夜の中庭

 夜、ミシンは起きて一人、中庭へ足を向けた。


 さきの〝敵〟侵入のときの高揚が、今頃になってまた昂っている。

 それにまた、その〝敵〟を討つ場に居合わせられなかったことの悔しさ。

 

 城内にも警備兵が増えていたが、出歩くのは自由のようだ。

 

 夜の中庭へ着くと、昼間とは幾分印象が異なっている。

 たくさんの灯かりがともり、昼間にはなかったはずだが中央付近に噴水がある。

 見るとそれは、どういうふうになっているのか、霧が集まって噴水のようになっているのだった。

 宙をふんわりと動いている灯かりもある。濃くなった霧の中、噴水の中、どこかきらきらとして漂って、漂っていく。

 

 噴水を囲んで、夜勤の休み中らしい兵や、同じように眠れない人達なのか何人かが横になったり、腰かけて本を読んだりしている。

 

 そこに、ヒュリカもいた。

 

「あっ。えーと……ヒュリカか。さっきはその……」

「よく会うね……まるで、だけど、」

「えっ?」

 

 ヒュリカは何かを少し考えた様子で、口を開き、

「絶対に、ロマンスとかそういうのは、考えないでね」

「この城では?」

「じゃなく、あり得ないってこと」

「えっ。きみと、僕とでは?」

 

 雰囲気からすれば、都の周辺にある、恋人達の集う夜の公園に似ていなくもなかった。

 

 ヒュリカはこくりと頷く。

 

 あたり前だ。こっちだって。

 

 ――首を傾げるヒュリカは確かに、凛と整った、きれいな少女の顔をしてはいるけれど。

 

 そうだ。だけど、レチエ……そういう場所に、レチエといつか行ければいいと思うことはあったけれど。

 ここへは、戦いに来ているのだ。

 ヒュリカも、ここで戦い続けて来た、のだろうし……とは言えこの場所は、戦士達にひと時の安らぎを十分に与えてくれる場所ではあるけども。

 

 それに、自分は聖騎士なのだから。

 いや聖騎士だということを、抜きにしたって……

 

 ヒュリカの髪は、洗ったばかりのようであった。

 〝敵〟を斬ったことだし、何れにしても浴槽に入って身を清めたのだろう。

 だけどまた、ヒュリカは甲冑を着ている。

 

「何かある?」

「いつも、その、甲冑……」

 

「ああこれね。夜警を申し出ているの。手柄……そんなのが欲しいわけじゃない。だけど、私は父上のもと……前線の、砦で戦っていたときには一部隊を率いていた身。率先してあたらねばならないと思うから、ね」

 

 前線の砦。ミシンは、少し胸が痛むように感じた。

 そうなのか。ヒュリカは、敵の手に落ちたという砦の、おそらく指揮官の娘か。

 では、その父は……。

 その辺のことはまだよく聞いていない。

 彼女だって辛くもそこを落ち延びてここへ来た、のだろうか。

 

 ふ、っと笑うヒュリカはそれまでと違いどことなく自嘲的で、少し寂しそうに、ミシンには思われた。

 ミシンの気のせいなのかどうかはわからない。

 

「一緒に……共に、戦おう。と、思う……きみの、……や、その前線の砦も、僕らの手に、取り戻そう?」

 

 それを聞いたヒュリカは笑いが消えて、真っすぐ、ミシンを見ていた。

 が、ふうと溜め息して、その場を去る。

 

「そんな簡単には、行かないだろうけど。境界の奥の敵は、とても強いんだ……借りれるなら例え、聖騎士の手だって、そりゃ、借りたい」

 

「ヒュリカ?」

 

「……おやすみ」

 

 そう、彼女が小さく言い残したのを、かろうじてミシンの耳は拾うことができた。

 

 ミシンはしばらくその場にそうして、いた。

 だけど、よかった。

 ミシンは思った。

 この地で、ただ自分自身のための任務という以外に戦うことができるかもしれない。ケトゥ卿という城主のため。それにヒュリカという、これから戦友と呼ぶことになるかもしれない(そうなれれば、いいと思う)彼女のために。

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