信用を勝ち取るには?
夜遅くにも関わらず、基地の中央にある広場には”ピクシー解放戦線”の全ての兵が集まっていた。
「つい今しがた、大魔導士殿と炎の巫女の所在が分かった」
兵たちの前に立つユウがそう声を上げると、少しざわついていた兵士達が真剣に耳を傾け始める。
「明朝、両名は東の処刑場で処刑されるようだ。我々は可及的速やかに両名を救出すべきである。しかし、処刑場にはイフリートが配置されているようだ」
(餌をぶら下げて、そこに強敵の配置か。これ、罠っぽいよね)
俺と同じ意見の兵も多いらしく、口々にそんな声が聞こえてくる。
確かにイフリートの力は圧倒的で、ニムやユウも苦戦を強いられていたと思い出す。
しかし”巫女”の救出を優先すべきと語る者も多い。
「あの、一つ聞いても良いか?」
思い切って俺は挙手して、声を上げた。
ざわついていた場が静まり、俺へ視線が集中する。
(ごめん、杏奈! 話が変な方向に行ったらなんとかするから!)
俺はそう念じつつ口を開く。
「すまないがたった二人を助けるためだけに何故ここまでもめる? 巫女とはそんなに重要な存在なのか?」
「勿論です、精霊様! だって”炎の巫女”は私たちの最後の希望なのですから!」
真っ先にニムが応えてくれた。
「”巫女”とはシュターゼン国に伝わる召喚術で呼び出された異世界人のことです。生き残った国民のわずかな魔力を結集させて召喚された”炎の精霊サマランダーの化身”であり、救国の希望の象徴なのですから」
(杏奈って凄い立場で呼ばれたんだ。まぁ、実力はまだまだっぽいけど)
状況は理解した。これは願ってもないチャンス。
だからこそ俺は再び口を開く。
「なるほど。確かに重要な存在だ。ここでみすみす巫女を処刑されては敵の思う壺。この解放戦線は信頼を失い、国民は失意するだろう。かといって、敵の戦力はこちらを上回っている――ならば、そのイフリートとやら、この俺が引き受けよう!」
俺の宣言が響き、兵たちが一斉に動揺を口にし始める。
無理もない。
中心であるニムが炎の精霊サラマンダーだと言う、どこの馬の骨とも分からないリザードマン風情の言葉だ。
しかしこの反応は予想済み。
「宜しいのですか!?」
そして一人、ニムだけが俺の提案に瞳を輝かせて驚く。
これもまた予想済み。
「ああ。任せておけ。俺は炎の精霊サラマンダ―だ!」
高らかな宣言を響かせる。
ニムは「では、よろしくお願いします!」と声を上げた。
「ふざけるのも大概にするのだなリザードマン。精霊様を語る、どこの馬の骨とも分からぬお前に任せるだと?」
「ちょっと、ユウ! だからこの方は……!」
そう叫ぶニムを制し、俺はユウを見た。
「サンダー団長の云うことも最もだ。しかし現に俺はニムをローパー共の襲撃から守り、ここまで導いた。それは彼女に聞いてもらえば分かること。これで俺の実力の証明にはならないか?」
「ふん。そのローパーとやらをお前が仕込んだものではないと保証できるのか?」
(本当にそんなことはしてないけど、この雰囲気だと口で言っても信用してもらえないか。トカゲの姿を見せられれば良いんだけど、そうするとコミュニケーションが取れなくなっちゃうし)
しかし実際に先日のイフリートドライとの戦いでユウたちは手も足も出ていなかった。
お願いする気にはなれないし、俺は確実に杏奈を救い出したい。
その一心だった。
「ならどうすれば俺を信用してくれるのかな? 俺はサラマンダーなんだ。化身である炎の巫女を救う義務が俺にはあると思うのだ」
知りたての知識をそれっぽくまとめて、今一度食い下がってみた。
するとユウはため息を吐き、俺を睨み返す。
「そこまで言うのなら貴様の実力を見させてもらおうか」
●●●
キャンプ地から少し離れた岩と砂ばかりの荒野は夜の中に沈んでいる。
僅かな月明かりだけが荒野をうっすらと照らし出している。
そんな殺伐とした雰囲気の中、俺とユウ=サンダーは真正面から対峙していた。
そんな俺達を不安げな表情のニムが交互に見渡す。
「じゃ、じゃあ、そろそろ良いですね、お二方?」
「ああ」
俺は静かに答え、
「はい、姫様」
ユウは刃物のような眼光で俺を睨み、刀のように差した長い剣を腰元から抜く。
そして紫電を浮かべた左手で刃を撫でれば、鋼が眩い光に包まれ、闇夜を照らし出す。
「リザードマン、もしお前が我が”魔法剣(マジックブレード)”を凌ぎ、私へ一撃でも加えれれば、その力を認めてやろう!」
「承った……来い、ユウ=サンダー!」
俺は膨大な魔法剣の魔力に震える鱗を気持ちで制し、構えた。
(リザードマン形態でどの程度、熱に耐えられるか分からないけどやってみる!)
「喰らえぇッ! 魔法剣(マジックブレード)一ノ太刀、豪炎爆裂斬(アトミックバースト)!」
ユウは光り輝く剣を振り落とした。
輝きは闇を切り裂き、空気を取り込んで、紅蓮の炎となって突き進む。
しかし既に”熱感知”で炎の方向を掴んでいた俺は横へと飛んだ。
熱感知の通り、炎は脇を横切り、砂塵さえ燃やし尽くして突き進んでゆく。
(今だ!)
「GAAA!」
咆哮を上げ、太腿に力を込め、俺はユウへ向けて一気に飛ぶ。
すると、真正面のユウがニヤリと笑みを浮かべた。
「精霊様!?」
「GAAA--!!」
背後から追尾してきた紅蓮の炎が大蛇のように口を開けて俺を飲み込む。
真っ赤な炎が渦を巻いて俺を包んだ。
鱗や爪が炎を浴びて、まるで熱せられた金属のように赤く発光を始める。
(あ、あちち! リザードマンだとここまで熱耐性の性能も落ちるのか。だけど、大丈夫! この程度、熱湯風呂か酷暑の日本列島くらいだ!)
「GAAA--!」
「――なっ!?」
真っ赤に発光した俺は炎の渦から飛び出し、そんな俺をユウは驚愕の表情で見上げている。
ユウは慌てて、光り輝く魔法剣を掲げる。
「チェーストォー!」
気合の籠った声と共に、【ヒートクロー】を発動させた。
真っ赤に発光した爪を、ユウの魔法剣へ振り落とす。
激しい熱を持った爪が刃を包む魔力を割り、その元にある鋼へ触れる。
鋼はまるで発泡スチロールのように、ねっとりと溶け始める。
「くっ……ま、まさか、こんなことが……!」
溶断され、地面に突き刺さった剣の刃を見てユウは悔しそうにそう漏らす。
「これで信じて頂けたかな、ユウ=サンダー団長。もし未だ不安があるというのなら、明日の救出戦の際、俺の背中を監視していても構わんぞ」
ユウは多分俺の物言いが気に入らないのか、睨んでくる。
しかしそれ以上何も言っては来なかった。
(そういやリザードマン形態の時の俺ってなんか喋り方が偉そうだよな……)
そういえば筋肉が付くと自信が湧いたり、ポジティブな考え方になったりするってどこかで聞いたことがある。
(まぁ、精霊だし良いか、ちょっと偉そうでも)
リザードマン形態の能力はこれで大体わかった。
これなら、イフリートも宣言通り何とかできる筈。
(さぁ、頑張らないと!)
イフリートを撃退した実績はある。なによりも彼は杏奈を救いたかった。
それは同じ、この世界に呼びだれた者として、同じ境遇の人間への彼なりのしたいこと。
(大丈夫、俺ならできる! 必ず!)
俺は杏奈へ想いを馳せつつ、そう自分自身へ檄を飛ばすのであった。
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