炎の巫女の救出
「「「「わあぁぁぁーっ!」」」
勇ましい掛け声と共に、断崖の上から、岩陰から、どう潜ったかわからないけど地面の中から。
次々と”ピクシー解放戦線”の勇敢な兵士達が姿を現す。
「いけぇー! 大魔導師殿と炎の巫女を助け出すんだ!」
岩陰から颯爽と姿を現したニムは真っ赤に発熱させているダガーを雄々しく掲げて、声高らかに指示を出す。
「姫様! 参ります!」
そんなニムの背後から、刀身を青白く発光させた魔法剣を携えて、ユウが飛び出す。
「魔法剣(マジックブレード)二の太刀! 水龍閃!」
ユウは放たれた矢のように加速した。
その姿は目に追えず、まるで霞のように姿が消えた。
「ぐわっ!」
「ぎゃっ!」
「うがっ!」
瞬間、敵兵の悲鳴が聞こえ、切り裂かれた耐火装備から激しい水しぶきが上がる。
剣を振り抜き、敵兵の背後に達していたユウは剣に滴る滴を、鮮やかに振り落とす。
「さっすがユウ=サンダー! 私だって! てやあー!」
ユウの先陣に感化されたニムもまた、味方の兵士を追い抜いて敵へ突き進む。
「第三皇女のニムだ! 奴を討ち取り、御首(みしるし)をマリオン様へ献上するのだ!」
ニムの存在を認めた敵兵が一斉に走り出し、次々と槍を突き出す。
「やっ! それ! おっと! そんなものぉ!」
しかしニムは軽い身のこなしでぴょんぴょん跳ねるようなステップを踏んで避けて見せる。
驚愕する敵兵を見て、ニムはにやりと口元を歪ませた。
「それそれそれそれぇー!」
「「「ぎやぁー!」」」
ニムの逆手に構えたダガーが無数の赤い軌跡を描いて、敵兵を吹っ飛ばす。
そしてニムは間髪入れずに地面を踏んで飛び、勇敢に更に敵集団へ突っ込んでゆく。
飛んだり、跳ねたり、切ったり、蹴飛ばしたり――まるでフィギュアスケート選手のような華麗なニムの戦いぶりは本当に鮮やかなものだった。
「さすがは姫様とサンダー団長だ!」
「俺らも負けてらんないぜ! 姫様に続けぇ!」
「姫様、ラブっす!」
”ピクシー解放戦線”の中心であるニムとユウの勇猛果敢な戦いぶりは、他の兵士達を活気づかせる。
兵たちも敵へ次々と飛びついてゆく。
逆にニム達の勢いに押されて、敵兵は隊列を乱し、侵攻を防ぐのが手一杯な様子だった。
「ガアアアーっ!」
そんな状況を見てイフリートは怒りの咆哮を上げた。
手近なピクシーの兵士を鋭い爪で引き裂こうと高くジャンプする。
「おっと、行かせないぜ、炎のわんこちゃん!」
俺はイフリートの着地点へ先回りし、真っ赤に発熱する【ヒートクロー】で鋭い爪を受け止めた。
しかしそれだけ。ヒートクローの熱をもってしても、イフリートの爪は剣や槍の穂先のように溶断されない。
俺とイフリートは爪を合わせたまま、力の均衡を保ち続ける。
(やっぱりさすがはイフリート! 伊達に炎の神性じゃないってね!)
イフリートが身体を押し込み、俺を押し倒そうとしてくる。
逆にその力を利用して後ろへ思いきり飛んで距離を置いた。
リザードマン形態で今のところ一番強いスキルであろう【ヒートクロー】はさっき使った通り。きっと他のスキルでどうにかできる筈はない。だったら!
「GAAA!」
咆哮が轟き、空気を震わせた。
FP(ファイヤポイント)を2消費し、”形態変化(フォームチェンジ)”のスキルを発動させる。途端、全身から真っ赤な炎が沸き起こり、筋骨隆々なリザードマンの身体を燃やし始めた。
こちらを唖然と見つめるイフリートの目の前で、俺の身体がどんどん縮んでゆく。
やがて体長30センチ程度の小さなトカゲに戻った俺は四つん這いでぺたりと地面に降り立った。
「グオォォォ……?」
さっきまで憤怒の形相を浮かべてていたイフリートは、まるで俺をバカにするかのように口元を緩ませる。
そんな奴へ空気を一杯吸い込んで、魔力を十分すぎるほど充填させたファイヤーボールを放ってやった。
「ガアァァァ―ッ!?」
俺より何百倍もの大きさのイフリートはファイヤーボールの業火に巻かれ、ゴムボールのように地面の上を跳ねて転がる。
(小さくたって、トカゲの時の方が魔力は高いんだ。さぁ、バーベキューの時間だ!)
「GAAA!」
「ガッ!!」
起き上がったイフリートへファイヤーボールをぶつけて、再び地面へ叩き付ける。
イフリートは諦めずに何度も立ち上がろうとするが、その度に俺のファイヤーボールを受けて地面に叩き付けられる。
俺は息を吸い込んでぱくりと口を閉じ、それを飲みこめば、背中から真っ赤な炎が噴き出した。
それは激し熱と鋭い貫通能力を持つ”火矢(ファイヤーボルト)”となって空からイフリートを襲う。
「ガッ! ウガッ! ゴワッ! ガアァァァ―ッ!!」
降り注ぐ火矢は熱感知で正確にイフリートの位置を捉えて降り注ぐ。
例え奴が俊敏な動作で回避しようとも、熱追尾の力を帯びた火矢はくるりと方向転換をして、イフリートの背中や臀部(でんぶ)に突き刺さり次々と爆発を起こす。
「ガッ、グルウゥゥゥ……」
イフリートは四肢に力が入らないのか、地面に伏したまま身体を震わせている。
悔しそうに顔を歪ませて、必死に起き上がろうとするが、その度に手足から力が抜けて焼け焦げた地面へ倒れてしまう。
もはや満身創痍の状態だった。
そんなイフリートの様子を見て、ちょっと可哀そうな気もした。
だけどここで見逃して、面倒なことになっては困る。
俺は沸き起こったイフリートへの憐憫(れんびん)の気持ちをぐっとこらえて、丸い瞳で狙いを定めた。
(成仏しろよ……これでとどめだぁ!)
溜めこんだ空気と魔力をイフリートへ向けて一気に吐き出す。
最初は紅蓮の炎だったファヤーブレスは、すぐに白色に輝く”熱線”となって、地面を焦がしながら突き進む。
「ガアァァァァ――――ッ……!」
白い閃光に飲まれたイフリートヒュンフは光の中で藻屑と消える。
そしてついでに奴の背後に聳えていた大きな岩山が一つ蒸発してしまっていた。
(威力高すぎ……少し使うところを選ばないと……それにイフリート喰い損ねたし……)
「な、なんだ、あのトカゲは!?」
「まさか、アレがマリオン様が仰っていた……!?」
「炎の精霊サラマンダ―だと!? お、俺たちが勝てるわけない! 逃げろー!」
小さな俺を前にして、かなりビビッているマリオンの兵士達は武器を次々と投げ捨てて、逃げて行く。
「ああーっ!」
そんな中、杏奈の悲鳴が聞こえて、俺はぴょこりと飛んで体の向きを180度変えた。
杏奈の縛り付けられていた十字架の根元が燃えて、ぐらりと傾き、炎の中へ落ちようとしてる。
「杏奈あぁぁぁぁ!」
FPを消費してリザードマンへ戻り、無我夢中で太い足で地面を蹴った。
爪で縄を切り裂き、ふわりと十字架から解放された杏奈を強く、きつく抱きしめた。炎の中に焼け落ちた十字架を蹴って、再び舞い上がり、安全圏まで離脱する。
「杏奈、大丈夫か!? おい!」
腕の中の杏奈へ叫ぶと、彼女の丸い瞳が俺を写す。
「だ、誰……?」
怪我は無い様子だったが、声が震えていた。
そりゃそうだ。今の俺は蜥蜴人(リザードマン)
俺たちの世界じゃそんな種族は存在しない。
「俺だよ、俺! トカゲ! サラマンダ―! ずっと杏奈と一緒にいた!」
「トカゲ……? 本当……?」
必死の叫びが届いたのか、杏奈の声から震えが消えた。
「ああ、そうだ! 良かった無事で、本当に……」
感極まって抱きしめようとしたが、むぎゅっと杏奈の綺麗な手が、俺の顔を押しのける。
確かにいきなり抱きしめようとした俺が悪い。
「ご、ごめん! いきなり、俺、あはは~……」
「……がう……」
「へっ?」
「違う、こんなのトカゲじゃない! 可愛くない! キモイ! イヤっ!」
「そっち!?」
ちょっと感動の再会を期待していた俺は愕然とする。
杏奈は本当に嫌なのか、腕の中で子供の用に手足をジタバタさせて暴れまわる。
「こ、こら、暴れるな!」
「イヤ! キモイ! 可愛くない! トカゲじゃない!」
「わ、分かったから、離すから! だからちょっと大人しく……!」
「イヤ! イヤ! イヤあぁぁぁー!」
ぽいんぽいんと俺の腕の中で杏奈のメロンが揺れて、ムニムニと分厚い胸板に擦り付けられる。
嬉しいような、しかし凄く拒否られてることにショックを受けながら、杏奈を腕の中から落とさないように必死にバランスを取る。
「ひょひょひょひょ! 精霊様と杏奈は仲良しじゃのぉ! 激しい抱擁じゃのぉ! オッケー」
「大魔導士殿、あれは嫌がっているようにしか見えないのですが……」
救出した大魔導士こと婆様の脇で、ユウは首を傾げていたのだった。
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