境界戦(一日目・午後)

 余力も余勢も有り余るケトゥ卿勢。

 それを駆って、午後も敵陣を積極的に攻めた。

 

 ミシンらも、前線が入り込むのに従い、駒を進める。

 敵のものらしい青黒い血痕が散らばっている。

 昼までの戦いのあった場所だ。

 首のない味方の死骸も幾つか転がっていた。

 

 前線の攻勢により、また徐々に全隊が伸びていくことになるので、前後との連絡に注意しなければ。

 ミシンは自身の役割を意識する。

 

 前方では、さきの戦いに増して、戦塵が濃い。どす黒い。

 一体どれだけの敵を前線部隊は斬っているのだろう。

 

「幾らか境界を進んだ。敵の質も違ってきておるのだな。あれだけのどす黒い邪気とは、相手もなかなか手強かろう」

 

「イリュオン……あなたはまだ年若いが、この境界に生まれてどれくらいの敵を斬ってきた?」

 

「うん? 実戦は初めてだぞ」

 

「な……」

 

「なんだ。戦の話は全部、姉者に聞いたものだぞ。わしは、」

 

 そのとき、戦塵がもうっと空高く勢いよく噴出し、その一部が後方まで降り注いでくる。

 

「降ってくるぞ! おいイリュオン」

 

「うむ気を付けなされ。放っておけば自然消滅していくものだが、あのように悪鬼の形を保っている内は、しつこく噛みついてくるぞ」

 

 ミシンは剣を抜いた。

 自分達のいる位置を狙うように、散り散りになった戦塵はめいめいにおぞましい悪鬼の頭の形をとって牙を剥き、降りかかってくる。それを必死で振り払った。


「皆、無事か?」

 

 兵を見渡す。

 被害はなさそうだ。

 ミジーソも厄介なことですなと言い、地面に飛び散って尚もがく悪鬼を足で蹴散らしている。


「ミシン隊長、また来ますぞ!」

 前にいる兵らが叫ぶ。

 

 さきよりまた大きな戦塵の塊が、二つ、三つと、来る。

 兵が一斉に剣を抜く。

 ミシンも再び剣を構え、前に出た。

 

 辺りに、斬り払った悪鬼の欠けらが散らばっていく。

 地に落ちたそれはやがてただの灰と化していく。

 

「イリュオン……大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃ。まあ噛まれるとかように痛くはあるので、ご注意されたし」

 イリュオンは腕や肩にまといつく悪鬼の牙やら腕やらをぶんぶんと振り解いていた。

 

「手伝おうか?」

「いや心配ご無用。ただ、そうわしは参謀科の出なものだから、戦場には出たことがなく……」

 

「イリュオン小隊長」

 イリュネーの遣いだろう、第四隊からの伝令が駆けてくる。

 

「前線は、敵の二陣、三陣も撃破したとのこと! イリュオン小隊長……?」

「……だそうだ。ミシン殿、い、っつつつつつ」


 ひじに噛みついて離れない悪鬼の顎になお苦戦しているイリュオンを、ミシンは伝令と一緒に助けてあげた。

  

 夕刻近くになり入った報によると、前線は敵部隊を壊滅させ、ヒュリカの隊が掃討に出ている以外は戦闘を終え、休むため陣を張っているのだと。後方も、前線との距離を詰めて、同様に陣を敷くようにとのことだった。

 

 ヒュリカはまだ戦っているのか、とミシンは思うのだった。

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