10月18日ー寝不足が身体に及ぼす影響


 身体の具合は更に悪化した。主に短期記憶と目である。

 出勤して数分後、鍵をかけたかが不安になってしまい、思わず戻ってしまった。鍵はかかっていたが、いよいよ記憶能力も怪しくなってきたかとぞくりときた。

 ついでに加えると、それからすぐ後、10数分前にやろうと思っていたゴミ出しを忘れていたことに気付くことになる。

 目や唇がカサカサに乾き、スマートフォンをポケットに入れようとしたが、距離感が合わずに床に落としてしまう。自動販売機の釣り銭も落とす。

 昨日ほどではないが、頭の奥にあるもやもやは残ったまま――正直な話「小説を書くための諸実験レポート」ではなく「寝不足が身体に及ぼす影響」というタイトルにした方があっている気もしてきた。

 ただ、意識せずとも「小説を書きたい」と呟くようになった。ぼーっとしていると口が勝手に「小説を書きたい」と動くのだ。毎日100回書いた(+家にいる間は諳んじながら)成果が出てきたというものだ。小説に意識が向いている証拠として好意的に受け取っておこう。


 とは言え――そう楽しんでもいられない事態になりつつある。仕事が多忙を迎える直前に来ているのをひしひしと感じている。流石に寝不足の頭で立ち向かえるような作業内容ではない。


 小説を日次で更新しつつ、多忙になる仕事にも影響を出さないようにする。

 アイデアは2つだ。「日ごとの文章を減らす」か「土日に書き留める」。実に単純明快な案である。

 一つ、日ごとの文章を減らす。ここ数日の文章量と経過時間から、私の文章作成速度はおおよそ「1000文字/時間」であると推察した。

 この報告が 1話2000文字弱で、小説「Round And Round」が 1話1000文字程度だとすると、合計で3000文字。約3時間かかっている。家に帰るのが午後9時で、食事や風呂の時間を加味すると、この時点で日をまたぐのは確定である。

 そこで、二つの作品それぞれを3割ずつカットする。そうすれば、2時間程度となり、少しアイデア練りを頑張れば日をまたぐ前に眠りにつける計算になる。

 二つ、土日に書き留める。先述した通り、私の日ごとの文章量は3000文字である。よって、それに加えて平日の分――つまり15000文字書けば、平日分の作業は実質投稿のみとなる。

 そこまでやると本当にノイローゼになりそうな気もするが、半分の7500文字でも、相当楽になるはずである。

 というか、これらしか健康を取り戻す方法は考えつかない。


 先生との対話は昼休みに行った。昨日の延長戦である。

 私の話を聞いた先生は、ううむと唸ってから、このように打ち返した。


――文を短くしようが、話を書き溜めておこうが、別に構わないのです。

――ただ、毎日の作業として一つのことについて考え、実際に結果を出力する。そして、習慣化する。

――最重要なのはここです。忘れてはいけません。どんな状況でもコンスタントに出力し続ける能力を求めているのです。

――思い出してください。私達の目的を。私達は小説家になりたい訳ではない。若き日にやり損ねたことを、人生の負債を返したいだけなのです。


 先生はそう言って、この話題を切り上げた。私も特段言いたいこともなかったので、ペースは先生のものになった。


――そういえば、あなた。『更にもう一つ欲しい。一体、何なのだろう』と書いていましたね。それ・・を得る方法を考えつきましたよ。


 嫌な予感がする。


――今のあなたに足りていないものは一つではなく、二つ。「分析」と「評価」です。

――あなた自身「小説を書きたい」と言い続けていても「どんな小説を目指したい」のか分からないまま、書いている節があります。だから主張が定まらないのです。解決の為には、ある程度詳細に分析する必要があります。自分の性質、自分の小説を。


 ううむ、説教臭い。


――評価というのは、言うまでもありません。他者から見た「分析」の結果と言い換えてもいいでしょう。まあ、現状を見てみれば、あなたの小説が狭くて暗い。有り体に言えば、「読ませる気のない作品」であることは周知の事実でしょうが。そこで


――今週の土日、何かの企画に参加しましょう。


 やっぱり。

「無理です」と連呼した。先生の声が完全に聞こえなくなるまで。


 話が済んだ私は、手帳とペンを持って外へ出た。職場の前には広場があり、学生や親子連れ、サラリーマンで賑わっている。

 手頃な場所を見つけ、そこに腰かける。そして、いつもの儀式を始める。今回は時間も計ってみることにした。

 小説を書きたい。小説を書きたい。小説を書きたい。

 しかし、手が震える。それもそうだ、誰に覗かれるかも分からない。なんでこんなことをしているんだろう、と自分の愚かさ加減に呆れつつも、ペンの動きが止まることはない。

 結果は7分33秒だった。もう二度とやらない。

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