ケトゥ卿

 城内へ足を踏み入れる。

 

 一切の霧が晴れ、外とは色が一変してはっきりと見える。

 

 温かみのある色合いの絨毯や、壁掛けで統一されている。

 外よりは生気が緩慢で拡散し、落ち着いた印象を与えた。

 時間の流れが急にゆっくりとして感じられる。

 それでも随所に、剣や槍が立てかけられ、重厚な盾や獣の紋章が飾られ、城内の気配を引き締めるとともに、ここが古来より戦いと関係した土地であったことを連想させた。とても古いこれらの物は、いつの昔からこの城と一体化し溶け込んでいるようだ。

 

 広い一階の吹き抜けを直進し、大階段を登ると巨きな扉が開かれる。

 

 王間の奥に鎮座する主、ケトゥ卿と、一行はここにまみることとなった。

 

「よく来られたな。聖騎士ミシン殿」

 

 城内に飾られたものより更に古く、威厳を感じさせる王冠と王衣。剣鎧をまとっていなくとも、武人の王だと感じさせる佇まいがあった。

 豊かな髪と髭には気品のある白髪が交じっている。

 武人の瞳の奥に覗かせる、王の尊厳と思慮深さ。

 

 ミシンらは揃って、王の前に跪いた。

 

「都より参りました、聖騎士ミシン。それに騎士のミジーソとミルメコレヨンです」

 

「挨拶は、今は簡単なものにしておこう。疲れもあるであろうし、まずは、休まれよ。そなたらにとって今はそれが何よりであろう」

 

 王間に掛けられた大時計は午前十時と指している。

 回廊を抜けてここに来るまで時間の感覚がなく、霧のためもあって朝昼も正確にわからなかった。

 

「今夜、都からの騎士を歓迎する宴を開こう。戦いを控えている故、質素なもてなししかできぬが……城の重臣らは皆集めるし、そなたらともそこで改めてゆっくり話そうぞ」

 

 卿は少し間を置いて、

「ともあれ、これからよろしく。騎士殿」

 武人の顔が綻んで、気優しい老人の顔を覗かせた。

 

 

 *

 

 

 卿との面会後、ミシンらは客人が滞在中使用を許可される宿泊塔へと案内された。

 城から境界の空へ向かって高く伸びている尖塔だ。

 

 一つ、ちょっとした問題があった。

 宿泊室は騎士ひとりひとりに用意されているとのことだったのだが、卿の側では、ミルメコレヨンの部下二人については聞いておらず騎士四名、というふうに聞いていたと言う。

 ミルメコレヨンについてはこれまでの行いもあるし、部下のことについて本当に王に許可をとっていたのか、とミシンは疑問が浮上させた。

 が、ともあれ卿の方ではとくに問題にはしないとのことだった。

 四名と聞いていたという方に関しては、ただの手違いなのだろう。

 結局、マホーウカらミルメコレヨンの部下ふたりで一つ余分だった一室に入るということに収まった。

 

 部屋へ向かう道すがら、ミシンはミジーソに問うてみる。

 

「これから僕らは、具体的に何をしていればいいのだろうな。境界で戦うためにきたわけだけれど、すぐに戦いがあるわけじゃない……」

 

「それまでは待機、ですな」

 

「城では、戦いのための訓練などはどう行われているのだろう。あるいはその前に、相手はどういう戦力や戦法を持っているのかなども、気になる」

 

「卿もまずは挨拶に留め、休まれよと仰せられた。そのようにすることじゃな。話は、追々聞くことになるじゃろうよ」

 

「うん……そう、だな」

 

「気になるようであれば、折を見て卿に面会を望むのもよろしかろう。まあまだわしらは来たばかりじゃ。来た早々卿にあまり色々面倒もかけられまい。折を見て、な……」

 

「わかった。ミジーソ、ではお互いに今はゆっくり休もう」

 

 自室となった部屋に入り、落ち着くと、ミシンはここがしばらく自分の場所になるということ、そしてこれから起こる戦いの拠点になるのだな、ということに改めて思いを巡らせた。

 

 さきのケトゥ卿の姿を思い浮かべ、ミシンはこの人に会えてよかった、この主のもとで戦えることに安心と期待感を募らせた。

 ケトゥ卿は頼れる城主でありそうだ。

 自分は、その卿に歓迎して迎えてもらえた。兵にしても、皆ミシン達のことを歓迎して出迎えてくれた。

 

 それからこの塔には、これから戦いを共にしていくことになる戦士達が、それぞれの境遇で、それぞれの思いを胸に、滞在しているのだろうことに思いを馳せた。

 

 そう思うと、ミシンは服を城内着に着替えて部屋の外へと出てみた。

 誰か、同じように滞在している者に出会えるかもしれない。

 

 同じ階に滞在客の部屋が幾室もあるが、今は他に人の出てくる様子もない。

 ミジーソはすぐ隣の部屋だが、彼も出てくる気配はなかった。ミルメコレヨンらは別の階である。

 

 そのときふと足音を聞いたので行ってみれば、巡回の兵であった。

 

「これは、これは聖騎士様。どこかにお出かけになられますか」

 

「城内の出入りは、自由なのかな?」

 

「ええ。王間の奥以外でしたら……しかし、食堂などは行っても、食事の時間外は用意がされておりません。休憩に行かれるのでしたら、城下に色々とお店がありますが、城内ですと中庭に備え付けのカフェテラスがございます。と言いますか、中庭全体が巨大な休息場となっておりまして……」

 

 兵の言うには、滞在の者なら大抵そこでくつろいでいるとのことだった。

 相当に広い庭らしい。

 

「是非、足を運ばれるとよろしいかと。この境界で身体を休めるにはいちばんよい場所です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る