レイメティア

 いちばん近くにいた住人に話かけてみると、言葉は発しないが、念話のようなもので語りかけてきた。

 おおよそ、彼らの言うところがわかる。

 

 まず彼らによると、この場所には名前がついていて、レイメティア、というのだと。

 そして、それ以上の意味は伝わらないが、駅、のような場所だという。

 ミジーソはそこから、念話は得手ではないので、ミシン一人で聞いてくれないか、と言った。

 そんなこと言っても、念話なんてものがあるのは聞いたことがあるだけで、初めてなのだけど、思いつつミシンは住人らに向き合う。

 

 駅……なぜ、こんなところにできた? なぜ、作った?

 問う。

 

 答えがない。通じないのか?

 

 ミジーソがミシンに言葉で、境界と関係あるかないかということを、なるべく穏便なふうに伝えられないか、と言ってきた。

 

 境界という概念に、反応がない。

 ミジーソは、流民、というふうに言ってみてくれと言う。

 

 すると、わたしたちは流民ではない。でも、流民を泊めたことがある、というふうに返ってきた。

 

「確かか?」

 ミジーソはいささか、首を傾げて言ったあと、彼の方でも、得手しない念話で彼らに話かけて確認した。

 

 この場所は、いつからできたか? いつ、流民を泊めたか?

 

 答えがない。

 

「ウーム……」

「ミジーソ?」

「もし、流民を泊めた、となると、罪人としてこの者らを捕らえる必要があるやもしれん」

「そうか……しかし、そんなことを口にして大丈夫か。この者らには、こちらの言葉は聞こえていない?」

 

 対話した住人はじっと、こちらを見ている。彼らの方からは念話は響いてこない。

 

「大丈夫じゃろう。ミシン殿、ちょっとこの者らを見張っておいてくれんか。

 いや、まだ罪状が決まったわけではない。そういう言い方は悪いな。とにかく、ここにしばらくおってくれい。ミルメコレヨンらが戻っとるかもしれぬ。わしはちょっと相談してくる」

 

 ミジーソはそう言うと、さきの通路を一人戻っていった。

 ミシンはあの通路はなるべく通りたくない、と思った。正体はよくわからない者たちだが、危害を加えそうな感じではないし、心安くもないが一緒にいるだけならこちらにいた方のがましだと。

 この住人らはどこか、物に近い印象を持たせた。

 

 そうだ、別の道はないのか? あちらにある穴は、どこへ通じているのだろうか。

 穴は、全部で三つある。

 

 少し、あちらを見せてもらっていいか、問う。

 

 すると、構わない、と返ってきた。

 

 穴を確認したが、どちらもすぐに行き止まりで、このフロアよりは小さい部屋と呼べる空間に、ベッドと思しき石のような材質の台座が置かれていた。

 なるほど、さき、流民を泊めた、と言ったし、駅のような場所だとも言った。

 おそらく、駅というよりは、ここを通っていく者を泊める宿泊所のような意味合いなのかもしれない。

 

 ミシンが穴を出ると、ミジーソが戻ってきて、最初に降りてきた回廊との間の溝が広がって戻れなくなっている、と言う。

 

「どうするのだ?」

 

 すると、それを聞いてか、状況を察してか、住人らがあちらから語りかけてきた。

 

 彼らによれば、たまにあることで、すぐに元に戻る、とのことだった。

 本当だろうかと思う気持ちもあるが、ミルメコレヨンらが戻ってくれば何とかなるだろうし、今は致し方なく、彼らのところに泊めてもらうこととなった。

 住人らは、道が元に戻ったらミシンらが寝ていても知らせてくれる、とまで言ってくれた。

 

 ミシンらは別々に、小さな部屋に入った。

 

 晩、だろうか。辺りは就眠したときよりも、もっと薄暗く見える。雨もなぜかよく見えない。

 来客? なのだろうか、何かひそひそ話している声が聞こえる。

 念話なのか、そうではないのか。人の声とも思えない。

 よく見るとさきの部屋と、少し違っていると思う。

 ミジーソ? いないのか?

 ミシンは辺りを見る。 

 

 部屋を出ると、住人の他に、見知らぬ生き物がいた。病的に首が長く、細い。

 そいつは? やはり、この住民らは流民を引き入れていたのか? ミジーソ!

 ミジーソは来ない。

 いないのか。どこへ。

 ミシンは、剣を抜く。

 

 ミシンは、目覚める。

 

 はっと思うと、部屋の四方に音がしていて、雨の音にしては大きすぎる。流れ落ちるような音だ。

 部屋を包む雨が、滝のようになっている。

 

 すぐに部屋を出ると、ミジーソも隣の部屋から出てくる。

 

「ミシン殿。まずいぞ! 早く、戻らねば」

 

 住人の姿はひとつも見あたらなかった。

 どういうことなのかわからなかったが、ともかく、通路を急ぎ戻り、回廊とつながっているところまで来た。

 

 あの住人達の罠にはめられた、とも、これが住人の仕業、ともとくに思えなかった。

 ただ、住人が何かを引き入れていたのだ、ということだけは真実ではないのか。とミシンは思う。

 

 溝は、ミジーソが言った通り、来たときよりも開いている。

 

「ううむ。だめじゃ、やはり距離が空きすぎておる」

 

 そのとき、ここからは幾分高いところにある穴の向こうに人影が見えて、何かしている。

 

「おおい、ミルメコレヨン!」

 

 すると、ひょこんと顔が出る。マホーウカ、か。

 

「どうした。何をしておる、おまえの主はいるのじゃろう?」

「はあ……穴を、埋めようとしています」

「ばか。わしらを生き埋めにするつもりか。ミルメコレヨンはどうした」

 

 マホーウカの顔が引っ込んで、ミルメコレヨンが顔を出す。

 ミルメコレヨンは悪びれない様子で、とくに詫びも入れずに、いつもの口調で言う。

 

「あなたらはいなかったし、さきに行ってしまったのかと思ったのだ」

 

「わしらはここを調べると言ったであろうが」

 

 危うく、味方の手で閉じ込められるところだったのだ。

 

「そうは言ってもなあ……」

 

 ともあれ、言い訳しつつも、ミルメコレヨンは馬にくくりつけていた手持ちのロープを放り込んで、ミシンとミジーソを無事、回廊へと引き上げてくれた。

 

 ミルメコレヨンらにさきのことを説明し、何か見なかったか、穴を埋めているときに何か出てこなかったか問うが、本当に知らない様子でいや何も、というだけだった。

 さきの住人らは何だったのか、どこへ去ったのか、流民とは何だったのか。

 

 そう言えばと、ミシンはミジーソに夢のことを聞いてみたが、ミジーソはそれは知らないということだった。

 ミシンも今思うと、住民と話していた者の姿をはっきりと思い出せなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る