11月4日ーひとつのことに多くの視点で


 小説を書くための実験を繰り返して三週間が経過した。

 様々なことがあった。先生と語りあい、半ば無理矢理に連載小説を書き、体調を崩しかけ、友人とゲームの対戦をして、自分の心と対立したり協調したり、通販でコスプレ道具を買い、気休めで書いたアイデア小説の方が受けている。

 初日に二十枚ほど書いて、部屋中に張り付けた目標「小説以外のことを考えず、小説のために生きる」。きちんと実行できたかというと「出来なかった。試したけど無理だった」と回答するだろう。

 小説以外のことは考えていなかったか。否、ゲームをして、自分の心を見て、将来についてぼんやり夢想していた。有り体に言えば、やっていること自体は実験前の私と大して変わっていない。

 小説のために生きていたか。否、横道に逸れることなど日常茶飯事だった。欲求に負けて「何の生産性もない時間」を送った時も多々あった。


 でも、当初の目的は概ね達成している。常にとは言えないが「小説」、言い換えれば自分のやるべきことを意識することが出来るようになった。三週間前の私は僅か数分で終わるであろう作業ですらも、面倒臭がってやってこなかった。それが机に向かい、タイプをしているというこの状態自体が、私にとっては実りと呼べるものだった。

 この実験を終えたら、元のぐうたらに戻ってしまうかもしれない。そうだったとしても、そのときの私は以前の脳幹 まことではない。自分限定の、実に非効率的な手法を確立しているのだから。


 更に、これは完全に棚からぼた餅ではあるのだが、いくつかの「実験」はそれなりの成果を挙げてくれた。例えば「コスプレによってやる気が引き出されるか」については、通販で買った黒いローブを着た場合において、自分に特別な力が流れこんだなどと妄想が捗ったのか、異世界転生に関する考察やら、不気味な一文のアイデアを捻り出すのに大きく貢献してくれた。

「小説を書きたい」と100回書き続けるおまじないもそうだが、儀式や段取りみたいなものがあると、人はその気になるのかもしれない。それはお前が暗示にかかりやすい性質で、単なるプラシーボ効果だろと言われると否定できないのだが。


 もう一つだけうまくいった実験を紹介してみる。それは「線香を一本立て、燃え尽きるまで作業を行う。終わったら、今度は別の作業に対して同じことをする」というものだ。線香は一本につき三十分だけ持つから、それが一周期となる。

「なぜ敢えて線香にしたか」と問われると、時間の経過が視覚と嗅覚で確認できるからだ。灰がぼとりと落ち、残り短くなっていく線香。そして迸る香り。これはスマホのタイマー機能では再現できない。

 また、三十分というのは絶妙な時間である。何かを「ちょっと」やるには長く、「しっかり」やるには短い。そのお陰で、一つの作業に集中しすぎることも、逆に全く入り込めないこともない。

 ネットサーフィンなんかは時間を調整しないと、あっという間に数時間持ってかれてしまう。何らかの目的を持っていれば話は別だが、目的なしに漁り続ける事ほど浪費リスクの高い行動もない。しかし全くやらないのも、それはそれで反動を招くことになる。ご褒美とか何とか言い訳して見に行ってしまうのは、防ぎようのない事実だ。「やめるきっかけ」を設けてやるのに、線香タイマーは都合がよかった。

 これは逆のケース、すなわち積んである本の処理とか、やりたくない勉強とかに対しても言える。「やめるきっかけ」を設けてやれば、せめてそこまでは頑張ってみようか、という気持ちになる。これが転じて「やるきっかけ」になる。で、実際にやってみると、想定していたよりも遥かに面白いことに気づく訳だ。なんで今まで読まなかったんだろうとか、こんなに簡単なことだったんだ、とか。

 三十分で一つ作業をするなら、六時間あれば十二個も別のことが出来る。その中で私は「一日の長さ」について実感した。何かに本気になれなくても、充実した一日(もどき)は送れるんだと安心できた。


 付け加えて語るならば、別々に見える作業でも、実は相互に影響を及ぼしあっている。読書もゲームもネットサーフィンも勉強も仕事も、喜びも悲しみも、挫折も傲慢も、全ては小説執筆の材料となっている。そして小説執筆の中で得られた思考や試みが、別の作業にとっての基礎の一部となっていく。

「やってみて無駄な行為なんてない」とどこぞの自己啓発本に載っていたなと、ふと過去の行為を思い出した。

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