第3章 境界戦
出陣前の軍議
街はずれから、境界内地へ向けて街道が伸びている。
この先には、境界が果てるところすなわち外縁までに六つの砦があるが既に人の住まぬ区域となっており、四つは敵の手に落ちている。
ケトゥ卿の守るこの地が、境界最後の砦となっているのだった。
敵勢は迫りつつあり、ケトゥ卿の土地の付近にまださきの戦いの敵の母体が布陣している
これを蹴散らし、そのまま砦を奪回し敵を外縁にまで押し戻すのが今回の戦の目的だった。
ケトゥ卿はこの総力戦に、六の部隊を編成し、送り出した。
ミシンはその内、五の隊を率いる大将として選ばれた。
ミジーソ、ミルメコレヨンとその従者もミシンの隊に含まれ、彼らはミシンの直属の部下だったが、以下の兵四十は全て卿からの借り物であり、イリュオンという士官がその兵をまとめ隊の副官という位置づけになった。
「ミシン殿」
イリュオンが、まだ境界の朝早く、出立前の準備をしているミシンに呼びかけた。
「出陣前の軍議に、既に他の将校は集っておりますぞ?」
出陣前の軍議とは、初耳だった。
具足を付けるのも半ばにミシンは、「早くせぬと上官に面目ない」と急かすイリュオンに続いて、街道に集結する各部隊の兵の後ろを縫って小走りに走った。
街はずれの木立に、各部隊の主立った将校が集っていた。
軍議は始まっており、中央の、総大将らしい、頑丈な鎧兜に身を包んだ白鬚の将が喋っている。
ミシンをじろりと睨んだ。
歴戦と思わせる将校もちらほら見え、遅れてしまったミシンは頭を下げつつ円陣の片隅に侍った。
ミシンの具足が剥がれかけているのを見て、ふふ、と控えめな笑いを漏らした者がいたが、女の笑いだった。
ミシンはそこで、この中にヒュリカもいるのだったかと思い出し、いっそう恥をかいた思いをしたが、彼女の笑いかは、わからなかった。
編成や進軍の順について語られ、軍議は簡単に終わった。
「遅いぞ。イリュオン」
将らが各々の部隊に向かっていく中で、女の武官がミシンらの方にやって来た。さきの笑い声の主だ、とミシンは思った。
「すまぬ姉じゃ」
とイリュオンが返す。
肩までで切り揃えている黒髪が、軽く風に靡いている。
女はイリュオンの姉だったのだ。
精悍な印象がよく似ている姉弟だが、姉の眼差しは幾分鋭い。
その眼差しで女は会釈しようとするミシンを、きっ、と睨んだので、ミシンは面食らい、思わず怯んでしまった。
「ミシン殿を連れに行っていた故に、遅れてしもうた」
とイリュオンが付け加えたことも合わせて、ミシンは姉弟に些かむっとするものを覚えたのだった。
そこへ通りがかった貴族風の、参謀官なのだろうか戦装束でない男が「コホン」と咳払いをし、
「境界に来たばかりで、慣れぬのは仕方ないが、もうちょっと、しゃっきとせぬか」
と言うのに、ふてくされる思いになるのだった。
すぐ近くにヒュリカがいたのにも気づいてはっとしたが、彼女はとくに表情もなく、前方を見据えているだけだった。
「ミシン殿。ここにいては先に出立する前線部隊の邪魔になり申す。早く我々は後方に戻り、出立の指令が来るのを待ちましょうぞ」
イリュオンは真面目くさった顔でそう言うと、さっさと行ってしまった。
ミシンはヒュリカに一声かけていこうか迷ったが、イリュオンの姉がヒュリカに喋りかけており、すると彼女はほころんだ笑顔になって何か返すのをしり目に、ミシンも自身の部隊の待つ後方へと去っていった。
「見た? 半分ずれてる具足」
「うん。しっかり見たから、笑わずにいるのに必死だった」
「あいつ、どれくらいの実力なんだろ。私のすぐ後ろの部隊なんだ。大将なんて務まる器かしらね。半分ずれてる具足で」
ヒュリカはほころびが更にほつれそうになったが、口を結んで「さあ。どうかしら」とだけ答えた。
「仲良くね、イリュネー? 私達前線には、あなた達後方部隊の連携が必要なのですから」
「そうね。私はだらしない男は、好きじゃないけど……境界の民の願いのかかった戦だから、仕方ない」
二人は健闘を祈ると言って、境界の女騎士の常で互いの外套のブローチを一撫でしてそれぞれの部隊に分かれた。
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