贈物~Erhalten!
LPB本部ビルの斜め向かい/メインストリート沿いの最も高級なホテル=ロイヤル・シェリアトン・ホテル/ショッピングアーケード。
その紅茶専門店に雪風と秋月の姿。意識の戻った信濃への見舞いの品を買うために。秋月の記憶によるお見舞い好適品――以前、話題に上った高級紅茶=ラプサンスーチョン。
が、しかし。
ショーケースから紅茶の缶をとろうとして、その値段に驚愕。すんごく高い。「こんなの買えねーよ!」二人の少年の心の叫び。
「1個くらい、ポケットにそのまま突っ込んでもわかんないよね?」とひと缶手にとり、あたりを見回した雪風の目が店員のそれとかちあう。
にこっ――作り笑いで心の中に芽生えた犯罪の芽を誤魔化す。紅茶の缶は元の場所へ戻される。
「無理だな。出よっか。あっちのスーパーなら、もっと……」
秋月の諦めに満ちた声を遮ったのは、甲高い女性の声。
「んまぁ――――、かわいらしい男の子」
声に振り向いた二人の目に飛び込んできたのは、リヒテンシュタイン共和国のメインストリートに相応しい、わかりやすい
小太り、というよりもでっぷりとした体型/ちらほらと生えてきた白髪を隠すために明るく脱色した髪/ブランドロゴが主張する派手な服とバッグ/濃い化粧/10分の5本の指にデカい石のついた指輪。総じて何でもお金で手に入れてきて、それを当たり前と考えるタイプの人間。
見かねた店員が駆け寄り、
「お客様っ! そちらの方は商品ではございませ……」
どすっ!
「僕ちゃん、何か買いたいものがあるのぉ? お姉さんが買ってあげましょうかぁ?」
お姉さんと呼ぶにはかなり無理のある年齢を完全に無視した
顔を寄せ、舌なめずりせんばかりの表情。その表情から読み取れる「美味そうな少年と書いて美少年――いただきたいわぁ」という剥き出しすぎて
「ひっ……」
雪風、そのあまりの迫力とむき出しの欲望にいつもの悪態すら出てこない。驚愕/恐怖/衝撃/逃走への欲求。
「……」
秋月は横で呆然となりゆきを見ている。助けるべきか、逃げるべきか迷う――「ゴメン。俺、もう逃げていい?」と目で雪風に聞いてみる。雪風のほうはその問いに答える余裕すらない。
「あら、二人とも何してるの?」
声の主=テレーザ=天の助け。二人の少年、さっと身を翻してテレーザの背後へと避難。
少年達を心から震撼させたホラー劇場の終幕。
「お買い物?」
去って行くオバサンを横目にテレーザの質問。
「うーん、買いたいんだけど……」
言いよどむ秋月。
「ねー、お金貸してくんない?」
あからさまに要求する雪風。
「……何に使うの?」
「紅茶」
何か問題ある? と言わんばかりの雪風。
「信濃に」
言い訳がましく添える秋月。
「……3人で一緒にお金出し合って買いましょうか」
大人として最大限の配慮と優しさで応えるテレーザ。
ほぼテレーザがお金を出して買った紅茶の入ったショッピングバッグを、雪風がぶんぶん振り回しながら帰ってきたLPB本部ビルの前に、奇妙な人影。
マネーゲームで潤うリッチな国のメインストリートではあまり見ない、というよりも似つかわしくないタイプの夫婦と思しき2人連れ。いかにも田舎風の茶色っぽい服装/年齢=40台後半くらい/各々手に大きな荷物を持っている。
秋月の足が止まる。
レシートの金額を確かめながら一番後ろを歩いていたテレーザは、その動きに気づくのが遅れ、急に前進を止めた背中にぶつかる。
「きゃっ!」
その声に振り向いた二人連れ、秋月を見つけて
「ベルンハルト!」
笑顔で駆け寄ってくる。何が入っているのか、走る弾みで大きな手提げ袋の中からガッチャ、ガッチャ、ガッサ、ガッサ、と音がする。
周囲の人が振り返る。すれ違う観光客がクスクス笑う。あからさまに指さす者もいる。
「?」
テレーザと雪風が目が秋月に注がれる。「知り合い?」
「いやーあ、うちの息子がいつもお世話になって」
言いながら、やたらと頭を下げる父親らしき男性。母親と思しき女性が袋から林檎を取り出す。
「あの、これ、良かったらどうぞ」
テレーザと雪風に2つずつ手渡そうとして――。
「何やってんだよ! なんでいきなり来てんだよ! なんでいきなり林檎配るんだよ!」
あわてて止めに入った秋月が林檎を袋に戻したため、受け取ろうとした雪風の手が宙に浮く。口をとがらせて抗議――ガン無視される。
「これ、シュテインマイヤーさんが手ぶらで行くのもあれだから、挨拶に持って行き……」
「いや、そういうこと聞いてるんじゃなくて。遊びに来るとこじゃないから! ってか帰れよ!」
「そんなこと言うものじゃないわよ、せっかく来てくれたのに」
あわててとりなすテレーザ。
「こっちに来てから、電話もないし」
「忙しいんだよ!」
「立ち話もなんですから、どうぞ」
テレーザ、両親をビルのほうへ案内しようとするが、秋月が止める。
「いや、すぐ帰るし。ってか何で……」
「秋月君、せっかくだから、ご両親にガールフレンドを紹介したらどうだい?」
雪風による爆弾投下。
秋月=唖然/凝然/衝撃/愕然――こいつ、何言ってくれちゃうワケ!?
「あら、まぁ、あんた。ガールフレンドなんて」
「すみにおけないなぁ、ベルンハルトも」
「あさ……」
秋月、雪風の口を塞いで、
「あさ……朝から忙しかったから疲れてるから、今は都合が悪いからっ!」
必死の言い訳とごまかし。
「何だよ、離せ……」
「お前、余計なこと言うなよっ!」
互いに頬の肉をつねり上げ、服を掴み、髪をひっぱり、取っ組み合いの一歩手前。テレーザがどうどうと2匹の闘犬を引き離す。
その様子を全く意に介さない夫婦は、秋月がもっとも雪風の耳に入れて欲しくないことを話し続ける。
「この子はねぇ、意外とモテるんですよ。優しいところがあるから。
「ああ、あのぶどう農家の娘さんかい?」
「そうそう。あんた、屋根裏部屋にラブレター隠して、そのまま忘れてたでしょう? 去年の大掃除のときに見つけてびっくりしたわよー」
「!」
「へぇー、そうなんだぁー」
雪風の合いの手。そそのかすように。さらなる爆弾の材料が提供されそうな会話の流れに半泣きの秋月。その会話を断ち切るように、
「どうぞ、ビルを案内しますから。息子さんの職場を見学していってください」
見かねたテレーザによるフォロー。
テレーザの配慮により、一行は二手に分かれた。
秋風と両親はビル内観光ツアーへ。テレーザと雪風は、そのまま信濃の部屋へお見舞いに。
その成り行きに、少し安心した秋月だったが――。
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