東の砦

 ミシンらの隊が東の砦に近づくと、急に辺りが暗くなり、砦に到着すると、黒ずんだ景色の周辺一帯に、兵馬がばらばらと無残に倒れている。

 敵らしい姿も見あたらなかった。

 

 黒い景色の中、それはどの隊なのかも判別付かなかったが、ミシンはふと、砦まで続く動かぬ兵馬の中で、一人立ち尽くす人の姿を見とめた。

 

「ヒュリカ!」

 と思わず叫んだ。

 

 兜を脱ぎ、髪は力なく垂れている。

 駆け寄るが、表情は影としてしか見えず読み取れなかった。

 

「ライオネリンの部隊が砦に攻め込んだのだけど、一向に出てこない」

 ヒュリカの声だった。

 抑揚なく、そう淡々と応えた。

 

「それは……いつ?」

「わからない」

「ヒュリカは何ともないのか? 他に、生き残りは?」

「いない」

「……」

 

 呆然自失もやむを得ない状況ではあった。

 しかしとにかく、彼女は無事で、怪我もないようだ。

 ミシンは兵にヒュリカのことを任せ、自身で一隊を率い砦内に入ることにした。

 

 ウフフフフ…………

 

 はっとして、ミシンは振り向く。

 隊列も、異様を察して止まった。

 後ろに残してきたヒュリカの口から漏れているらしいその声は、おおよそ彼女の声と似つかない。

 

「ミシン隊長! こやつ、」

 と言い、彼女の傍に残した兵二人ともが剣を抜く。

 

「ま、」

 待て――と言おうとしたが、ミシンも心では気づいていた。

 

「魔の物ですぞ!」

 言うや、兵は両側から剣を振り下ろした。

 

 ミシンは一瞬目を細めた。

 偽物ではあるが、ヒュリカの身体が裂かれ、首が落ち、黒い血しぶきがあがる。

 その身体がどっと黒い地面に膝を付き、また血が飛び散る。

 そんなふうに身体がなっても、それはウフフフフ…………と同じ抑揚のない笑いを漏らし続けている。

 ミシンは耐え難いものを感じ、いっそ自分が、と思ったが、兵が何度かそれに剣を突き刺し、やがて漏れ出ていた声も、止んだ。

 

「うっ」

 ミシンは吐き気を催しそうになった。

 

 ミシンはなんとなく何の感情も抱けずにいた。

 さきの魔物がヒュリカの姿に化けていたことにも、ヒュリカの無事はこれで実際のところわからなくなったことにも。

 生きているかいないかもわからない。

 

 ミシンは手を挙げ、さきの指示通り砦の中に歩を進めることを合図した。

 

 ミシンらは、地面に突き立つ黒い砦に入っていった。

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