ファイヤーボール


 空はまだ暗い。夜明けはまだまだな様子だった。

不気味な雰囲気の【幻想の森】を、俺はトボトボペタペタ歩き続けている。


(一人って結構寂しいなぁ……)


 ふとそんなことを思った。

だけど人間だったころも、大勢の人に囲まれていた訳じゃない。


(親とも疎遠だったし、仲のいい友達もいなかったしなぁ)


 彼女だっていたこともないし。

もちろん童貞。

だから一人でいることなんかには慣れていたはずなんだけど……


(いざこうして本当に一人になると寂しいな……)


 今自分がどんな姿なのか、正直なところ分からなくなっていた。

 今更ながら人間って普段は多くの顔の無い人たちに囲まれていたけど、そうした人々の中にいたからこそ、自分の存在が保てていたのだと思い知る。


(まぁ、良いや、今更。だって今の俺、人間じゃないし。爬虫類だし。いや精霊だったけ?)


 益々寂しくなるだけなので、無駄なことは考えないようにしようと森の中を進んでゆく。

 すると見上げるほど大きな岩が立ちはだかった。

 とりあえず昇ってみようと赤ちゃんみたいな丸い五本指を岩肌に付ける。

指先が吸盤みたいになっているのか、指が張り付いた。

 後ろ脚もペタリとひっつく。


(登れるかな?)


 と思った矢先、指先が岩肌から離れる。

どうやらコケを掴んだようで、指が吸い付かなかった。

ズルズル落ちて、地面へ逆戻り。


(だめか。なんかいい方法は無いかな?)


「ブフォォォ!」


 唸り声と共に、地面が激しく揺れた。

ピョコンと飛び跳ねて後ろを剥けば、大きな何かが砂煙を上げながら迫ってきている。



★鑑定結果



【名称】:ワイルドボワ

【種族】:獣

【属性】:木

【特徴】:突進力に優れる獣。正直それ以外頭にない。


(随分と辛口なコメント……)


 っと呑気な感想を抱いている場合じゃなかった。

もうちょっと早く気づいていれば、こいつらを使って岩を砕くことも考えられた。だけど数えるのも面倒な、イノシシにそっくりのワイルドボアの群れはすぐそこにまで迫っている。


(仕方ない、やるか!)


 俺は口から灼熱のファイヤーブレスを吐きだした。

 先頭のワイルドボアはあっさり炎に包まれた。

焼き豚みたいな美味しそうな匂いがした。

 だけど飛びつく訳には行かない。


 何故なら先頭ボアの死骸を前足で蹴たぐりながら、後続のボアが突進してきていたからだった。


 俺は何度もファイヤーブレスでボアを焼き殺すが、ボアの突進は止まらない。

対する俺はブレスを吐き続けているためか、少し頭がクラクラし始める。


(ど、どうしよう!? このままじゃ……!!)


 視界に見えた新たな攻撃スキル。

 その中から俺は直感で【ファイヤーボール】を選んだ。


 プスンとブレスの放射が止まった。

代わりに俺の口は空気を吸い込み始める。

 口の中が真っ赤な炎の輝きで光輝く。

吸い込んだ空気はまるで”球(ボール)”のように口の中で渦を巻く。

 それでも文字通り猪突猛進を続けるワイルドボワの御一行様。


(ファイヤーボール!)


 そして口から放たれたのは、まるで太陽のように輝く灼熱の塊だった。

それは砲丸のように綺麗な放物線を描いでひゅるりと飛び、そして、


「ブフォワァ――ッ!!」


 着弾と同時に爆発し、ワイルドボワの群れを盛大に吹っ飛ばした。

 全てのボアは炎に巻かれ、バタバタと地面へ落ちてくる。

さながらワイルドボワの雨。


(こ、これも凄いな……爆発と吹っ飛ばし効果があるんだ、ボールって)


 そんなファイヤーボールの特性を理解しつつ、炎に巻かれて、こんがり美味しそうに焼き上がっているワイルドボワの一匹に飛びつき喰らいつく。



 パク、モグモグ、ムチムチ


(おお! ちょっと独特の臭みはあるけど、これってレトロな醤油ラーメンにのってる脂肪分の少ないチャーシュー風じゃん! トロチャーシューが苦手な俺にはぴったり! さすが脳筋って鑑定されるだけあって肉々しいなぁ!)


 と、ワイルドボワの好みな旨さに舌鼓(したつづみ)を打ちつつ、ちらりと行く手を塞いでいた大岩が視界に入った。

 一通りワイルドボアの肉を堪能した俺は、再び大岩に相対する。


(ファイヤーボール!)


 口の中で丸まった空気は、炎の力を受けて、灼熱の塊となって放たれた。

 大岩は”ドンッ!”と音を立てて爆発し、藻屑と消える。


(ふふん、見たかサラマンダ―のファイヤーボール! 物理攻撃と爆破の必要性があるときはこれを使っていこう!)


 新たな力に俺は結構ご機嫌。

悠々と岩の砕けた跡をペタペタ昇り、そして先に進むのだった。


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