二日目の夜
また日は暮れ、境界の夜が来る。
簡易な柵を打ち立て、テント(幕舎)を張り、夜営となる。
前線部隊はこの二日、全く苦戦することもなく敵を蹴散らしてきた。
敵は現在、幾らか先まで斥候を出して探ったところ、姿も気配も見せなくなっているという。
そのまま進めれば、幾らもしない内に、砦のある区域に入ることができる。
敵の罠などがないかも注意深く探っているが、その心配も今のところなさそうなのだった。
イリュネーはまた弟を労いにきて、弟は姉を労い、ミシンはミシンでまたイリュネーを送ることになる。
イリュネーは昼間のことをネタに、あまり偉そうにするんじゃないぞとミシンに言ってきた。
ミシンは心が折れてはいなかったが、もうこの姉弟の相手になるのはやめようと決めていた。
なので、
「一度、我が陣でお茶でも飲んでいけばどうだ」
などとイリュネーが言っているのも、ぼうっと聞き流して「ああ」と曖昧な返事をしていた。
「そ、そう……飲んでいくのだな。まあ、いい……境界の伝統ある我が家に伝わる茶が、ちょうど有り余っているものでな」
イリュネーがまた何かぶつぶつ文句を言っている、とミシンは思いながら、夜空を見上げる。
周囲を見渡す。
闇が濃く、生の気配も濃い夜の境界。
より、その奥の方へと、歩いているわけか。
意識を集中すると、一歩、奥へ近づくごと、闇と生の気が昂ぶってくるように感じる。
ヒュリカの陣まで行けばもっと、闇は濃いのだろうか。
と、ふとミシンは思った。
「ヒュリカ……」
「はっ」
隣で、大きく息を吸ったような吐いたような声を聴いて、ミシンは我に返り、立ち止まる。
イリュネーがこれまでにない目を丸くした形相でこちらを見て、すぐに、これまでのどれよりもきつい睨みを効かせてくる。
「えっ。僕は何か……」
「ええい、気持ち悪い!!」
イリュネーはそう一言叫ぶと、馬にきつく蹴りを入れて走り去ってしまった。
「えっ」
もしかして、さき自分はヒュリカの名を口にしてしまったろうか、とミシンは思い、もし、もしそうならと恥じ入っても恥じ入るだけじゃ居たたまれない気持ちになる。
自分はただ、ヒュリカを戦友として……と言い訳して、よくわからなくなってしまう。
自分は、聖騎士なんだ。
それ以上の気持ちは、決してない。持ち得ない、持ってはいけないのだ……と。
そうだ。
自分の気持ちに対しては、ミシンは冷静になれた。
けど、さきのことはどう……よりによってイリュネーなどに聞かれてしまって、彼女が言い訳なぞ聞く耳を持つはずもない。
けどそれが、何だというのだ。
ミシンは、開き直る気持ちになった。
「ふと前線にいる戦友のことが気がかりで発したというのみ。それをどう勘違いしようが、勝手だ。僕は聖騎士としての任務をただ全うするだけだ。そうだ。これからは、僕をよく思わないやつらのことなんかで、惑わされはしないぞ……!」
むっとする境界の夜の空気を、胸いっぱいに吸い込み、ミシンは自陣へと馬を駆って戻っていった。
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