デンキドリの夢

 頂までは、二時間は要するとのことだったし、必要な休憩ではあった。

 疲れが出たのだろう、ミシンも少しうとうととし始めていた。

 ミシンはその中で夢らしきものを見た。

 

 はっきりとしない夢だったが、デンキドリを見た。

 デンキドリだ、とわかった。

 デンキドリは動かない。

 マホーウカが射たというデンキドリだろうか。

 死んでいるのか。

 木々の中に、人の姿が見える。

 マホーウカ? ミルメコレヨンか?

 デンキドリを撃とうと?

 

 ミシンははっとして起き上がった。

 

 辺りは、暗い。

 ミジーソは、眠っているようだ。

 ミルメコレヨンらの方で、影が動いたが、灯かりが消えており、よくわからない。が、人らしき影が二つ。もう一つは……

 

 ミシンはさらにはっとする。

 その向こうに広がるのは、夢の中に見た木々だ。

 いや、夢ではなく……ミシンはややあって足早に歩き出した。

 ミジーソが、「む……むむ」と呟く。寝ぼけているだけか。

 呼び起こすことはしなかった。

 離れた二つの影は、一人は冑を被っているのでミルメコレヨン。もう一人は、どっちだ? 暗くてわからない。

 先ほど動いたように見えたが、木にもたれ眠っているのか、反応はない。

 二人を過ぎて、木々の中へ……そこで、何をしている。

 そこで。おまえは。

 

「何をしている」

 ミシンは、木々の真ん中にぼうっと佇む男の真ん前まで来て、言う。

 

「マホーウカ」

 

 マホーウカだ。ミシンの方を向く。

 

「いい加減にしてくれないか」

 

 何を言うでもなく、ぼんやりとした表情を向けている。

 

「何をして……」

 

 マホーウカの手に、何か握られている。

 弓……? いや、弓は男の足元に落ちており、矢が何本か散らばっている。

 何かある。

 動物……鳥、鳥の死骸?

 では、男が手に持っているのは?

 うす暗がりの中で表情は何も語らない。男はただ、それを手にした片方の手を差し伸べてくる。

 

「やめろ……ふ、不吉だ。おまえは」

 ミシンは剣の柄に手をやろうとした。

 だが、剣はない。

 

 後ろから、ミルメコレヨンが来る。

 何も言わずに、マホーウカとの間に入りミシンに向き合う。

 マホーウカはぼっと立ったままだ。

 部下のもう一人か、ミシンの背後に来て立ち止まったのが感じられる。ミジーソはまだ寝ているのか。

 うす明かりが影を落とす、ミシンを見下ろすミルメコレヨンの表情は威圧的なものに思える。帯剣している。

 

「ちょっと……何か……ミシン殿は……」

 マホーウカの声か。ミルメコレヨンに後ろからぼそぼそと何か語りかけている。いや、ただの独り言か。と思うとその内容も聞き取れないものになっている。

 

「ミルメコレヨン」

 ミシンの声は、震えていた。

「それは」

 デンキドリの頭……

 

「ミシン殿」

 ミルメコレヨンの声。落ち着いた声だ。

「それはただの鳥だぞ」

 

 マホーウカの手からぼてっと落ちた、それはミシンにも見覚えのある、都の郊外にも生息するカラスに似たこげ茶色の鳥だった。

 何で……

 

 何で、こんな時間に一人で狩りなどをやっている。規律を、規律を乱すな。ミシンは荒い息づかいばかりでそう声に出すこともできなかった。

 

「疲れているのだ、ミシン殿は」

 ミルメコレヨンはそう言って、部下を連れて離れた灯かりのところへ戻っていった。

 

 ミシンも続いて木々から出る。

 三人は馬の支度を始めている。

 見れば、向こうの灯かりの下ではミジーソも起き上がって、同じように馬の支度を始めていた。

 

「ミシン殿。どうなすった? 疲れが多少はとれましたかな」

 

 ミシンはその顔を見て少し安心したが、だが夢の中まではミジーソは助けには来れない、とはたと思った。

 

 夢の中の戦……ミシンは、これから戦うことになる判然としない敵のことを浮かべて、敵は、最後までその姿を判然とさせず、自分はそのぼんやりとしたままの敵を切って、切り尽くさねばならない、といった思いに駆られたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る