炎のカレー対決! 【前編】

「ん、ううんー……」

「おはよ、トカゲ」

「ッ!!」


 目覚めるとそこには艶めかしい胸の谷間があった。

鼻を無理やりくすぐってくる甘くムンとした女の子の匂い。

ちょっと眠いのかまだ少しぼんやりしているけれど、綺麗な丸い瞳が優しく俺をみつめている。


「お、おはよう、杏奈」


 シーツの上で俺はドギマギしつつ挨拶する。

するとそんな俺が可笑しかったのか、杏奈はクスリと可愛らしい笑顔を浮かべた。


「朝ご飯にするね。ちょっと待ってて」

「あ、うん」


 まるでお風呂上がりのような、真っ白なシーツを一枚羽織っただけの杏奈は緩やかに起き上がって、テントの隅へと向かって行った。


(ああ、そうだ昨夜俺は杏奈と二人きりで天幕(テント)の中で寝たんだ)


 昨晩、俺のことを(?)巡って、杏奈とニムは言い争いになっていた。

暫く離れていたのは杏奈の方、と仲裁に入ったお師匠様が決め、いつものように胸の間に挟まれて寝たのだと思い出す。


(じゃあ寝ている間に俺放り出されたんだ。だけど……)


 さっきの光景を思い出すと、頭が自然とのぼせ上った。


 目覚めると目の前には服を乱した女の子が居て、ちょっと恥ずかしそうに微笑む。


(こ、これが朝チュン、というやつか!)


 しかも背を向けている杏奈はご機嫌そうに鼻歌を口ずさみながら、手を素早く動かして何かをしている。

そんな彼女の背中はとっても色っぽくて、見ているだけで炎が燃え上がりそう。


(きっと天然なんだろうけど、杏奈ってサキュバスみたいにフェロモン全開だよなぁ)


 とは思いつつも、そんなよこしまな想いは紳士な俺は表に出さない。

杏奈はそうしたスケベ心全開な男の様子が大嫌いなのだから!


(でも、これって俺だけの”杏奈”ってことだよね。ひゃっほーい!)

「トカゲ? 何か嬉しいことでもあったの?」


 思わずシーツの上でころころ転がっていた俺を、杏奈は屈んで不思議そうに見つめていた。

やっぱり目の前に晒される爆大なメロンと、とても深いグランドキャニオン!


「だってこうして杏奈の傍にいられるんだもん。嬉しいに決まってるじゃん!」

「トカゲ……ありがとう。私も嬉しい」


 杏奈は顔を真っ赤に染めながら、本当に嬉しそうに微笑んだ。


「朝ご飯食べさせてあげる」


 そう云って杏奈が差し出してきた皿の上では、新鮮で意気の良い、ミミズのような生き物がウネウネしていた。

きっと人間の頃なら悲鳴を上げていただろうけど、今の俺にとっては、水揚げされたばかりの新鮮な活きのいいカツオとかサンマにしか見えない。


「トカゲ、あーん」

「あーん!」

「美味しい?」

「ふまぁーい! ふまぁーい!」

「よかったぁ。もっと!」


(最高だ! 最高過ぎる! サラマンダー転生って最高だぜぃ!)


「焔 杏奈!」


 そんな甘々な俺と杏奈の空気を、凛とした寛大声が打ち砕く。

さっきまでニコニコ笑顔だった杏奈は眉間に皺を寄せて、怒った顔になり天幕の入口へ視線を飛ばした。


「何? お前朝からうるさい!」

「あんた精霊様になんてものを食べさせてるの!? そんなワームなんてもの!」


 ニムも眉を吊り上げて声を張る。彼女もかなり怒っているようだった。


「そんなものじゃない。これ、トカゲの大好物。私が朝から森に行ってとってきたもの!」

「杏奈、君ってやつは……!」


 感動のあまり声が震える。すると杏奈はにっこり笑顔を浮かべて、


「トカゲのためだったら私頑張れる! トカゲの嬉しいは私の嬉しい!」


(だーっ! この笑顔卑怯だ! 最終破壊兵器だ! 惚れちまうぞおぉぉぉぉーっ!!)


「こ、こらあー! 私を無視するなぁ!」


 っと、ニムはいよいよプンスカ叫びだす。

杏奈はウザったそうに顔を顰めた。

するとニムは仁王立ちして、ビシィッと杏奈を指指した。


「焔 杏奈! 私とアンタにどっちが精霊様に相応しい相手かどうか勝負を申し込む!」


 杏奈は深いため息を着いた。しかし俺の熱感知は杏奈の体温の上昇を確認していた。普段は捉えどころがなくておっとりとしている印象の杏奈だったが、実は内側では激しく燃える熱い女の子らしい。


 杏奈はゆっくり立ち上がり、自分よりも身長の低いニムを、腕を組んで見下ろす。

普段はぽいんぽいんと柔らかな印象の胸が、まるで全てを打ち砕かん凶悪な棘々鉄球(モーニングスター)に見えなくもない。



「良いよ。で、勝負は?」

「姫様、食材の準備整いました!」


 グットなタイミングで向こうから、ニムの従者であるユウの声が聞こえてきた。



●●●



 青空の下にずらりと並んだ食材の数々。

艶やかな生肉は新鮮さをものがたり、トマトのような野菜は陽の光を浴びて真っ赤に輝いている。

 瓶に内包された色とりどりの調味料に、磨き上げられた鍋や包丁といった調理器具。

シンクに相当するだろう腰の高さ位の台は、丸太を編んで作られているが非常に丁寧な仕事様が伺えた。


さながらキッチンのスタジアムかコロシアム。

そんな光景が今目の前に広がっている。


「精霊様、私ともお話しできるお姿になって下さいませんか?」


 ニムは、杏奈の肩の上に乗る俺へお願いしてきた。

杏奈は少し寂しそうな顔をしながら、小さく首を縦に振る。

俺は後ろ髪を引かれる思いで杏奈の肩から飛び降りて、”形態変化(フォームチェンジ)”を発動させて、筋骨隆々なリザードマンに変身するのだった。


「可愛くない……」

「あはは……で、ニム、勝負って言ってたがこれはなんなのだ?」


 そう聞くと、ニムはつま先立ちするようにピンと背筋を伸ばして、まな板クラスの胸を堂々と張った。


「焔 杏奈! 勝負はお料理だよ! 精霊様をお食事で幸せに導けた方が勝ち!」


 杏奈はちょっと面倒臭そうな目でニムを見た。

おもむろに地面へしゃがみ、爪の間に土が入るのも気にせず土を掘り始める。

ぴょこりとミミズのようなワームが姿を見せると、杏奈は迷わず掴んで放った。


パク、モグモグ


「んまい?」


 思わず癖でミミズを食べた俺へ杏奈はそう聞き、


「あ、ああ。美味い……」


 素直に俺が答えると、


「じゃあ、私の勝ち!」

「ええっ!? せ、精霊様は、それで良いのですか……?」


 ニムはちょっと泣きそうな顔をして、脇で静かに控えていたユウが腰の剣へ手を回す。


「二、ニムが作った何かも食べてみたいなぁ、あはは!」

「ですよね! さぁ、精霊様もそう仰ってるんです! 焔 杏奈!」


 一瞬でニムは元気を取り戻し、ユウはやれやれと言った様子で剣から手を離した。


(あ、危なかった……)


「えー……やるの?」


 杏奈が本当に面倒臭そうにそういうと、


「ふーん、そうですか。じゃあ、焔 杏奈が負けで、私が勝ちで良いね?」

「むっ……!」


 ニムの勝ち誇ったかのような物言いに杏奈はむすっとして、近くにあった白い布を乱暴につかむ。

そしてそれをひらりとさせながら、エプロンのように腰に巻き付けた。


「さっさと始めよう。で、料理のテーマは?」

「勿論、精霊様が食べたいものですっ!」

「お、俺の!? ええっと……カ、カレーかなぁ……」


 唐突に振られて俺はなんとなく、適当に、浮かんだ料理名を口走る。


「カレーですね。かしこまりました! 焔 杏奈もそれでいい?」


 どうやら”カレー”という言葉が通じるらしい。


「良いよ、それで。返り討ちにする」

「それはこっちの台詞だよ! カレーはシュターゼン国の伝統料理なんだから! 異世界人の焔 杏奈になんて絶対に負けないんだから!」

「ねぇ、なんでさっきから私のことフルネームで呼ぶの? 疲れない?」

「う、うるさいなぁ! 人の勝手でしょ!」


 ニムと杏奈が睨みあう様子は、まるで背中に龍と虎が現れたかのように闘志に満ちていて、俺は思わず武者震いを覚えたのだった。

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