炎の精霊様
ギシ、ギシとそこは軋み、
「あっ、あっ、んっ……! んふぅ……!!」
杏奈は叫びたいのを我慢して、必死に耐えている。
彼女の心臓は激しく拍動し、緊張のためか体温が異様に高かった。
「ほれ、杏奈身を委ねるのじゃ。大丈夫じゃ。これも修行じゃ」
杏奈が”お師匠さま”と仰ぐ、黒いローブを羽織った老婆が彼女を見てそう云った。
「んふぅー……あっ!」
再びぐらりと足元が揺れ、杏奈は慌てて古ぼけた綱にしがみつく。
するとボロボロなつり橋が大きくグラグラと揺れて、ギシギシと軋みを上げた。
足場にこびりついたコケが底知れぬ谷底へハラハラと落ちて行く。
俺は杏奈の肩に乗っているものの、いつ崩れ落ちてもおかしくはなさそうなつり橋に、同じく緊張していた。
「杏奈、頑張ろう。何かあっても俺が何とかするから」
安心させるよう囁きかける。
実際落ちそうになったら、エレメンタルジン戦の時に編み出した”ブーストジャンプ”をすれば良いだけだ。
しかし彼女のお師匠さまは「これも修行」だといっているので、本当に危ない時以外は使う気は無いが。
「あ、ありがとうトカゲ」
俺の言葉少し杏奈に落ち着きが戻る。
「行こう。先へ進むんだ」
「うん!」
立ち上がり、杏奈は再びグラグラと揺れるつり橋をおっかなびっくり進んでゆく。
「あっ、ああっ……んっ! ん、あっ! ああっ! くっ、 ふぅ……んんっ!」
杏奈は緊張で乱れる呼吸を無理やり正して、気持ちと姿勢を落ちつけつつおんぼろな吊り橋を渡ってゆく。
(どうして吊り橋を渡ってるだけなのに、こんなにもエロく感じるんだろうか……)
などと考えつつも、いつでも杏奈を助けられるよう足元や周囲の警戒はしておく。
「た、たはぁー……つ、ついたぁ!」
「お疲れ、杏奈! よく頑張ったね」
ようやくつり橋を渡り切った汗だくの杏奈は、杖を支えにガクンと膝を落とす。
ムンと杏奈から香る女の子独特の艶めかしい匂いに、俺の心臓が意図せず跳ね上がったのだった。
杏奈はお師匠様に付いて行き、すり足気味に歩き始める。
そして断崖の上にひっそりとたたずむおんぼろな小屋へ進んでゆく。
粗末な木材で作られた、まるで馬小屋のようなボロボロの小屋。
しかしその中は、
(うわぁ、いかにも魔女の家って感じだなぁ……)
小屋の中は外観とは全く違い、怪しげな文様が刻まれたラグが敷かれ、用途の分からない道具や本で埋め尽くされていた。
そんなめずらしいものの中に、干からびて天井からひもで吊るされているトカゲの姿を見つける。
(ま、まさか、俺へこんなことしないよね……?)
そんな不安を抱いている俺を他所に、お師匠様へ座るよう促された杏奈は柔らそうなソファーに座って呼吸を落ち着ける。
正面にいる老婆はすかさず棚から、フカフカで柔らかそうな手のひらサイズの真っ赤で立派な座布団を机の上へ置いた。
「これ杏奈。精霊様をいつまでも肩に乗せとるでないわ。こちらへ」
杏奈は少し渋々と云った様子で俺をそっと摘まんで、凄く大事そうにそっと真っ赤な座布団の上に置く。
「サラマンダ―様、粗末なところではございますが、どうぞごゆるりとお寛ぎ下さい」
老婆はそう云って恭しく俺へ頭を下げ、座った。
(どうやら干物にはされないみたいだな。やれやれ……)
「さてご苦労じゃったの、杏奈。しかしまさかこんなにも早くサラマンダー様に出会うとはのぉ。アンナは真に炎に認められた巫女のようじゃな」
「? 目的は幻想の花の採集じゃなかったの?」
お師匠さまの言葉に杏奈は首を傾げる。
「まぁ、今回のお使いイベントの目的はお主にこの世界のことを肌で感じさせることにあったからのぉ」
「お使いイベント……」
「それは、ほれ、人間なーんも目的なしに放り出されるよりも、目指す場所があった方が良いじゃろ? それに幻想の花はあの森の奥じゃから色々と体験できると思ってのぉ」
「はぁ……結構死にそうになったよ?」
「いざとなったら飛び出すつもりでおったから、大丈夫じゃ」
「すごい怪獣にもあったけど……」
確かにファイヤードレイクに変身していなかったら、地龍のせいで森の探索どころでは無かったと思う。
「まぁ、地龍は想定外じゃったがな。しかし偶然にも精霊様にもお会いでき、ソウルリンクして撃退できたじゃろ? オッケー」
お師匠さまは指でOKサインを作って示す。
(なんだか軽い雰囲気の婆さんだなぁ……)
俺と杏奈は苦笑を禁じ得なかった。
「ところで杏奈よ、わしが貸した”鑑定の書”はどうした?」
「それが……落として、燃えちゃった。たき火の前でうたた寝してたら……」
ちょっとピンときた俺は、
「ねぇ、杏奈がたき火してたところって泉の近くで、俺みたいなトカゲが沢山いたところだった?」
「うん。なんで分かったの?」
「いや、俺そこで生まれてね」
どうやら彼が鑑定能力を得たのは、杏奈がたき火の中にうっかり”鑑定の書”とやらを落としたかららしい。
偶然とはいえ、この世界に転生して右も左もわからなかった俺へ便利な力を杏奈は与えてくれていた。
この出会いはもしかして出会うべくしてであったのではないかと思った。
「なんじゃ杏奈、精霊様と話をしているのかえ?」」
「うん。お師匠様、聞こえないの?」
「ホホ、素晴らしい! 精霊様と直接話せるとは、やはりお主は真の”炎の巫女”なんじゃのぉ! 鑑定の書を落とすようなおっちょこちょいじゃが、まぁ、オッケー」
どうやら”言葉でのコミュニケーション”を取れるのは杏奈だけのようだった。
目の前の老婆はどうやら自分がどういうポジションなのか知っている様子。
(もしかすると俺が何でサラマンダーに転生したのか知ってるかも)
杏奈の口を借りて聞くこともできる。しかし俺は杏奈が苦手とする”元人間の男”
彼女の気持ちを考えると、なるべくそのことは口にしない方が良いと思う。
(でも知っておきたいよな。どういう聞き方をすればいいかなぁ……)
俺はふかふかな座布団の上で、思案を巡らせる。
その時、入り口の扉が勢いよく開かれ、夜明け前の薄明かりが差し込んでくる。
飛び込んできたのは青い瞳でショートカットの背の小さな騎士。
その脇には忍者を思わせる細い鎧を装着した鋭い雰囲気の女と複数の兵士。
彼女らは全員一様に息せき切って、肩で息をしている。
「婆様、逃げてください! マリオンにここが嗅ぎつけられました! イフリートが来ます!」
背の小さな女騎士が叫び、お師匠さまは立ち上がった。
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