休日

 戦士達が砦境の敵を討ちに出立した翌日。


 することもないミシンは、城下の街を経巡っていた。この二、三日は同じようにすることがないのだろう。それならそれで、少しでも今の自分にとって役に立つことを、考えようか。


 最初に、武器商店が思い浮かんだ。この境界で戦うための剣……あの〝敵〟を切るための剣なんかがあるのではないか? そう、ミシンは思ったのだが、とくに変わった剣というのもないようである。王に頂いたのは由緒ある立派な剣だ。特別な材質の剣でもなければ、そこらに売っているような剣でそれに勝る剣はない。


 古書店、花屋、雑貨屋等を、長居はせずにざっと見て回る。他は、境界の民が日用品を揃えるお店で、入ってもしようがないようも思えた。


 喫茶店に入り、ココアを注文する。

 次の日も同じように、喫茶でココアを。この日はもうどこを見て回ることもなかった。

 中庭にいるのも、今は気が滅入る気がする。

 二日、三日で帰ってくる、と言っていた。この日中には帰還する可能性もあるのか。でも……とミシンは思う。彼らが無事〝敵〟を討ち果たし帰還したところで、自分が嬉しいわけでもない。むしろまた、悔しい思いをしないといけないだけだ。すぐに次の戦があるだろうか。今度は何としても、出陣する。それより今、彼らは苦戦しているということはないのだろうか。


 城に戻り、門兵に、戦況が入ってきているようなことはないか問うてみたが、今回程度の〝敵〟ならわざわざ戦況も入れて来ないらしい。今夜か、明朝には戻るのではないか、というだけだった。


 今、自分にできること、か。

 ミシンは、城の脇の木立の前で一人、剣を構えてみた。学院で、とくに剣に秀でていたというわけでもない。狩りは好きだったし、人並み以上ではあったけれど。


 でも、あの〝敵〟。あれと戦うのに、必要なものは何だ。確かに、剣で斬りはした。だけど……あの感触を思い出してしまう。身体に冷たさが甦ってくるようだ。またあの〝敵〟を斬りたいと思うだろうか? 今、彼らが戦っているだろう、あの〝敵〟。自分はあれを斬るためにここへ来たのか。無論、戦うために来た以上、そうではないのか。あの〝敵〟を斬るということは、どういうことなのか。


 ヒュンッと一度、ミシンは剣を振って、やめだ、と思い城門へと足を向けた。


 と、何故か拍手がパラパラと、返ってくる。

 いつの間にか、いた。ミルメコレヨンの二人の部下だ。茂みの向こうに突っ立って見ている。

 何に対する拍手だ。さきの剣さばきに拍手をくれたのか。ミシンはもう一度、剣を構えて振りかぶる。


「暇でしょう。ミシン殿」

 ミシンはさっと剣を鞘に収めて、無視を決め込んだ。

「一緒に街でも見て回りませんか? ミシン殿」

 からかいにでも来たのだろうか?


 歩きながら、横にぼうっと並んでついてきている、こんな、騎士でもないただのお使いと自分は一緒なのかと、些か惨めな思いをするのだった。なんでこんなやつらと歩調を合わせなければならない。やはり、自室にこもってでもいればよかった。

 マホーウカが急に立ち止まり、花屋の軒先の花をぼーっと眺める。


「先に帰るぞ、僕は」

「心配おかけしました」

 もう一人がふと言った。何?


「何が?」

「こないだの夜……」

 そうだったか。〝敵〟の侵入したあの夜に、誰かが負傷したと聞いたのだったな。ミルメコレヨンではなかったようだし、見る限り二人も怪我の痕もない。


 聞けば、マホーウカでない方、ここで彼の名を初めてマホーウマだと知ることになったのだが、〝敵〟を捜索中に彼がただ転んで怪我をしたのだと言う。何だ。ミシンは笑いが込み上げそうになる。〝敵〟のせいで負傷したのですらないのか。


「心配おかけしました」

 マホーウマはもう一度抑揚もなくそう言う。心配などしていない。今までまったく忘れていた。心配でなく、迷惑おかけしましたじゃないのか。ともあれ、彼なりに本心で謝ってくれているのかもしれない。

「心配――」

「わかった。無事でいてくれたのなら、いい。大丈夫だ。その、よかったよ。そう……」

 ミシンは話題を振り絞ってみる。

「マホーウマと、マホーウカは、兄弟なのかな?」


 マホーウマは、しばらくの間を置いて、

「いえ……別に」


 話はそれっきり途絶えた。

 マホーウカは相変わらずしゃがみ込んで、花を見ている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る