幻想の森の守護者【前編】


 相変わらず幻想の森は暗くて、湿っぽくて、夜みたいだった。

俺と杏奈は腹の減り具合で時間を図り、今を夜と判断して休むことにしていた。


「寝る」


 腹も膨れて、焚火の暖で身体を温めた杏奈は唐突にそう言い放ち、地面の上に寝そべった。


(ホント、杏奈って言動読み切れないよなぁ……)


 結構エキセントリックだけど、可愛いから許しちゃう。

そんな俺は心の広いサラマンダーなのだから!


「来る?」


 と、またまた杏奈はリボンを解いて、盛大な谷間(グランドキャニオン)を見せつけ、俺を誘う。

 どうやらまた挟んで寝たいらしい。


「やだ?」

「あーえっと……」


 挟まれて寝たいけど、じゃあ意気揚々と飛び出してもそれは倫理的にあまり宜しく無いのではないか。



理性の天使が『ダメだよ、そんなの! それじゃあの木こりやゴブリンと一緒じゃないか!』


と、主張する傍ら、


煩悩の悪魔が『良いじゃん、杏奈が誘ってんだから! ひゃっほーいって飛び出せよ!』


と、文字通り悪魔の言葉を囁いてくる。


(ああ、どうしよう。俺の判断は……!)


「わかった……」


 杏奈は寂しそうに背を向けてしまった。

相変わらず寒いのか背中がプルプルと震えている。


(別にやましいことなんてないぞ。こんな寂しい森で一人で寂しそうなあの子を慰めるだけだし、温めてやるだけだ。ただそれだけだ!)


 心を決めて俺はペタペタと歩いて杏奈の背中をよじ登った。

迷うことなく飛び、立派な肉壁の間へダイブする。


「ひゃう!?」

「あ、ご、ごめん!」


 全く俺の行動に気付いていなかったのか、杏奈は艶めかしい声を上げた。

しかしすぐさま、谷間に挟まった俺を見て、顔を赤らめ嬉しそうに微笑む。



「トカゲ……嬉しい、来てくれて」

「あ、うん。こ、この方が杏奈も暖かいかなぁって……」

「うん。ありがとう。トカゲ、優しくて好き」


 俺の小さなハートがドキンと跳ねあがる。

どうやら俺は公式に、こうして良いと認定されたようだった。

だからこそ、気になることもあるので、俺は口を開いてちろりと舌を覗かせる。


「ねぇ、杏奈。なんで今日はその、木こりの人間から突然逃げたんだい?」

「……男の人、嫌だから……」


 まるで熱を失ったかのような、冷たくよどんだ杏奈の声が届く。


「男が苦手なの?」

「うん……」

「一応俺は雄だけど……」

「トカゲは大丈夫。私を変な目で見ないし、優しくしてくれる……」


 改めて凄く信頼されていると感じた。

やはり紳士的態度はこれからも貫き通そうと思う。


「もしかして嫌な目にあったとか?」

「……」

「あ、ごめん。良いよ、答えなくて」

「ありがとう。いつかトカゲにはお話しするね」


 杏奈は辛そうに、だけど俺のことを精一杯気にかけて言葉を紡いでくれた。

そんな彼女を見ていると、人間の頃に見た”痴漢現場”を思い出し、腹が立つ。


 かつて俺は、痴漢被害にあっていた女の子を電車の中で助けたことがあった。

あの時の怯えた少女の姿を思い出すと、怒りを覚える。


(たぶん杏奈も、ああいう卑劣な奴になにか傷つくことをされたんだ。こんないい子を……許せん!)


「ねぇ、今度はわたしが聞いていい?」


 杏奈は柔らかな声で語りかけてくる。本当に響きのある良い声は、沸き起こった俺の怒りを鎮める癒し効果があった。



「ん?」

「なんでトカゲは話ができるの?」

「んーと、良くわかんないんだ。炎の中から飛び出したらこうなっててね」


 元々は杏奈の苦手な”人間の男だった”とは言えず、とりあえずそう答えて置いた。


「じゃあ、私と一緒だ」

「そうなの?」

「火事に巻き込まれて、気づいたらここに。そしたらお師匠さまが助けてくれた」

「なるほど」

「で、私が巫女で、だから幻想の花を探しにこの森に、そしたらトカゲと、ふあ~……」


 温まって来たのか、杏奈は気持ちよさそうにあくびをした。


「ごめんね、眠いところ。また明日話ししよう」

「うん。おやすみ、トカゲ……」


 腕を枕にして、杏奈の頭がポテンと落ちる。

ものの数秒で、穏やかな寝息が上がり、杏奈は安心した顔で深い眠りに就いたようだった。



話を整理すると、杏奈は彼と同じように火事に巻き込まれてこの世界へやって来たらしい。

お師匠様という人が助けてくれて、どういう訳か幻想の花を探しに行く様に頼まれ、そして俺に出会ったのだと。


(巫女ってなんのことだろ? 炎の巫女ってことかな?)


 考えるには材料があまりにも少なかった。

というか、俺も結構眠かった。


(おやすみ杏奈。明日も一緒に頑張ろうね)


 そう心の中で呟き、杏奈の胸の間で俺も眠りにつくのだった。



●●●



 何時間後に目が覚めて、俺は杏奈の肩に乗っかって再び森の中を歩き始めた。

木々は全部同じように見え、しかも森の中は時間の感覚が無くなるほど薄暗い。


「目印付けて進もうか。迷いそうだし」

「うん」


 杏奈は適当な草を抜いて、それを木の枝に結び付け、マーキングをする。

その作業は彼女に任せて、俺は新しいスキル”熱探知”を発動させた。


 薄暗い森の中が青や黄色に色づく。

その光景は”サーモグラフィー”さながらだった。

 そんな極色彩の世界の中に時折揺らめく、赤い影。

 背丈からゴブリンと判断できる。


「ここ曲がって。この先にモンスターがいる」


 杏奈は俺の指示に素直に従って、目印を付けながら森を行く。

そうして極力戦闘を避けつつ、森の中を、目的物である”幻想の花”を探し求めて、歩き続けた。


「あ、目印」


 杏奈は枝に不自然に括り付けられた草の目印を指す。

どうやら長い時間をかけて。ぐるっと一周し、元のところへ戻ってきたしまったようだ。


「ちょっと休む?」


 少し疲れていそうな杏奈へ聞くと、


「うん。そうしたい」


 杏奈はぺたりと座り込んだ。


(火を起こさないと)


 彼女が凍えてしまわないよう、俺は適当に薪(たきぎ)を集め積み、軽くファイヤーブレスを吐く。

あっという間に薪に燃え移り、赤々とした暖かい炎を上げた。


(このまま迷い続けるのも良くないよな。一旦、この森から出た方が良いのかな?)


「ねぇ、トカゲ」


 ふと杏奈が声を上げ、たき火から立ち上る煙を指し示す。

モクモクと上がる煙は何かに吸い寄せられるように、細い糸のようになって、脇の林間へ流れていた。


(うわぁ、めっちゃ怪しい……)


 しかも煙が流れて行く方向にモンスターの熱は感知されない。お膳立てはばっちりに思えた。


(たぶんきっと何かあるんだろうな。まぁ、でもこのまま彷徨い続けるよりも良いかな)


 俺は首を上げ、


「煙の言ってる方向に流れる方向へ進んでみよう」

「うん」


 杏奈は俺を肩に乗せて、煙の流れる方向に向けて歩き出した。

 相変わらずモンスターの熱は一切関知されない。

やがて飽き飽きしていた鬱蒼とした森が一気に捌けた。


 見渡す限り、一面に咲き誇る紫の花。

それは月明かりを浴びて輝き、からっとした涼しいそよ風を受けて揺れ動いている。

 明らかに妖しさ満載。


(こんなRPGみたいな世界なんだし、ここがボスエリアっぽいもんだから……)


その時、僅かに地面が揺れた。

次第に揺れは強まってゆく。

そして紫の花を散らしながら地面が大きく割れた。


 土の中から現れたのは見上げるほど大きな巨人。

しかしその身体は青白い炎で形作られ、頭と思しき所には不気味な血走った巨眼が浮かんでいた。



★鑑定結果


【名称】:エレメンタルジン

【種族】:魔人

【属性】:???

【概要】:魔法の炎から生み出された魔人。幻想の森の守護者。



「「やっぱりでた! ボスキャラ!!」」


 俺と杏奈は声を揃えて突っ込むのだった。

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