10月20日ー心の弱さが強すぎて
目覚めたのは昼前のこと。友人との会話が予想外に弾み、どちらからともなく切り上げた時には午前三時を過ぎていた。その時に考えたのは「たくさん寝よう」ということだけだった。
どうも、気だるい。休日の起きがけというのは、平日からの解放感もあってだるさ五割増しである。
いつもなら気が済む(大体、目の痛みに耐えられなくなって正気に戻り、置時計の時刻を見て唖然、自己嫌悪というパターンである)までネットサーフィンをするところだが、生憎なことに先生からの宿題が山積しているので、それをこなさなければならない。
第一に日ごとの作業。小説の更新が二本、一日に合計で三千文字程度。執筆作業に三時間かかる。このままだと、今日や明日のような休日ならともかく、平日の身が持たない。よって、今のレポートに加えて、思考の書き溜めを行っておいて、結果を後日で利用する。
第二に自分の取説作り。言い換えるのであれば、自分の好みや考えの具現化というところだろうか。小説に関する例えであれば「自分にとって再読を考慮する作品の条件」が挙げられる。
私はホラーというジャンルが好きだ。ドラマでもアニメでも小説でも良い。人の醜さによるものでもド直球の幽霊モノでも宇宙から来た異形でもSF、哲学モノでも良い。
ともかく、本やDVDを手に取り、面白そうだと思って購入する。こういう時のハードルは低いので、大体手当たり次第に何作品か取る。読んでみると大体は面白いので全てを堪能する。満ち足りた気分になる。
だが、満足したものを再読するかというと、そうでもない。「面白そう」は次から次へとやってくる。ホラーは「衝撃」が持ち味。ジェットコースターだって、二回目以降よりも初回に乗る時の方がスリルは上だろう。
しかし、手元に残しておきたい本というのは確かに存在する。それは一体、どういった性質を持つのか。
と、例えが長くなってしまったが、つまりは自分の見つめ直しである。就職活動で嫌というほど味わった「自己PR」を、今度は自分自身のために作ることになるわけだ。
第三に手頃そうな企画を探すこと。そしてあわよくば参加することだ。
ここは自己鍛練の場、横槍など無用と考えていたが、実際のところ「分析」と「評価」を受ける為に一番用いられる手段である。異なる考え方に接することも、新たな局面を生み出すかもしれない。
とはいえ、企画は多く存在する。求められること、参加する方々、規模、期限。それを踏まえた上で参加しなければならない。
とまあ、ノートにびっしりと書かれた「小説を書きたい」の文字の隙間を縫うようにして、今後の方針を書いていた。
その時、私の脳内に訪問者が現れた。私は舌打ちをした。
――おいおい、つれない態度を取るなって。
――努力をけなされて嫌なのは分かるが、いい加減、その無意味な頑張りはやめた方がいいぞ?
私はこいつを「ハイド」と呼んでいる。由来は有名な小説「ジキル博士とハイド氏」からだが、実態は「二者択一を迫られた時に出てくる悪魔側の人格」と言った方が近い。
ともかく本能に従順で、隙あらば堕落させようとしてくる。刹那的な快楽のために後先考えたりしない。ネットサーフィンで溺れるのはこいつが原因だ。目に入ったものを手当たり次第買ってしまうのもこいつが原因。百害あって一利なし。
――まあまあ、聞いてくれよ。別に騙そうって訳じゃない。ただ一つ、忠告をしに来ただけなんだよ。
聞き流そうとした。しかし「忠告」という言葉が引っ掛かって、私の意識はハイドに向いた。耳を塞ぐのが一瞬遅れ、耳に彼の続く言葉が入り込んできた。
――今すぐこんな馬鹿なことはやめろ。お前の精神がよりひねくれるだけ。より孤立を深めるだけ。より傷がつくことになるぜ。
――気がつかないのか。さも高尚に見えるお前の行為は、周りからすれば自己顕示欲のあらわれ。お前が笑い、時に嘲る、メンヘラって奴等と何が違うんだよ。
うるさい、うるさいぞ。私はようやく、ようやく自分の足で立つための足掛かりを手に入れられるかもしれないんだ。邪魔をするんじゃない。
――お前はさながら、変人にも狂人にもなれない常人。普通であることを認め、異端を追うことをやめれば、楽になれるのに。仲間だって沢山いるはずなのに。
これは勉強をする為にやってるんだ。これを通じて何かを継続する力を得ることができれば。私は――
――それで毎話のごとく、目的も思いも感じられない作品ができるわけだな?チラシの裏にでも書いとけば良いもんを。
――あわやお前はこの作業のせいで、心身のバランスを失いつつあるんだろ? やめちまえ、やめちまえ。義務感で書かれたレポートなんかに価値はない。あるのは特上の痛々しさだけなんだから。あーあー、折角買ったノートがどんどん黒歴史で汚れていくなあ。
何も言い返せない。
――別に俺はな、創作を否定したいわけじゃない。むしろ素晴らしいことじゃないか。大作アニメの設定集とか、才能もさることながら、凄い努力と執念に満ち溢れてるものなあ。そういうモンはよ、出て来たとしても少しも恥ずかしい、とか引く、とか思わないんだよ。むしろ、驚愕に眼を見開く。興奮する。素直に称えたくなるもんだ。
――だが、お前のは違う。出すのも見るのも恥ずい。つーか、コメントに困るって表現の方が正しいか。お前のやってることって、既に敗北が分かりきってる囲碁で「まだ諦めるわけにはいかない」とかクサい台詞吐いて、延々と打ち続ける行為に近いんだよ。ルール的には間違ってないから、相手はコメントしようがない。
――言ってみろ。「小説を書きたい」なんてノート一面に書き連ねている27の男。そんなやつと友達になりたいか?交友を深めたいと思うか?
ハイドは口撃をやめない。それから、どれだけの時間が経っただろうか。
気づくとハイドは消えていた。去り際の言葉が延々とループし続ける。
――じゃあな、お気の毒な人。
いつものように「小説を書きたい」と呟き続けることしか出来ない。
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