〝敵〟(1)
夕刻前に、ミシンは目覚めた。
宴と聞いていた時間まで間がない。
一階に下りると、幾らか城内が騒がしかった。
宴の準備に大忙し、というわけでもなさそうだ。
「――数は?」
「多くはないらしい」
「一匹だとも言う。何れにせよ大した〝敵〟じゃない」
〝敵〟。
どうやら、城下に侵入したらしい。
それを探しに外へ出るのか、すでに武装した戦士達の数人がフロアにいて話を交わしている。
見ればそこに、ケトゥ卿その人の姿もある。
卿は武具を纏ってはいない。
ミシンを見ると、こちらに歩んでくる。
「耳に入っておるかな。〝敵〟が領内に紛れ込んだようじゃ。なに大したことはない。たまに、あること……ミシン殿はまだこの土地には慣れんだろうし、城内におってくださればよい。すぐ片付く」
口調からは、とくに危急の様子は窺われなかった。卿は髭を摩り、ややして、
「念のため今夜は見張りを強化した方がよいことになるな。残念ながら、宴はまた改めてということになるが」
それからすぐに数人の戦士が卿のところへ来て、状況を告げて指示を仰いでいる。
ミシンは内心、この土地での思わぬ初めての〝敵〟の侵入に、些かの高揚を覚えた。
「おお、ミシン殿。いきなりとんだことになりましたな」
そう言ってやって来たミジーソにとくに緊張の様子もない。
「大したことはない、らしい」
「フム」
「だけど……」
ミジーソは、ミシンの気持ちを読み取ったのか、
「ミシン殿? フム。察するが、まあ今回は我々は大人しくしとりますか」
「……そう、だな」
老練の騎士に見透かされてミシンが少し大人しくなったところへ、また武装した数名が駆けてくる。
そのまま、外へ出ていく。
黒い甲冑をまとったヒュリカを見た。
中庭で見たときと同じ格好で、胄は小脇に抱えている。
一瞬、ミシンと目が合った。
が、小走りに外の闇へと消えていった。
ミシンは、またそわそわとしてしまう。
「ミジーソ」
「どうされた。戻りませんのか?」
「いや、やっぱりその少し、外を……」
ミシンがまごついていると、何故かヒュリカが戻ってきて、真っすぐに、ミシンのとこへ歩み寄ってきた。
「ヒュリカ! あの、ぼ、僕も……」
「いい? あなたは、待っていればいい。こんなところに出てきていたから、わざわざ忠告してあげるけど、今あなたに剣は要らない。
この土地の〝敵〟は、都の周りに屯ってる獣などとは、違う。慣れないうちは、下手すると……死ぬ」
「だ、だけど卿は大したことないと……」
「私達にとっては、ね。来たばかりのあなたには違うから」
ヒュリカはそんなことを言って再び、今度はさっそう外へ出て行った。
騎士なのに、戦いに来たのに、その出始めに女の子からあんなふうに言われてしまっては立つ瀬もない……ミシンはふてくされてしまいそうだったが、ミジーソが慰めのつもりなのか笑いかけてくれた。
「はっは。境界のおなごはああいうものじゃったか」
そこへ、また数名の集団が出て行く。
見ればその最後尾に、素知らぬ顔で付けているのはミルメコレヨンら三人であった。
「あっ」
「む、むう……」
ミジーソも今度は言葉もなく、ミシンと顔を見合わせる。
ミシンも無言で、すぐ後を追おうと語っていた。
「……致し方ありませんな」
それはミルメコレヨンとミシンの二人に言っているようでもあった。
「あいつら、いつも迷惑ばかりをかけて」
しかしミシンは今のミルメコレヨンに、これまでの規律違反に対した苛立や怒りのような感情はわいてこない。
騎士として安全なところで待っているよりも、打って出て戦功を上げたい気持ちが理解できただけだ。
ミジーソにしても実のところ、その気持ちは理解できぬはずないものではあった。
「ミシン殿。しかし、貴公にとってまだ見慣れぬ土地の、見知らぬ敵なのだ、十分に気をつけま しょうぞ。このミジーソを離れぬよう」
「うん、勿論だ。ありがとう、ミジーソ」
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