炎神イフリート
「杏奈、精霊様を!」
「んー?」
「ほれ、早ようせんか!」
杏奈は俺が乗っかる座布団をお師匠様に無理やり渡される。
「お前さっさと進め! 婆様が逃げられないじゃないか!」
背の小さなショートカットの女騎士が、眉を吊り上げて、甲高い声でそう叫ぶ。
杏奈はむすっとしながらも、お師匠様に背中を押されて歩き出す。
すると何故がぽよんと触れた杏奈の胸へ、女騎士は忌々しそうな視線を送った。
(この女騎士、相当まな板だもんな。まさかいわゆる”男の子”ってやつ? でもここまで女の子っぽい男の子っているもん? だからやっぱり女の子? ふぅーむぅー……)
ふかふかな座布団に乗っているだけの俺は、ぼんやりそんなことを考えつつ、杏奈と一緒に小屋から飛び出す。
途端、俺は気持ちを真面目に切り替え、目の前にずらりと並んだ完全武装の兵士達を睨みつけた。
★鑑定結果
【名称】:シュターゼン国近衛兵団(個々の情報は割愛)
【種族】:人間
【属性】:火
【概要】:同国の国王直属の精鋭部隊。高級な耐火防具を標準装備する。
(ふーん、兵隊さんか。近衛だし、精鋭ってあるから強いんだろうね)
兵士達は全身甲冑(フルプレートアーマー)に、”炎を纏った蜥蜴”の紋章をあしらった大楯を構え、物々しい雰囲気を醸し出している。
そんな兵士達の隊列が綺麗に割れ、その間から”頭から二本の角を生やした赤いローブを来た男”が現われた。
「やぁ、ご機嫌麗しゅう、ニム姫様に、大魔導士殿? ようやくみつけましたよ」
男は軽薄そうな笑みを浮かべて、女騎士とお師匠様を見渡す。
そして間にいる杏奈へ目を止めた。
人間の男が苦手な杏奈は体をびくりと震わせる。
「へぇ、君が異世界から召喚された切り札”炎の巫女”ってやつかい? 随分と良い身体してるね? 胸なんて随分と立派じゃないか」
「……ッ!」
「俺が抱いてやろうか? 女に生まれたことを心底感謝する程の快感を教えてあげるぜ?」
「い、いやっ……!」
杏奈は怯えた小動物のように膝を震わせる。心臓も不規則に鼓動して、怯え切っている。
(くそ、チャラ男め! 杏奈に酷いこと云うな!)
「黙れマリオン! それでもお前は国を支えた五貴族の出身であろうが! 言葉を弁えろ!」
俺の怒りを代弁するかのように蒼髪の背の小さな騎士が叫ぶ。
だが角を生やしたチャラ男:マリオンは余裕の笑みを浮かべる。
「あはは、堅苦しいなぁ。だから君には女性としての魅力に欠けているんだよ、ニム姫様? だった俺が姫様を女性として調教してやろうか? そうすりゃその貧相な胸元も少しは女性らしくなるだろうよ」
「無礼だぞ、マリオン!」
女騎士――ニムの横にぴたりとくっついていた忍者風の女戦士は、後ろで結った長い黒髪を振り乱し叫んだ。
そしてニムを守るように前へ立つ。
彼女が僅かに左右へ目配せをすると、仲間の兵士達は一斉に殺気立ち、武器の柄を強く握り始めた。
「婆様、巫女様。ここは私達に任せて隙をみて逃げてください」
ニムは敵兵に視線を向けたまま、そう言うと、
「良いんじゃな、姫様?」
お師匠さまの言葉にニムは緊張で顔をこわばらせながらも、しっかりと首を縦に振った。
「はい! 例えここでわたし達が倒れようとも、婆様と巫女がいて、後はサラマンダー様さえ御降臨されれば勝てます! 」
「そのことなんじゃがな、姫様……」
その時、マリオンが腕を振る。
それを合図に奴の近衛兵が一斉に動き出した。
「炎の巫女! いつまでもガクガク震えてんじゃなわいよ! さっさと逃げなさい!」
ニムは杏奈そう叫び、腰の鞘に収まっていた短剣を抜き、逆手に構える。
途端、鋭い刀身が発熱するように真っ赤に輝いた。
「い、行くぞー! サラマンダー様のご加護を!」
「「「おおーっ!!」」
ニムが駆け出し、女戦士が、兵が続く。
マリオンの近衛兵たちもほぼ同時に地面を蹴った。
戦意に満ちた、咆哮のような叫びが朝焼けの空に響き、二つの集団は正面からぶつかり合う。
近衛兵の一人がニムに狙いをつけて、上段からロングソードを振り落とす。
するとニムは細身で小さな身体を捻り、斬撃を掻い潜る。
同時に相手の懐へ潜り込んだ。
「なッ――!?」
ニムは驚く近衛兵を上目使いで鋭く睨む。
そして逆手に構えた真っ赤な短剣を振り上げる。
二つの真っ赤な軌跡が描かて、近衛兵の腕の関節を覆う鎖帷子(チェインメイル)が溶断された。
熱と斬撃は近衛兵の腕の力を奪い、ロングソードを落とさせ、腰が僅かに落ちた。
「たあぁぁぁー!」
「ぐはっ!」
そして顔面への止めのハイキック。
近衛兵はニムのキックで鉄兜をへこませ、更に駒のようにくるくる回転しながら吹っ飛び、倒れた。
ニムは小さくガッツポーズを取り「やった!」と唇を動かしている。
そんな明らかに隙だらけな彼女の背後を狙って、別の近衛兵がロングソードを振り落とす。
「がっ!」
すると脇から飛び出してきた”忍者風の女戦士”が無言で回し蹴りを放ち、近衛兵を思い切り吹き飛ばした。
「姫様! 戦場で油断してはダメだとあれほど申し上げたでしょうが!」
少し怒り気味にそう叫ぶ女戦士へニムは、
「だって”ユウ”が私の背中を守ってくれるって信じてたもん……ファイヤーダート!」
ニムが腕を振ると、彼女の手の中からダーツのような小さな火矢が飛び出した。
それは忍者風の女戦士――ユウ――の涼やかな顔の近くを横切る。
「ぎゃっ!?」
ダーツのような火矢はユウの背後から襲い掛かろうとしてた近衛兵の頬に突き刺さった。俺のファイヤーボルトよりも明らかに威力が低く、延焼する雰囲気はない。
しかし近衛兵を怯ませることはできていた。
ニムとユウは怯んだ近衛兵を四つの目で睨み、そして同時に地を蹴った。
「「とおぉぉぉりやぁぁぁー!」」
見事で鮮やかな息ぴったりのダブルトーキックが炸裂する。
それを腹に浴びた近衛兵は身体をくの字に折って吹っ飛び、地面の上を何度も跳ねて倒れた。
「ユウも油断大敵だよ?」
ニムがいたずらっぽくそう云うと、
「申し訳ございません、姫様。私も修行が足りないようです……」
ユウは心底申し訳なさそうに頭を下げた。
しかしすぐに頭を上げて、ニムと背中合わせに立つ。
既に二人は複数の近衛兵に取り囲まれていた。
「ユウの背中は私が守るから!」
「何を仰いますか! 姫様を守ることこそ我が使命。御身の全ては私が守ります!」
「じゃあ守って貰わなくても良いくら、私頑張っちゃうもんね! すっごい頑張ってユウよりも良い戦績出すもんね!」
「ううっ、姫様の勇姿を記録したい……!」
忍者風の女戦士:ユウはよく分からないことを呟きつつ、ニムと同時に飛んで近衛兵へ立ち向かっていた。
ニム達の数は敵よりも圧倒的に下回っていた。
だがニムを始め、従者のユウも、そして他の兵士達の士気も、技の技術も圧倒的に上。
精鋭と鑑定された”シュターゼン国近衛兵団”をニムたちは完全に翻弄していた。
「今のうちに逃げよう、杏奈!」
「はぁ、はぁ、はぁ……んっ、はぁ……」
「あ、杏奈? 本当に大丈夫?」
杏奈は過呼吸気味に息を荒げて、うずくまったままでいた。
「ほれ、立つんじゃ杏奈! 姫様達の行いを無下にするでない!」
流石のお師匠様もしびれを切らしたのか、声を荒げて杏奈へ立つように促す。
「あはは、やるねぇ! さすがは勇名名高い戦士長のユウと、その弟子第三皇女様ではある!」
その時、戦況を見ていたチャラ男のマリオンが高笑いを上げながら、ローブの懐に手を伸ばす。
奴は手にした真っ赤な宝玉を空高く掲げた。
「其は煉獄より生まれし偉大な力。其の怒れる炎の力を我に貸し与えん……我が名はマリオン! 炎の国、新生シュターゼン国を治めし王よ!」
瞬間、宝玉が太陽のような真っ赤な輝きを発した。
「おいで! 七つの炎神の三番目イフリート・ドライ! ”ピクシーの連中”を殲滅だぁ!」
突然、マリオンの正面に見上げるほど高い火柱が上がった。
俺は思わず火柱を見上げる。この場にいた全員が同じように火柱を見上げる。
火柱の中に浮かび上がってきたのは身長5メートルほどの人型。
火柱の炎が吹き飛び、その威容が全身から蒸気を上げながら姿を現した。
それは炎を纏った筋骨隆々な人の身体に、狼のような鋭い面構えをした怪物だった。
二本の太い角から激しい熱が上がっているのは、僅かに陽炎が見える。
幾重にも連なる肉食獣のような牙の間からは絶え間なく細かな炎が噴き出されていた。
★鑑定結果
【名称】:イフリート・ドライ
【種族】:神
【属性】:火
【概要】:シュターゼン国の秘宝:七つの炎神イフリートの三番目。
(大体のイフリートのイメージってこんなのだっけ? けもの人間的な?)
「グオォォォ!」
イフリート・ドライは空気を震わせるほどの、激しい咆哮を放った。
巨体には見合わない素早い動作で空へ飛ぶ。
「うわっ!?」
「クッ……!」
イフリートの大きな腕がニムとユウをまるで人形のように吹っ飛ばした。
さらにぐるりと腕を振って、ニムの兵士達を次々となぎ倒す。
たった二撃。
それだけで戦いの場の主導権をイフリートは完全に掌握していた。
「グオオオオッ!」
真っ赤に燃える瞳でオレと杏奈を捉え、灼熱の炎を吐きだす。
「ファイヤーウォール!」
するとお師匠様が杖を手に俺たちの前へ立ちはだかり、半透明の真っ赤な障壁を展開した。
障壁はイフリートが吐き出す火炎を防ぎ、真っ二つに両断する。
しかしお師匠さまの脚が僅かに後ろへずれた。
「くっ……齢を食いすぎたかのぉ! これがイフリートの力か……!」
イフリートは火炎を吐き出しつつ四つん這いで距離を詰めて来る。
士気を取り戻した近衛兵達もイフリートの後ろに続いて来た。
「杏奈」
「……」
少し震えは収まったものの、杏奈は未だに動けずにいた。
(ならやるしかない!)
俺は杏奈の手にする座布団から飛び降りた。
「サラマンダー様!? 何を!?」
驚くお師匠さんへ、尻尾を振ってとりあえず合図を見せて、ペタペタと歩き出す。
「なんだい、そのトカゲは? まさか、炎の精霊だとでも――ッ!?」
次の瞬間、俺を見下ろし余裕の笑みを浮かべていたマリオンの表情が凍り付く。
「グオッ!?」
俺の吐き出したファイヤーボールを受け、イフリートが大きく仰け反った。
火炎放射がぴたりと止まる。
「ああ!」
「ぐわっ!」
「ほ、炎が!? ああ――ッ!」
次いで三つ火球を吐き出して、近衛兵を爆破と物理衝撃で吹っ飛ばす。
(幾ら耐火装備しているからってもうちょっと威力を落とさないと。どうせこの兵隊さん達は仕事でやってるだけだから殺したくないしね!)
俺はそう思いつつ、イフリートを中心とする敵を、円らな瞳で睨みつけるのだった。
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