雨の回廊の入り口

 些かの休みをとった後(それはミシンにとっては休まれない休みだったが)、緩やかな勾配の丘陵を一行は黙々と馬を駆り、頂に達した。

 

 ミシンは最後尾を歩き、何度か振り返ったが、中腹に来て以降は、遠く山と山の影の連なりの間に、都のものだろう光が見えた。淡い、光が幾つも、幾重にも、輝いて見える。

 

 レチエ……とミシンは思い馳せそうになったが、今度は、恋人でもない女性を……と思い直し、これでしばし都ともおさらばだ。その名を心の中でも呼ぶのは、本当に必要なときにしよう、とひとり決意をするのだった。

 

 頂へ来ると、本当に夜空が広く、近く感じられた。

 ほぼ平らな草地になっており、小さな木がまばらにあるだけだ。

 この頂上部分の真ん中に、積まれた石なのか盛り上がった土なのか突起のような建物がある。

 灯りがかかっており、あれが雨の回廊の入り口なのだ。

 四方を囲む夜空に見とれつつも、ミシンはすでにその建物へ足を向けている皆に続いた。

 

 近づくと、石造りの古墳のような建物で、質素で小さな木の扉が付けられた入り口が一つある。

 その両側に、煌煌と夜を照らす灯かりが揺れていた。

 

「ここが……」

 

「そう。雨の回廊の入り口ですじゃ」

 言いながら、ミジーソが扉を叩き、

「王都より参った、この度、雨の回廊を越えて境界に赴く、騎士ミシンとその一行である」

 大きな声で呼びかけた。

 

 すでに扉の向こうで待ち構えていたように、

「ようこそ」

 と声がして、扉が開いた。

 

 ローブを纏った穏やかな表情の男だった。

 

「お待ちしておりました。すでに聞いております。さあどうぞこちらへ、馬もそのままご一緒にお入りください」

 

 中は石造りで、しかし整備されており明るかった。

 

 一行が中へ進むと、ミシンにとっては驚く光景が立ち現れた。

 外からだとわからなかったが、建物の天井は開け放たれている。

 そして驚いたことに、そこから雨が降り込んでいる。

 

「どういうことだ?」

 

 外は、満天の星空だった。

 

「すぐに、入られますか?」

 

「ミシン殿。よいな?」

 

 ミシンはどういうことなのかさっぱりわからないという表情のまま、頷く。

 とにかく、ここが雨の回廊の入り口で、雨の回廊を行かねばならない。それがわかっていることだ。

 

 ローブの男が奥を指差した。

 幅広の階段が、天井の外に向かって伸びている。

 

「準備ができましたら、いつでもどうぞ」

 

「行きましょう」

 ミジーソは言うなり、馬を駆ってそれを上っていく。

 ミルメコレヨンらも戸惑う様子もなく、それに続いた。

 

 最後になったミシンに、ローブの男が微笑みかける。 

 

「なあに。何も心配要りませんよ。雨はお嫌いですか?」

 

「いや、……僕は、雨は好きです。落ち着くから」

 

 ローブの男はもう一度微笑み、頷いた。

 

「よい旅でありますよう」

 

 階段を上って頭を出すと、そこは夜空ではない真っ暗闇。

 そして一つの方向に青く光る道が続いている。

 

 これが、雨の回廊か。

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