ヒュリカとの夕餉

 その後は敵と出会うこともなく更に四半刻近くを駆け、前線部隊の駐屯しているであろう灯かりを見つけた。

 陣はバッシガの陣で、バッシガ自ら、ご苦労と出迎えてくれた。

 第三隊ライオネリンの陣に出向き、最後に最も奥にある第二隊のヒュリカの陣へと向かった。

 

「ふう」

「ため息なんか付いてる」

 

 久々に会うヒュリカが、そう言いながらスープを出して、労ってくれた。

 

 実際のところミシンは、輸送任務を無事終えて、こうしてヒュリカのもとへ来て、落ち着いた気持ちになれていた。

 もともとミシンは任務後は、前線の陣中に泊まっていくことになってはいたが、ヒュリカが、ここ(第二隊)でいいよ、と言ってくれた。

 あの貴族面のライオネリンなどのところで留め置かれるのなら、落ち着かなかったろうな、と思うのであった。

 それに年近いヒュリカには親しみも覚えていたし、それ以上の感情がざわめくのをミシンは否定し押さえはしたけども。

 

 ミシンはヒュリカと幕舎の外で、幾らかの距離を置いて互いが木の根元に腰かけ、夕餉をとっている。

 空には、魚のような影がぼんわりと浮かび、漂うようにゆったりと飛んでいる。

 

「あれは、敵とは違うのか?」

 

「そうね。城の近くでは、見られないものではある。襲ってきはしないよ」

 

 得体の知れない不思議な光が漂い、その周辺に引き寄せられるように虫が飛び交っている。

 どれも都の方で見られる小虫とは違っている。

 

 ここは前線か……今自分は最もその奥に入り込んでいる。

 しかしこの辺りはかつては境界の人達が暮らしていた区域ではあったのだ。

 緊迫感自体はあるものの、それは今ここが前線なのだということに由来する以上のものではなく、敵が来ていなければ危険やぞっとしたりする気配等も、感じられていない。

 境界の濃い空気があるだけだ。

 

「住めばいいところだよ」

 ヒュリカは密やかに言う。

 

 ミシンは自分にも少し境界の空気が馴染んできたという気は、する。

 

「敵がこうやって侵攻してきていなかった頃だったら……そういうときにあなたも来ていればよかったのに、ね」

 

 かつての境界での暮らしに思いを馳せているのであろうか、ヒュリカの口調はどこか優しげで、儚げでもあった。

 

 そして、敵、か……。

 

「しかし敵は一体どれだけの数……」

 ミシンは半ば独り言のように、問う。

 

「いや、敵とは次々と外縁から沸き出してくるものだったか? 今とても順調に勝ち進んでいるけど……このまま上手くいくものかな」

 

「敵の出現にもリズムや起伏というものがある……私達の感情がそうなように。これから外縁に更に近づき、沸き出てくる敵も増えてくるだろう。こちらも、波に乗るように、敵の部隊に対し攻めては退き、あるところで一気に押して進む」

 

 それからは少し、沈黙が続いた。

 

 光が、低いところまで漂い降りてくる。

 それにつられて、虫達も降りてくる。

 スープの真上でくるくると虫が舞っているのに気づいて、ミシンは「わ、来るな来るな」とスープをよけて、それを見たヒュリカが、ふふ……と小さく笑っているのだった。

 

 

(第2章 境界戦・了)

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