一匹のサラマンダー対数百の竜騎兵隊 【前編】
不気味な轟音が真っ赤な朝焼けの空に響き渡った。
巨大な森の静寂が破られ、野生の感覚で危険を察知した動物やモンスターは一目散に草木を分けて逃げ出す。
「グオォォォン……!」
すると現在の【幻想の森】の主が怒気を含んだ唸りを上げ、、突然空に現れた巨大な岩の塊を見上げる。
地龍(アースドラゴン)がサラマンダ―に倒されたことによって、幻想の森のヒエラルキーにおける頂点となった”希少種のグリフォン”――通常種の三倍の大きさを誇る【グレーターグリフォン】
グレーターグリフォンは巨大な翼をはばたかせ、茜色の空へ舞い上がる。
再び鷲のような嘴から、声を上げれば、それが合図となり、幻想の森に潜んでいた数多の空飛ぶモンスターが姿を現す。
鳥の様な姿をして、翼が刃のような鋭さのブレードコンドル。
鋼の甲殻を持ったフライスコーピオン。
そして火属性を好んで捕食する、鷹の頭と獅子の身体、鷲の翼を持つグリフォン。
グレーターグリフォンを中心に、数多の空飛ぶモンスターは、岩の塊よりも上へ上昇する。
何百にも及ぶ、空飛ぶモンスター達の目は”岩の塊の上に建造された、五つの炎を浮かべる人間の城塞”を視界に収めた。
「グオォォォーン!」
グレーターグリフォンが戦開始の咆哮をあげる。
モンスター達は、空へ我が物顔で鎮座する人間の城を目指して急降下を開始する。
刹那、一匹のブレードコンドルが悲鳴を上げる間もなく蒸発し、消えて居なくなった。
城塞から数えるのも億劫な、無数の赤く輝く帯が一斉に、全方位から放たれる。
空飛ぶ人間の城塞――空中浮遊要塞サラマンダ―。
その主武装たる、火属性の力を収束させ放射する”赤色熱線砲”は、今当に攻撃を仕掛けようとしていた空飛ぶモンスター達を、撃ちぬき、塵一つ残さず蒸発させてゆく。
これはもはや戦ではなく虐殺。
数で勝るモンスター達は、新生シュターゼン国が国家予算の半分を使って建造した炎の精霊の名を持つ要塞に、カトンボのように撃ち落とされてゆく。
そんな中でもグレーターグリフォンを含む、勇敢なモンスターは、赤色熱線を掻い潜り、狙いを定める。
一斉に放たれたファイヤーボールや、ボルト、ブレスは流星のような火球となって、城塞めがけて飛んで行った。
火球がぶつかり、弾けて、空飛ぶ城塞は爆炎に包まれる。
しかし爆炎の先から現れたのは、崩れた城塞では無く、赤い亀甲パターンだった。
空中浮遊要塞サラマンダ―が搭載する鉄壁の”障壁”
それはグレーターグリフォンたちの渾身の一撃を、いとも簡単にしのぎ切り、浮遊要塞は相変わらず我が物顔で空に鎮座させていた。
さすがのグレーターグリフォンも、これ以上打つ手なしと反転し、撤退を開始する。
するとグレーターグリフォン下から、巨大な何かが飛び上がってきた。
行く手を巨大な影と、傍にいるだけで体毛が焼け焦げる熱がグレーターグリフォンを襲う。
驚いたグレーターグリフォンは急上昇をしようと立派な翼へ力を籠める。
「グオッー……!」
しかし次の瞬間にはもう、立派な嘴は愚か、巨大な体躯さえ真っ二つに切り裂かれ、肉塊となって森へと落ちて行く。
「グオォォォ!」
そうして幻想の森から飛び上がった、シュターゼン国の守り神にして秘宝であるイフリート。
その主席である”イフリートアインツ”は咆哮を上げた。
呼応するように空飛ぶ城塞から唸りが上がり、四つの火の球が熱線と共に進撃を開始する。
マリオン=ブルーが率いる新生シュターゼン国に残された守護神イフリート――ツヴァイ、ヒュンフ、ズィーベン、アハト。
五体のイフリートは空戦能力を持たずとも、強靭な足から繰り出される跳躍と、鋭い爪を組み合わせて、逃げ惑う空のモンスターを次々と撃ち落とす。
そしてイフリートの蹂躙を静観していた、【空中要塞サラマンダ―】から、閃光が迸った。
閃光は木々を根こそぎ焼き払い、幻想の森の豊かな土さえも、蒸発させる。
そうしてできたクレーターの上へ、空中要塞は碇のようなもの放ち、移動を止める。
空中要塞からは次々と耐火装備を身に付けた、シュターゼン国の兵員が、ロープを伝って降り立って行く。
「構築開始! もたもたするなぁ!」
よく訓練された兵士達は、迷わず、整然と動き、焼き払った幻想の森の中へテント張り、物資を並べ迅速に”前線基地”の構築し始める。
更にそんな中、空中要塞サラマンダ―は空へ向けて、橋の様な構造物を伸ばし始めた。
「竜騎兵(ドラゴンライダー)隊、全機発艦準備よし! 送れ!」
空中要塞内部に居る、管制官が指示を叫んだ。
橋の上で待ち構えたいた兵士が赤い旗を振り落す。
空中要塞サラマンダ―から”ビュン”と風を切って、次々と飛竜(ワイバーン)を吐き出され、空を舞う。
その背中には全身甲冑(フルプレートアーマー)を装着した戦士達が、戦意を漲らせながらまたがっていた。
●●●
黒々とした二枚の翼が雄々しく広げ、無数の巨大な飛竜(ワイバーン)が朝焼けに燃える空を覆いつくしていた。
優雅に空を滑空していた野生の飛竜や、地上を駆けていた地龍のでさえ、空を覆う大部隊に恐れを成して身を隠す。
新生シュターゼン国が誇る百戦錬磨の機動部隊――その名は【竜騎兵(ドラゴンライダー)隊】
数百を超える優秀な漆黒の飛竜と、それを駆る勇猛果敢な竜騎兵(ライダー)で編成されたこの部隊は”八体のイフリート”に並んで、シュターゼン国を炎の大陸の中心とたらしめん、戦力の一角を担っていた。
そんな最強勢力を率いる中年の立派な体躯を重厚な鎧で覆った隊長は主であるマリオンの侵攻作戦に疑念を抱きつつも、職業軍人として職務を全うすべく己が飛竜に堂々とまたがり大隊の飛行指揮を執っていた。
それでもやはり、こちら側に危害を加えず、更に満身創痍な”迷宮都市マグマライザ”へ侵略行動を取ることへの疑念が燻ぶっていた。
(しかしたとえ不条理な侵略作戦であろうとも、私は軍人だ。命じられるがまま行動するのが軍人としての務めだ。余計なことは考えるな……)
隊長は自身へそう言い聞かせ、沸き起こった人としての情を封じる。
「隊長、この先から妙な反応が出てます!」
兜越しに先行する斥候のジェスからの魔力伝導無線通信が入り、隊長は気持ちを全て職務へ向ける。
「妙な反応? どういう反応だ?」
『属性は炎……しかし妙に影が小さいです。ですが魔力の反応が異様に大きく、飛竜が怯えています』
「なんだその訳の分からない報告は。もっと的確に、明瞭に報告せよ」
隊長は部下の曖昧な報告にややいら立ち、厳しい声を浴びせる。
だがやはり帰ってくるのは”小さい割に、異様に大きな魔力の反応がある”という訳の分からない報告のみ。
『目視確認しました! やはり反応の正体はトカゲです。体長30センチ程のトカゲです!』
「トカゲだと? 貴様ふざけているのか!」
魔法通信越しに部下の斥候が息を飲んだのが分かった。
指揮官として常に冷静であれという、先輩からの格言を思い出し、
「……詳細を報告せよ」
『申し訳ございま……ぎゃあーっ!』
「どうした!? 状況を報告せよ! ジェス、応答せよ! ジェスっ!」
隊長は先行していた斥候のジェスへ向けて音を飛ばし続ける。
しかし兜越しに聞こえてくるのは、まるで砂漠で砂嵐に巻き込まれたようなざらついた音のみ。
そして彼が次に眼にしたのは、地上から竜騎兵隊大隊へ放たれた”数えきれない程の真っ赤な炎のように燃える矢”であった。
瞬間、鎧の内側にある隊長の肌がまるで冷気を浴びたかのように総毛立つ。
「全機緊急回避! いそげぇ!」
これまで聞いたことの無い大隊長の切迫した声にドラゴンライダー大隊の全員が一斉に動揺した。
慌てて手綱を引き絞り、飛龍(ワイバーン)へ、通常飛行とは違う指示を送る。
編隊を組んで、堂々と茜色の空を席巻していた飛竜が上下左右といった様々な角度、・高度へ飛行の軌道を変えて行く。
そんな竜騎兵隊の間隙(かんげき)を縫って、数えきれないほどの火矢(ファイヤーボルト)が飛行してゆく。
「な、なんだ、この矢は……ぎゃーっ!」
「回避だ! 全力回避! 逃げるんだぁ!」
「あ、ああ! ああ! まるでこれじゃ、生きる矢じゃ……うわっ!?」
喧々囂々と大隊の魔法通信間で動揺と悲鳴が響きあい、朝焼けの空は彼岸花(ひがんばな)のような赤い爆炎が花開く。
どんなに騎兵が百戦錬磨の高等テクニックを使って飛竜の軌道を変えようとも、地表から放たれた火矢は突然方向を変える。
まるで目が付いているかのように飛竜を追尾し、ぶつかって、やがては竜騎兵を空の藻屑と変える。
百機以上のドラゴンライダーが次々と撃墜されている中、竜騎兵隊の隊長は、最高幹部しか集まらない機密会議での国家元首のマリオン=ブルーの言葉を思い出していた。
『炎の精霊サラマンダ―らしきモンスターと邂逅した。奴は脅威だ。マグマライザ占領と同時に、サラマンダーらしきトカゲの討伐をを最重要課題の一つとする』
(まさか、本当にサラマンダ―が現れたのだとでもいうのか!? ばかばかしい!)
一しきり、火矢の蹂躙が終わり、空は黒々とした煙に包まれていた。
その中に、彼は見た。
視認するにはあまりに小さく、だたっ広い荒野でなければ見逃してしまいそうなシルエット。
体長は報告通り30センチ程度。ぺたりと地面に這いつくばっているのは、当に一匹のトカゲ。
「この野郎、チビの癖に生意気な!」
「ウェイ! 待て! 一人で突っ込むな!」
隊長の横を飛行していたエースのウェイが地上に佇む小さなトカゲへ向けて急降下を仕掛ける。
すると接近に気が付いたトカゲはちろりと舌を出した。
すぼめられた口先から、ゴオォッ、と轟きを上げながら何かが素早く飛び出す。
その小さな体から放たれた等想像もできない、マグマのように真っ赤に発光する火矢(ファイヤーボルト)
単機で挑んだウェイは豪速で飛来する火矢に危険を感じて手綱を引き上げる。
またがる飛竜は翼を羽ばたかせ、急制動し、直角に上昇する。
それでも安心出来なかったウェイは、更に手綱で飛竜をスピンさせながら、激しい旋回運動を取らせた。
これぞ、竜騎兵隊のエース:ウェイが得意とする回避戦法。
火矢程度の速度では、飛竜の翼が巻き起こしたつむじ風で軌道を外れて、地面へ落ちる筈。
「なっ――!?」
だが、幾ら無茶な旋回軌道を取ろうとも無駄だった。
臓腑が揺らぐほどの急上昇・急降下運動をしても無意味だった。
こんな経験は最初で最後だと思った。
小さなトカゲから放たれた、真っ赤な火矢は、どんなに逃げても、幾ら気流を乱しても、まるで生き物のようにウェイの飛竜を延々と追尾してくる。
「く、くそぉぉぉ! ふりきれねぇ! なん――ッ ぎゃあぁぁぁーッ!?」
そうしてウェイの乗った飛竜が真っ赤な爆炎に包まれ、あっさりと空の藻屑となったのだった
隊の中でも隊長と並ぶか、それ以上の実力を持つエースのウェイがやられた。
そんな現実を前にして、いよいよ竜騎兵大隊の隊長は”小さな敵”の圧倒的な力を、否応なしに認めるしかなかった。
これまでマリオン率いる新生シュターゼン国は八体のイフリートの内、ドライ、ヒュンフを失っていた。
一匹、数千人の戦力に匹敵する戦略級のモンスターが、数では圧倒的に不利な第三皇女率いる”ピクシー解放戦線”へ戦いをしかけて戻ってくることは無かった。
そして無事帰還した兵たちは一様にしてこう語る。
【真っ赤で小さなトカゲにイフリートはやられた】のだと。
だが、隊長である彼もまた新生シュターゼン国に忠誠を誓った、竜騎兵(ドラゴンライダー)隊の指揮官。
新生シュターゼン国の国防を担う防人(さきもり)の長。
敵が如何にイフリートを、エースのウェイを、部下達をあっさりと撃退する怪物であろうとも、例え誠の炎の精霊であろうとも黙って引き下がるわけにはいかない。
この場が軍人としての本懐を遂げるべき場所。これが戦士の定め。
「残存する全ての竜騎兵へ告げる! ここが我々の死に場所だ! 我らが命を賭してでも、目下のトカゲを撃滅粉砕し、祖国へ栄光を齎すのだ! 全機アタックポジション! 急げ!」
「「「了解!!」」
隊長の指揮を受け生き残った新生シュターゼン国竜騎兵隊は崩れた編隊を組みなおし始める。
そんな竜騎兵隊を地上に佇む真っ赤なトカゲは円らな瞳に映し見上げる。
そしてまるであざ笑うかのように先が二股に分かれた長い舌をちろりと覗かせるのだった。
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