詭謀~Entdecken!
同日・21時30分過ぎ――秋月が信濃を連れてLPB本部ビルへと帰ってくると、エントランスロビーに雪風の姿。二人の帰りを待っていたらしい。
「さっきは、ごめん……」
信濃から気まずそうな謝罪が搾り出される。
「門限、過ぎてる」
ぶっきらぼうに返す雪風。
作戦時以外の特甲児童の門限=9時。
建前=子供が夜遅くに出歩いてはいけません。
本音=市民を刺激しないよう、重武装兵器は変な時間にウロウロするな。
「帰ったら、報告しろって。リーツが言ってた」
勝手にビルを飛び出し、門限破りをしたために怒られるのかと心配そうな表情の秋月と信濃に、雪風のさらなる追い討ち。
「別に脱走兵扱いされたりとかはしないんじゃねーの」
「……」
どよーん、とした表情でエレベーターに向かう二人の後に続く、平然とした顔の雪風。
「お前はこなくていいんじゃねーの?」
と問う秋月に、「俺、一応小隊長だし」
「……本当にごめん」
さらに小さくなる信濃。
三人は、まず5階・男性寮のリーツの部屋へ。
「あれ? いないよ……」
本部、会議室、図書室、娯楽室……ビル内を捜し歩いてたどり着いたのは、4階・隊長の執務室。一番避けたい場所。
ノック。返事を待たずにドアを開ける雪風。
「リーツ、居る?」
雪風の目に飛び込んできたのは、隊長、リーツ、アデーレの三人の姿。
「二人、帰ってきたけど」
言われたリーツは返事をせず、アデーレに。
「彼らは知らないってことですか?」
アデーレは、無言で頷く。リーツの次の言葉は、隊長に向けて。
「なら、彼らにも聞く権利があります」
常ならぬ重い空気に、何事かを察した少年達、無言で構える。
隊長は「ふむ」と、ひと言、返事ともため息ともつかぬ音を漏らして、手にもった書類を机の上に置く。その書類には「MAD」の文字。雪風の目が光る。
「何から話せばいいんです?」
開き直り感全開のアデーレのふてぶてしい口調。
「最初からだ」×2。
リーツと隊長の不機嫌な重低音ハーモニー。嫌な話の前奏としての効果をいや増す。
「……<MAD>、つまり相互確証破壊(Mutual Assured Destruction)は、もとは米ソ冷戦時代に端を発する核戦略に関する概念だ。核兵器を保有する2か国のどちらかが核攻撃を行ったとして、もう一方がその攻撃から自国の核戦力を生残させておくことができれば、核による報復を行える。これにより『一方が核兵器を先制的に使えば、最終的に双方が必ず核兵器により完全に破壊し合うことを互いに確証する』ことができる。それがMADの根本概念だ」
アデーレによる子供向けの説明=とても子供向けとは言えず、雪風と秋月はおおいに戸惑う。というか、理解不能すぎて質問すら不可能な状況。
「ねー、こいつ何言ってんの?」
全面的に信濃の解説に頼る。
「――つまり、Aという国とBという国がある。両方とも核を持っている。そして、AからBに向けて核ミサイルが発射され、Bで大爆発したとしよう。B国内にある核爆弾も一緒に爆発。これだと、壊滅的な被害を受けるのはB国だけになる。一方的にやられっぱなし、ということだ」
秋月と雪風、うんうんと頷く。
「ところが、B国が数百キロ離れたCという同盟国にも核ミサイルを置いていたとしたら? その核ミサイルを使って報復が可能になる。つまり、自国の領土以外の、第三国に核をキープしておくことで、『やられたら、必ずやり返す』という保険をかける、というのがMADの根本概念だ」
「……人間不信から生まれたクソみたいな話だな」
「まぁ、軍とか戦争の準備ってそんなもんだけど」
「これが、僕達とどう関係するんですか?」
「特甲児童には、通常解放されていないレベル3、およびレベル4と呼ばれる階層があり、そこに至ることで核兵器に匹敵する破壊力を持つことができる。
もし、紛争地域などで、特甲児童に想定外のことが起こり、自国を裏切ったりした場合――特に自国に攻撃を仕掛けて、育成中の特甲児童を含む全戦力を壊滅するようなことがあった場合――取り返しがつかないことになる。
そういった事態を防ぐため、安全な庭である、複数の同盟国に特甲児童を置いておくという計画が進められている」
「つまり、輸出政策はダミーで、輸出された特甲児童は都合のいい『予備兵器』、我々は都合のいい貸し倉庫、ということだな」
隊長の冷静な補足。
「……はぁ? 何言ってくれちゃってんの。俺ら、そんな都合よく誰のためにでも戦ったりしねーよ」
唇の端を吊り上げ、意地悪そうな笑いを浮かべた雪風の反論。
「君たちの意思に関係なく、オーストリアサイドで用意してあるマスターサーバーとつながった君たちの脳チップ内のバックゲートから強制的に起動が行われる」
「……」
言い返すべき言葉が見つからない雪風に代わって、信濃の冷静な質問。
「ひとつ質問があるんですが」
「何だ?」
「核って転送できますか?」
ギョッとする秋月と雪風。
「今のところは無理だ」
「今のところ、というのは、理論上は開発可能ということですか? つまり、将来的には僕たちの意思に関係なく自爆型核兵器として使い捨てることが可能になる、ということですね」
「無駄に頭がいいと、聞かなくていい真実までほじくり返したくなるようだな。――なぜ、ここの特甲児童だけに特殊大型兵器が転送可能か――お前達はある意味プロトタイプだ。これからどんどん破壊力を増していく特甲児童の」
雪風の脳裏によみがえる、前回の戦いで転送されてきた、やたらとデカくて重かった大砲のごとき物体。無意識に左手で右手を握り締める。まるで何かから守るかのように。
それをちらりと横目で見て、アデーレは続ける。
「ここからが本題だ。まずいのは、プリンチップ社がそれを利用しようとしているという情報が入ったことだ。さらにまずいことに、2日前に高出力兵器転送のための機密データが盗まれ、技術者2名が誘拐された。
つまり、そこから推測できることは、君たちは今、攻性の武器であると同時に敵の
隊長の重いまぶたの下で光る眼。昼間の会議で交わされた隊長&リーツvsアデーレの論戦が脳裏によみがえる。
「それが彼らをオーストリアに帰したい本当の理由か?」
「……そういうことだ」
「君達がやっていることは……」
リーツの言葉をさえぎる、ノックの音。
ドアの向こうに現れたのは、高級スーツを着た中年男性×2。
「メルクル副首相……なぜ?」
いつもと変わらぬ親しみ易そうな笑顔とともに、友人を紹介。
「二人は、彼とは初めてだね。オーストリア大使のダミアン・バーデ君だ」
紹介され、にこやかに手を差し出すダミアン・バーデ――長身痩躯/生え際が後退しつつあるブラウンヘア/酷薄そうな薄い唇/やたら高いカギ鼻/ひょうきんな印象を与える丸い目/やたら日焼けした肌=ゴルフとスキーとマリンスポーツの賜物――総じて、お金にどっぷり浸かった生活を送る正体不明な白人エリート。
隊長もリーツも、握手をする気には一切なれず。バーデのほうは「おや、意外」とばかりに、しれっと差し出した手を戻す。アデーレは、メルクル、バーデと目顔で頷きあう。
その様子を見たリーツ、メルクルに向けて。
「……あなたは全て知っていたんですか」
「国防のためには、いろいろと表沙汰にはできない活動もある。オーストリアとの親交もそのひとつだ。リヒテンシュタインのような小国が自分の身を守るためには、頭を使い、金を使い、友を作らねば」
「……」
呆然とするリーツ、憮然とする隊長。
二人をよそに、バーデとメルクルによる抜群のコンビネーションによる説得が、少年たち相手に繰り広げられる。
「君達の存在自体を快く思わない某国が、君達を消そうとしているという情報もある」
「すみやかにわが国に回収したい」
「君達の帰国後の処遇については、悪いようにしないよ」
「君達も、守ってもらう方が、守る側にいるよりも楽だろう?」
畳み掛けるように、隊長へ向けて。
「今なら、『市民による反対を考慮して、緊急措置として特甲児童を返品した』というシナリオで事態を沈静化できるんだ。いい潮時じゃないか?」
その一言が
「あのデモ隊はあんたたちの差し金か!」
「……さっき、機密データが盗まれ、技術者2名が誘拐された、と言いましたね? 必要なデータと技術者を手に入れたなら、プリンチップサイドで同様の兵器を開発可能なはずのに、なぜ僕らまで狙うんですか?」
信濃のさらなる質問。あくまで冷静に、最適解を見出すための情報収集。
「良質な特甲児童の獲得が一番難しい。天然成分の割合が高い素材だからな」
「人のことを果汁100パーセントジュースみたいに言ってんじゃねーよ」
雪風のツッコミ。
「プロトタイプの候補に選ばれたのは、身体能力、年齢、体格、義肢操作能力……これらが一定ラインを超えた者だ。ここまでは彼らのほうでも用意できるだろう。
さらにもうひとつ、需要な要素は、<
脳内チップで強制稼動が可能と言っても、本人が全力で抵抗すると、起動の可能性が低くなる。自死を前提にしたものだからな。生物としての本能が抵抗する。それを抑えるのが、洗脳型の教育だ。
後年、自爆テロのモデルとなった、第二次世界大戦中の
だから、君達は良き使い捨て兵器として彼らに狙われる――お前だけは、使い物になるか微妙だがな」
最後のひと言は、反抗的な態度の雪風に向けて。
「なら、一番最初の銀行襲撃のときに、途中で逃げたのは……? 俺らが目的なら最後までやれたんじゃないか?」
秋月の疑問=至極もっとも。
「その時はまだ、どの国の特甲児童がプロトタイプなのか、わからなかったのだろう。2日前に誘拐されたのは、軍人ではなく、ただの研究者だ。ちょっと拷問を受ければ、全て話すだろう。おそらく、連中は今、全ての情報を手に入れている。次にやりあったら……その翌日にはお前らはヤツらのモルモットになっているだろうな」
「……んだよ! このクソッタレな話は! 勝手に頭ン中にチップ入れて、勝手に変なバージョンアップの実験台にして、勝手に人のこと使い捨て爆弾にして……」
言葉に詰まる雪風。ショックのため、いつもなら無限に続くのではという勢いで繰り出される悪罵に勢いがない。
「今までこんなことをしてきて、今更帰って来いなんてよく言えますね! 彼らは帰らないし、帰しませんよ! メルクル副首相、首相はこのことを知っているんですか?」
メルクル=いつもの笑顔を崩さず。
「ええ、もちろん」
バーデが、それまで黙って聞いていた秋月に手を伸ばす。
「さあ、一緒に帰ろう。ご両親もその方が嬉しいだろう」
バシン!
秋月、かなり強い勢いでその手を跳ね除ける。バーデの手は、反動で跳ね上がる。
「痛いですねぇ。もしも我々が怪我一つ負っても、国際問題となるんですよ。気をつけてもらわないと」
メルクルも、大使に同調。自分達は「特権階級」であるという不遜と鉄面皮が、不快指数をいや増す。
「国際法で明文化されているわけではないが、東西問わず全ての国に守られている暗黙のルールというものがある。『
ガーン!
それまで黙って聞いていたノルトハイム隊長が、机をひっくり返した音。
机に乗っていた記章、表彰盾、本、書類、灰皿……もろもろが散らばり、ぶつかり、あるものは割れ、壊れる。
「暗黙のルールを持ち出すなら、どの国家、どの軍隊においても、規律と同等に遵守される暗黙のルールがあります。味方に加えられた攻撃には全力で報復すべし! あなたたちの出方次第では、軍によるクーデターもありえますよ!」
「何を言い出す!」
「正気の沙汰と思えん!」
「ええ、狂っていますよ! あんたたちのような政治家が作った世界ですからね」
隊長の気迫に押され、メルクル、バーデ、アデーレとも、言葉を失う。
ひるんだ相手に、さらに隊長のダメ押し。
「このクソ豚どもが! 貴様らの飼い主のところに戻って伝えろ。『我々も本気を出す』とな」
「そうさせてもらうよ」
捨てゼリフを残して、部屋を出て行く三人の姿が見えなくなったのを確認したリーツ、震える声で。
「隊長、クーデターって……」
「リーツ君、ポーカーは得意か?」
「は……?」
「切り札は、切った瞬間からただのカードになる。これからが厳しい
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