炎の中のぽいんぽいん
「はぁ、はぁ、はぁ!」
真っ赤な炎をバックにたわわに実ったメロンのような胸が、ぽいんぽいんと揺れている。
これは夢か幻か、異世界の何者かが俺を陥れようと幻術をしかけているのか否か。
(眼福……!)
それほど目の前で走っている女の子の胸はとても御立派だった。
しかしセーラー服に赤いマントを羽織った彼女は、整った顔をぐにゃりと歪めて、必死に炎から逃げている。
「ギャオォォォン!」
激しい咆哮が聞こえ、ぽいんぽいんへの感動は一発で吹き飛んだ。
ついでに森の木々も、たくさん。
女の子の後ろから現れたのはモンスター、とても凶悪な顔つきだった。
俺と同じトカゲのようだけど、牙は鋭く、目は刃物のように鋭い。
何と言っても体が女の子よりも遥かに大きく、奴は口から緑色の光線を吐き、強靭な両足で燃える幻想の森を蹂躙しながら、彼女を追いかけていた。
★鑑定結果
【名称】:地龍(アースドラゴン)・幼体
【種族】:ドラゴン
【属性】:木
【概要】:翼を持たない代わりに足が発達した竜。成長しきった個体は一国をも滅ぼす。
(ガ、ガチだ! ガチな強敵だ!!)
幼体とは表示されているけど、相手は逃げて来る女の子や、俺よりも遥かに大きくて獰猛そうな怪物。
巨岩か巨木に牙と爪が生えて、森の木々をあっさりなぎ倒しながら迫って来ている。
グリフォン以上の敵の姿に、俺は竦んでしまった。
そんな中、地龍の幼体は口から緑色をした光線を吐き出す。
「きゃっ!?」
マントを羽織った女の子が紙切れのように宙を舞って前のめりに倒れた。
「ガオォォォーン!」
必死に起き上がろうとする女の子へ向けて、地龍は幾重にも連なる凶暴な牙を開いた。
気づくと俺は地龍へ向けて無我夢中でファイヤーボールを放っていた。
「ガオッ!!」
真っ赤な火球が”ドンッ!”と音を立てて爆ぜる。
炎が地龍の顔を包み、怯ませる。
(効いてるぞ! さすが有利属性!)
「グルオォー……」
喜んだのも束の間、とても怒ってるような唸りが聞こえ、俺の真っ赤な身体が、がたがたと震えた。
地龍は視線を女の子から俺へと移す。
獰猛な視線は見られているだけで死んでしまいそうなほど鋭く、そして恐ろしい。
(ま、負けるか! 俺だって同じ爬虫類だ!)
地龍の口に緑の輝きが集まり、再び光線が放たれた。
ほぼ同時に俺も灼熱のファイヤーブレスを吐き出す。
緑の光線と真っ赤な炎が正面からぶつかり合った。
最初は拮抗状態だったが、俺の火炎は緑の光線を押し退けた。
「ガオッ!?」
再び炎が地龍の顔に命中して怯ませる。
(行ける! これなら勝てるぞ!)
幾ら相手が大きかろうが、怖かろうが、相手は木属性で俺は火属性。
属性有利の法則に従えば負けるはずが無い!
(こっちだ! 来い、ちびっ子に見えないちびっ子ドラゴン!)
俺がペタペタと脇へ進むと、地龍はひと際大きな咆哮を上げて、地面を激しく揺らしながら追いかけてきた。
(喰らえ!)
突進してくる地龍へファイヤーボールをぶつけて怯ませる。
その隙に脇へ回り込んで今度は強靭そうな太腿へ向けてボルトを打ち込む。
確かに攻撃は当たるし、怯ませてはいた。
ダメージもたぶん与えているだろう。
だけども地龍は元気な様子で尻尾で木々をなぎ倒し、何度も俺を牙で噛み殺そうと大口を開き、緑の光線で森を焼き払う。
(くっそぉ! ダメージは与えてるはずなのに! やっぱり図体がでかいからダメージが通りにくいのか!?)
それでも喧嘩を売った以上、倒さなければこの先は無い。
俺は必死に飛んだり跳ねたりを繰り返して地龍の攻撃を回避しつつ、ブレス、ボール、ボルトを繰り返し放つ。
しかし有利属性であっても、地龍を覆う金属のように硬い”鱗”は怯ませはするものの、容易に撃退に至らせない。
「……」
気づくと、そんな俺と地龍の戦いを、例の御立派なメロンを持ったセーラー服の女の子は茫然と見上げていた。
(あの子まだあんなところに! さっさと逃げろ!)
「ッ!?」
声が届くはずはないのに、女の子は突然周囲をきょろきょろと見始める。
(まさか、言葉が!? いや、考えてる暇なんてない! ここは俺に任せて君は逃げろ! 早くッ!)
無我夢中で地龍の攻撃を避けつつ、口から出ない声を叫ぶ。
すると女の子はまるで俺の声が聞こえているかのように踵を返して、地龍から離れるように走り始めた。
(良かった逃げてくれて――ッ!!)
「ガオォォォーン!」
女の子に気を取られ過ぎて、俺は地龍の動きを失念していた。
気づいた時にはもう、地龍の鋭い牙が目前に迫っていた。
俺は夢中でブレスを放って、小さな体をロケット花火にように地面から飛ばす。
(ぐわっ!)
腹を根こそぎ持ってかれるのは回避できた。
しかし地龍の牙がぷにぷにした俺の腹を抉っていた。
俺は腹から血を噴き出しながら綺麗な弧を描いて、飛んで行く。
そして落ちた先は、なんと運の悪いことに、逃がした女の子の目の前。
すると女の子は迷いもせずに屈み、わざわざ倒れた俺を拾い上げた。
「トカゲ……? 大丈夫……?」
凄く響きの良い、だけどちょっとのんびりとした女の子声が聞こえた。
(お、俺に構うな。逃げろぉ……!)
薄れ始めた意識の中、必死に言葉を念じる。
だが女の子は聞こえているのかいないのか、俺を捨てずその場に蹲る。
ただ丸い瞳をくしゃりと歪めて、凄く心配そうな視線を俺へ落とすだけ。
「ガオォォォーン!」
その間にも地龍は俺に止めを刺そうと猛然と駆けてきている。
周囲の木々は紅蓮の炎に巻かれて燃え盛り、夜空さえも真っ赤に焦がしている。
地龍に喰われるか、森を焼く炎で焼け死ぬか。
どちらにしても状況は最悪。
(く、くそぉ……何か力はないのか……!)
俺は必死に霞む視界の中で、自分の情報を必死に見渡す。
まさか”ひっかく”のスキルでどうにかなるとは思えない。
(だけど何か無いのか! 何か!)
そう思ったその時だった。
「あっ……」
俺を手にする女の子の身体の内から不思議な輝きがあふれ出た。
それはまるで”炎”のようになって渦を巻き、俺と彼女を包み込む。
それは俺の身体へ流れ込み、地龍に抉られた腹の傷をみるみるうちに塞いでゆく。
*範囲内に【炎の巫女】 検知しました。
エクストラスキル解放します。
唐突に浮かび上がった不思議な文字列。
そしてずっと”未開放”状態だった”エクストラスキル”の項目が光り輝く。
【ソウルリンク】
*他の存在と魂を同調させ、周囲の炎に応じた変身をします。
(なんだかよく分からないがやるしかない)
元気を取り戻した俺は女の子の手の上で飛び上がり、ぺたりと立った。
(君! 俺もよくわかってないけど、とりあえずやろう!)
「うん!」
彼女は力強く応答する。
どうやら彼女も何をすれば良いのか分かっているらしい。
俺と彼女を巻く炎が更に激しさを増し、高まる。
俺と彼女は一緒に思い切り空気を吸い込み、
(ソウルリンク!)
「ソウルリンク!」
渦巻く炎が俺と彼女を飲み込こむ。
そして小さな火だった俺たちは重なり合い、一つの炎へと変化してゆく。
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