城下町
公道の幅は広く、馬車や、騎馬が並んで歩ける程でしっかりと慣らされている。
両側には霧を晴らす明かりが一定間隔でともされ、その向こうに植生が鬱蒼として生い茂っている。
これら全てが、青みがかった水の霧の中にある。
途すがら、都とこことは随分、空気の感じが違うのだなとミシンは感じていた。
空気が密、といったらよいのだろうか。
生の気配が空気の中に満ちている、と思われた。
動物の気配も感じられるが、潜んでいるのか姿を見せることはない。
しかし、空気そのものや、植生の一つ一つから明かりの一つ一つにさえも、ぎゅっと凝縮された生の気を感じずにはいられないのだ。自身までも生の気配に満たされていく、不思議な感覚だった。
城下へ行くにしたがい、山腹で感じていた小雨はすっかりと、薄っすらした霧に変わり世界を包んでいた。
少しだけ肌が冷たく、身が引き締まる思いがする。
そこには幾許の緊張も孕んでいる。
ここはもう都ではない、境界の土地なのだ。
この先にはゆくゆく、戦いが待っている。
やがて城下が見えると、兵は一礼しもと来た道を引き返していった。
ぱらぱらとまばらな家の影を過ぎると、水の霧の中、広く賑やかさを感じさせる街が姿を現した。
「ここが、ケトゥ卿の城下町、か」
「ですな。ここは、市場の通りでしょう」
花屋、雑貨屋など種々の店舗が見える。喫茶の看板も幾つか見えた。
行き交う人影は多くはないのだが、街全体にもまた活気や生気が溢れているように思う。時々、通りを駆けて行く子どもの姿。
「ここは、境界では最も安全なところですからな。境界で暮らす子どもらの多くが、城下に集められます」
一方で、兵や、戦士と思しき者の姿も目につく。
無論、都にだっているのだが、この者らは戦いという明確な理由で集まってきているといった風情の戦士達だ。中には傭兵と呼んで差し支えない格好の者もいる。
この城下は、境界では最も外縁から離れた位置にあり、境界に属する砦には違いないが、境界と都とをつなぐ位置づけにもある。
さきほどの子らのように、境界で生まれた子は境界で最も安全なここに集められる。境界で生まれた子は境界で育つ。
その一方、戦士らがここから境界の前線に送られていく、そういう土地でもあるのだ。
都から派遣されて境界へくる戦士は滅多にいない。
聖騎士の修練を負うミシンは、例外であった。
そんな街の景色を見渡しながら、幾許かの思いを巡らせ歩くうち、ケトゥ郷の住まう城がミシンらの前に姿を現していた。
その頂きは、濃くなる水の霧にとけ込むようにしてかすれて見えない。
この境界で最も大きな城塞だ。
門兵が敬礼して一行を出迎えた。
「ようこそ。ケトゥ卿が、お待ちです」
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