えるようなそぶりを見せたウルだったが、すぐに頷いてユクトの後ろを付いて歩く。
その何気ない仕草に気付いたユクトが、立ち止まって振り返る。
「もしかして、エルナと一緒が良かった? なんだったら、その荷物も僕が持って帰るから、行って来る?」
「ん……いい。帰る」
自分の手に持った荷物を少し持ち上げて確認したウルだったが、すぐに下におろして首を横に振って歩き始めた。
そこまでして行きたいというほどでは無かったらしい。
少し速度をあげて、とっととユクトを追いこしてしまったウルに苦笑いしつつ、慌てて追いかける。
「ちょっと早いって」
「ん」
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