両手に花のサラマンダ―。されど悩みはつきものなのです

勝利に祝杯を! 炎の精霊サラマンダー様に感謝を! かんぱーい!」


 夜の森に、ニムの声が響き渡り、ピクシー解放戦線の兵士達は一斉に杯を打ち合う。

そして始まる大宴会。


 見事、炎の巫女である杏奈と大魔導士らしいお師匠様を解放した俺たちは成功を祝い、祝杯を挙げていたのだった。


「今日はどうもありがとうございました、精霊様! さぁ、どうぞ!」


 上座の俺の横にいるニムはフォークに突き刺した肉の塊を俺の前へ掲げ、


「あ、おう……」


 拒否っても仕方ないので素直に、パク、モグモグ。


 一口含んだ瞬間、炭焼きの香ばしい香りが口の中に広がる。

さっくりとした肉の歯ごたえは心地よく、じゅわっとあふれ出た肉汁の旨みは一瞬で舌を支配した。

飲み込んだ後も、口の中から鼻へ抜ける香ばしい肉香りは、もう一口食べたいという欲を掻き立てる。


「美味ッ! もう一口!」


 そう叫ばずにはいられなかった。そんな俺へニコニコ笑顔はニムは「どうぞ。遠慮しない下さいね」と、また一口食べさせてくれる。


「精霊様、姫様、少し宜しいでしょうか?」


 気が付くと目の前にはユウが居た。

俺とニムが視線を向けると、彼女は突然、恭(うやうや)しく、そして素早く地面へ膝を突く。


「昨晩の非礼お許しください! まさかは貴方様が本当に炎の精霊サラマンダー様とは露知らず大変失礼な言動を……大変申し訳ございませんでした!」


 ユウの謝罪を聞くと、酒で盛り上がっていた兵士達は一斉に杯を置く。

そして俺の前へ統制の取れた動作でずらりと並ぶと、同じように一斉に膝を突き、謝罪の言葉を口にしたのだった。


「だから言ったでしょ? このお方は正真正銘の炎の精霊サラマンダー様だって?」


 ニムのちょっと意地悪そうな言葉に、ユウや兵士達は益々委縮し、地面におでこが付くんじゃないくらい更に深く頭を下げる。


(ここまでして貰わなくてもいいのにな。実際、あんまし気にしてなかったし)


 しかし本当に思っていることをざっくばらんに言ったところで、楽しい宴の雰囲気は戻ってくるような気がしない。

だったらと、俺は少し威厳のありそうな雰囲気を醸すため、静かに立ち上がった。


「ユウ=サンダー団長、そしてピクシーの勇猛果敢なる戦士たちよ、面を挙げよ」


 俺の声に従って目の前の兵たちは一斉に顔を上げる。

ちょっと雰囲気に気おされてビビった俺だったが、とりあえず咳払いで誤魔化す。


「昨晩の非礼は仕方のないことだ。諸君らが想像するサラマンダーとはかけ離れた姿であるからな。気にすることはない。それよりも今は共に戦い、勝ち取った勝利への美酒に酔いしれるとしよう。諸君と俺が初めて手を組み勝ち得た、この素晴らしい勝利をな!」

「勿体ないお言葉。御身の寛大なる御心に感謝いたします」

「構わん。さぁ、ユウ=サンダー……いや我が親しき友人ユウよ、今宵は兵たち盛り上がろうではないか!」

「はっ! 御身の仰せとあらば!」


 ユウは歴戦の猛者らしく素早く立ち上がり踵を返す。


「精霊様より御神託を賜った! 御身は今宵、酒を存分に喰らい、歌って盛り上がれと仰せである! さぁ、行くぞものども! 炎の精霊サラマンダー様へ感謝! 行けッ!」


 ユウの軍事訓練のような叫びが響いて、兵たちは一斉に動き出す。

まるでこれから戦いが始まりそうな素早い動作で、兵たちは一斉に宴席へ戻って、存分に酒を煽り、歌って、踊り始めた。


(なんかこういうの良いな)


 人間だった頃、こうした明るい宴席に憧れていたと思い出す。

ぼっちだった自分には、こういう場は一生訪れないんじゃないかと思っていたくらいだったから。

だからこそこんな明るい雰囲気の中で、隅っこでずっと一人で膝を抱えて座っている杏奈が気になって仕方が無かった。


(杏奈、元気ないな。大丈夫かな?)


 俺はおもむろに立ち上がり、杏奈のところへ向かって行く。


「精霊様。いかがされましたかな?」


 杏奈を心配してずっと付き添ってくれていたお師匠様も少し困った表情を浮かべていた。


「杏奈はどこか具合でも悪いのか?」

「いや、そうじゃないんじゃがな……」

「?」


 ようやく俺の存在に気付いたのか、杏奈は虚ろ気な視線を送ってくる。

しかしすぐにプイっと視線を外して、


「あ、杏奈?」

「可愛くない……イヤ……」


 杏奈の肩が少し震えている。少し怯えているように見えた。


(もしかしてこの姿から苦手な”人間の男”を想像しているのかな……?)


 確かにリザードマンの俺は筋骨隆々な体で、トカゲのようにプニプニしてはいない。


(まぁとりあえずユウたちへの挨拶も終わったし良いか。FPもまだ余裕がありそうだし)


 そう思った俺は”形態変化(フォームチェンジ)”を発動させた。

 ブワっと真っ赤な炎が上がって、立派なリザードマンの身体が燃えはじめ、身体が縮小してゆく。

体長30センチ程のトカゲに戻った俺はペタペタと地面を這って前に進んで、杏奈の太腿あたりを長い尻尾でぺちぺち叩いた。


「杏奈! これならどう?」

「あっ……トカゲ!」

「のわっ!?」


 突然杏奈は顔を真っ赤に染めて、俺をひょいと摘まんだ。

手慣れた動作でするりとセーラー服のリボンを緩めて、ブラウスのボタンを外す。

そしれ俺は盛大に晒されたメロンの谷間(グランドキャニオン)へすっぽり挟まれたのだった。


「お帰りトカゲ! 会いたかったトカゲ!」

「あ、ちょ、ちょっと、杏奈!?」


 杏奈は胸を二の腕で挟んで間にいる俺をムニムニし始める。


「あ、ふぅー……あったかい、トカゲ……」

「お、俺も、杏奈……ふぅー……こ、これやばいって……!」

「トカゲぇ……!」

「あ、杏奈ぁ~……!」


 杏奈は顔を上気させ、肉壁でムニムニされる俺も何故か熱い吐息を漏らしてしまう。


「ほほ! すっかり精霊様と杏奈は身も心も繋がっておるのじゃのぉ。良いぞえ、良いぞえ、うひひ!」


 お師匠様はにんまり笑顔を浮かべて、楽しそうに俺と杏奈を見下ろしていた。


「ちょ、ちょっと、あんた! 精霊様になんてことしてるのよ!?」


 気が付くと、顔を真っ赤に染めたニムが眉を吊り上げて脇に立っていた。

すると杏奈はぴたりと動きを止めてニムを見上げる。


「精霊じゃない! トカゲ! トカゲは私の!」

「幾ら炎の巫女だって、精霊様をそんな風に扱うなんて許せない! 精霊様もそう思いますよね?」

「あーえっと、別に俺は……」


 突然振られて言い淀んでいると、


「トカゲはこっちの方が良いって!」


 杏奈はまるで俺が言ったかのようにそう叫んだ。


(ああ、そうだ。この姿だと杏奈以外とはコミュニケーションが取れないんだった……)


「いいはずないでしょ! アンタの無駄に大きなソレで精霊様が圧死したらどうするつもりよ!」

「大丈夫、トカゲ喜んでる。ねっ?」

「こ、こら! そのムニムニやめなさいよ! てか人の話聞いてる!?」

「うるさい。あっち行って」

「ああ、もう、炎の巫女だからって調子乗るんじゃないわよ!?」

「ムっ……別に調子乗ってない」


 杏奈は鋭く睨み返すが、ニムも引く様子を見せない。


(これちょっとマズイ雰囲気だな……)


 俺はそそくさと杏奈の胸の間から這い出て、地面へ降りると、再びリザードマンへ戻った。


「な、なぁ、二人とも、今日は折角の祝いの席なのだから……」

「キモイ! トカゲ人間、嫌!」


 杏奈は駄々っ子のようにそう叫んで、プイっと俺から視線を外す。


「精霊様に失礼でしょ! 謝りなさいよ!」

「やだ! トカゲはトカゲ! トカゲ人間はいや!」


 そんな中お師匠様はニヤニヤ笑みを浮かべて


「両手に花。されど悩みはつきもの。炎の精霊様らしく、この場を治めてくださいませ、うひひ」


 (この人、絶対に楽しんでる!)


 この先少し思いやれると考える俺なのだった。

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