10月15日ーがめれる時はがめらんかい


 先生との会議は、満員の電車の中で行われた。

 小説を書くためにはどうしたらいいのか。私は持てる案をすべて出した。

 今後の日課となった「小説を書きたい」を100回記入することについて、足つぼ用のマットに乗って痛みを感じながらやってみる。「小説を書きたい」では意思がいまいち弱いので「小説を書かせろ」「小説を書かねば」にする。暇さえあれば「小説を書きたい」と声に出し続ける――

 明らかに変人の行動であるが、小説を書くためには致し方がない。そこまでやらなければ他のことに気がいってしまうのだから。

 先生はしばし沈黙を続けていたが、ああ、と何か思い付いたような素振りを見せた後、こう続けた。


――あなた。小説書いてみるのは如何ですか。


 一瞬、目の前が真っ白になり、その後、何を言っているのか分からないので混乱した。端から見ると、眠たそうにしていたスーツ姿の男が突然目を見開いて、口をぽかんと開けたのだから、不審に思われても仕方がない光景であった。

 いや、待て。小説を書けないから、このやりとりは存在している。つまるところ、重度の怠け者であった自分が、あの手この手で小説に目を向けさせた結果、色々な考察を踏まえて「何かをする」ということの意義を考える。そういう筋書きだったはずである。

 大体、今書いたところで脈絡もないし、ネタもない。無論、落ちなど用意されていない。ないこと尽くしのゴミが出来るだけではないか。


――いいえ、あなたは小説を書かなければならない。今すぐに。


 そもそもとして、ただでさえ毎日の結果を投稿しなければならないにも関わらず、更に別の作品を並列で連載することなど物理的に不可能だ。

 圧倒的に時間が足りない。休日ならともかく、平日は難しいとしか言いようがない。


――書けない理由など聞いていません。通勤の時間も、昼休みの時間も、全部費やせば届くはずです。


 この先生、随分と無茶を言う。自分の頭の中にこれだけの理想論者がいたことに驚きである。

 誤魔化しても、見逃してくれそうにないな。

「両方エタっても、僕は知りませんからね」とだけ念を押し、先生は「仕事に影響が出ないように頑張ってください」と少し弱気になった。

 ちょうど、仕事場の最寄り駅に着いた。



 昼休み。

 軽く食事を取った後、手帳の余白に「小説を書きたい」と書き始めた。

 職場でのこの行為にはそれなりのリスクがある。

 他者にこの所業を後ろから覗かれでもしたら、確実に私を見る目が変わるだろう。

 同僚や上司は事前の予告なしに声をかけることもあるわけなので、周囲に細心の注意を払いながら書いていかなければならない。

 小振りの手帳にぎちぎちに詰め込まれた「小説を書きたい」の文字達は、B級ホラーの小道具に使えそうな代物だった。

 15分かけて詰め終えた後は、小説に関するアイデアを考えることにした。これには意外と時間はかからなかった。

 人間は精神的に不安定になる(もしくはホラーものばかり見る)と、嫌なことばかり想像するようになるらしい。その「嫌なこと」をつらつらと書いてみれば良いのではないか。スタートとゴール、主人公くらいしか考えていないが、まあ、無茶ぶりをしたのは先生の方である。

 責任転嫁できると人は楽になる。その相手が仮に自分だったとしてもだ。



 仕事が終わり、帰りの電車に乗る。

 今までは専らネット漁りをしていた。時間を潰すことが目的だったので、何を見ていたのかまでははっきり覚えていないが、おそらくまとめサイトか何かだったのだろう。

 ともかく、今日からはそれも断たなければならない。必要性のある行為でもないので楽に終わらせられるかと思ったが、これが意外に難しい。

 ついつい「いつものサイト」を探りたくなってしまう。ちょっとだけ、ほんの数分、これが終わったら小説に専念するから――


 小説を書きたい、小説を書きたい、小説を書きたい。

  

「小説を書きたい」という文言で検索を行った。

 小説を書きたいが書けない人達は大勢いるようで、電車が自宅に停まるまでの時間、情報には事欠かなかった。



 自宅に帰ると、昨日張り付けたルーズリーフ達に出迎えられた。

 六畳一間に20枚のA4用紙。四方の壁だけでなく、天井、ドア、引き出し、様々なところに配置されている――とここまで聞くと凄みがあるが、実際のところはシャープペンで文字を書いたこともあって、目を凝らさないと何が書いてあるか分からないという間抜けな光景が広がっている。


 というわけで、次に何か頑張りたい時は筆ペンを使って書こうと胸に誓った。

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