選択~ Entscheiden!
翌日――未明に行われた首相/メルクル副首相/隊長の三者会談において、
昨夜のメルクルの言葉「首相も知ってますよ?」=
隊長の発言「クーデターもありえますよ?」=同じく
ということがお互いにわかり、ことの詳細を知らず概略だけ説明された首相だけが、シンプルにオーストリアに不快感を示しただけで、実に静かな夜明けを迎えたリヒテンシュタイン共和国――
リヒテンシュタイン銀行のオーストリア人実業家数名の資産が凍結された。さらに、国内にある、いくつかのペーパーカンパニーの口座も凍結。その企業の代表の名前=オーストリア人。
いずれのケースも、表向きの理由は、ごく些細な商法違反。
しかし実際のところは、国家の意向。朝の3時に召集された上級官僚たちが話し合った末の、相手の出方を伺うための外交カードの一枚目。
オーストリア政府の対応=各企業への通達=リヒテンシュタイン国内の各銀行から、別な
リヒテンシュタイン政府の対応=駐在オーストリア大使との話し合い。
相手の出方を伺いながらカードを切るという、ポーカー的駆け引き。あるいは、片手に武器を握りながら空いた手で握手する、
さて、そんな大人たちのえげつなく静かなる戦いをよそに――
いつものごとく朝食後の紅茶を啜る信濃=長い脚を組み、優雅な佇まい。その前にカタン、と置かれるトレイ=遅めの朝食を取りにきた秋月のもの。
「雪風見たか?」
首を横にふる信濃の前には、リヒテンシュタイン・ポスト、TIMESオーストリア版、TIMESドイツ版、その他ローカル紙など。朝イチで各種新聞を購入/情報収集/状況分析。冷静な対応。
「すげーな」
いつもと変わらぬスタイルを貫く信濃の姿にぼそりと呟きながら、ちらと脇によけられたトレイの上を観察。
いつもの英国伝統フル・ブレックファスト・スタイルの内容よりはかなり少なめ。トーストにバターとマーマレード、牛乳に紅茶。アメリカ式の簡易な朝食。しかもトーストは3分の1ほど残っている。食欲はあまりないらしい。
自分のトレイに視線を移す秋月。スープにロールパン、そしてカフェオレ。同じく食欲はあまり感じていない――というより、物を咀嚼し飲み込むという行為が、まるで体内に火薬を詰め込んでいるような感じがして、食べる気になれず。
「今のところ、両政府とも、大きな外交上の問題として扱う気はないようだ。国民感情を刺激しないよう、事を荒立てずに処理しようとしている」
バサバサと折り返した新聞を戻しながら信濃が分析結果を報告。
「俺たちは返品か?」
「さあ、どうなるか……小隊長はまだ寝ているのかい?」
「らしーな」
乱暴にロールパンをスープボウルに突っ込み、口の中に放り込む。無理やり飲み下し、ひと言。
「気合い入れに行くか」
5分後。5階・雪風の部屋。
ノックの音。
「おい、入るぞ」
秋月の遠慮のない入室に続いて、入ろうとした信濃の足が止まる。「こっ、これは……」という感じで眉間に寄せられる皺。14年間の人生において初めて見るレベルの、すんごい散らかった部屋――漫画/食べかけのお菓子/雑誌/トイ・カプセルの中身/ゲーム機/空のペットボトル/脱ぎ散らかした服/ヘアスプレーの缶/辞書/電池/口が半開きで中身が飛び出したランドリーバッグ――。
「これは……」
秋月が、その辺にあるものを蹴り飛ばしながら、まっすぐベッドの上でごろごろしている雪風のもとへ直進していくのに対し、信濃は床に散乱した各種物体を踏まないように、室内を蛇行しながら歩を進める。
ドスッと乱暴にベッドの空いたスペースに腰を下ろす秋月。
「おい、いつまで寝てんだよ」
「どーせ待機じゃん」――半ボケ顔の雪風の言葉。昨夜の会議の後、少年達のショックを鑑みて、隊長とリーツの配慮により下された、「待機」という名の実質的休暇状態。
信濃のほうは、座るべき場所について真剣に考え中。椅子の上には脱ぎ散らかしたシャツが乗っかっている。
しばしの思量の後、椅子の上の服を丁寧にたたみ、椅子にちょこんと座る。座面にハンカチを敷くのは遠慮。英国紳士としての、マナーと気遣い。畳んだシャツはひざの上に。
「待機というのはつまり、考える時間があるということだよ」
信濃の冷静な状況分析。
「何を?」
「今後のこと。お前、帰りたいのか?」――秋月が雪風の質問を引き取る。
「別に。どっちでも」
「どっちだよ」
食い下がる秋月。
「一緒じゃねーか! どっちに居たって。どこまで行ったって。結局、俺らは他人が作った体で他人に生かされて、他人の都合で振り回されるだけじゃねーか。この体になったときから、俺らの自由なんてねーじゃねーか! 俺らの体に、勝手に特大の爆弾転送されて勝手に開封されるっていうんなら、もう……」
雪風、言葉につまり、毛布を頭からかぶって丸まり、ベッドの上でさなぎ状態になる。
「爆殺されるのが嫌なら、僕ならオーストリアの作戦本部に行く。彼らが自分達の施設・都市を自爆することを選択しない限り、身の安全が保障されるから」
「あ、確かに……」
納得しかけた秋月に、雪風がさなぎから、ひょこっ、と顔だけ出して一言。
「それで、
「今だってそう変わりはないよ。命令があれば命を賭して戦闘に挑む。命令がないときには、市民感情を刺激しないように軟禁される」
信濃による、冷静な説明。
「だから、そーいうのがもー、ヤだって言ってんじゃん!」
ばふっ! という風とともに、毛布でできたさなぎから怒れる駄々っ子が孵化した。
「何なんだよ! <
「……秋月は?」
冷静な信濃の問いかけ。
「俺は……」
先ほどの信濃の話を聞く限り、オーストリアに帰るのが得策な気がする。しかし――頭に浮かぶ朝霧の姿――朝霧はどっちがいいんだろう?
「どっちなんだよ、人にばっか聞いて。お前はどーしたいんだよ」
雪風の追撃。
まさに、朝霧のことを考えてるときに、お前はどうするんだ、と問われた秋月は焦る。俺自身は――。
「……さっきの話を聞く限り、あっちがいいような気がするけど……つまり、信濃は帰るってことだよな?」
「いや」
「え?」
「
記憶の奥底にしまっていた、子供時代の恐怖/祖父の支配/母親の無力/絶望=全力拒否。
「……
「なんだよ、それ、さっきと話違うじゃん」
雪風のつっこみ。
先日の話を思い出し、帰りたくないのだろうと推量した秋月、深く追求せず。言い難そうにしている信濃に代わって理由を付け足す。
「そーだな。どうせあっちで暮らしたって
「じゃ、二人ともこっちに残んのか? いつ爆殺されるかもしれないし、狙われるのに?」
雪風の問いかけ。
「……いっそ」
あの時と同じだ。屋敷の屋上から足元の闇に吸い込まれた瞬間。祖父から、自分を傷つけ、辱めるあらゆるものから逃れたいと願った刹那。
一度考えがそちらに向かうと〝死んだ方がいい〟理由が際限なく浮かんでくる。
「差別、偏見、戦争、大量破壊兵器、殺戮、不必要な死――いずれも人類の歴史において、繰り返されてきた悲劇だ。そして、21世紀の今となっても尚、人類の知識を結集・総動員しても尚、それらを止めることはできていない。その世界が嫌で全てを否定するなら――」
三人の少年達を虚無感が覆い始める――自分たちの存在自体が世界の不均衡であるという残酷な事実――代替の四肢、常人を上回る力と引き換えについてきた、全世界から全力で存在を否定されている感じ。
「どうせ死ぬなら、誰も巻き添えにならないとこで爆死すんのがいいかな」
秋月がポツリと放った言葉が、部屋に沈黙をもたらす。
その時――
端末にコール音。
「こんなときに……」
端末の呼び出しに答える雪風。ヤケクソ気味に。
「はい、こちら人間爆弾っ! お呼びですかぁー!?」
端末の向こうから、息を呑む音が聞こえる。リーツ。
「……例の、ヤツらが、また……現れたんだけど」
「……わかった」
通信を切り、宣言。静かなる闘志を燃やしながら。
「俺は一人でなんか死なねー!」
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