小国~Willkommen!

 LPB(リヒテンシュタイン・ポリツァイ・バタリオン)本部ビル2階――<艦隊フロッテ>の司令塔。


《本部より<艦隊フロッテ>へ。どこにいる? 裏口の駐車スペースに車が……》

《<艦隊フロッテ>より本部へ。デモ隊のいる地上を避け、屋根伝いに訓練実施場所へ向かいます》

《……》

 信濃の淡々とした返答に、リーツはマイクを握りしめる。


 ハンス・リーツ=中肉中背/ブラウンヘア/頬にいくつか残るニキビ跡/日本ヤーパン漢字キャラクターの「八」の字を思わせる下がった眉毛のおかげで、若々しさというよりも未熟という言葉が似合う風貌――今はその八の字が心的ストレスで変形している。

「どうだ、<艦隊フロッテ>の使い勝手は?」

 ノルトハイム隊長の声に、ぎくりと肩を動かす。


 アドルフ・ノルトハイム隊長=禿頭/背はリーツよりもやや低い/若い頃に蓄えた筋肉の上に脂肪が乗っかり、かなり恰幅のいい体型/重いまぶたの下の眼光は鋭い。

で実戦未経験だそうだが?」

「はっ。あの、まだ、なんとも……身体能力は高いのですが……いかんせん、まだ子供なので」

 言いよどむリーツ。


「ふむ……高い金を出した輸入品だ。使いこなせなければ困る」

「しかし、児童にこのような訓練をさせ、あまつさえ実戦への投入というのは……」

「彼らはあくまでの性能の良い武器であり、我々はしているにすぎない」

「というのが上の見解ですね」

「……11歳を過ぎた全市民に労働の権利を与えたのも、身体に障害のある者に機械の体を与えたのも、優秀な機械化児童に<特殊とくしゅ転送式強襲機甲義肢きょうしゅうきこうぎし>――いわゆる<特甲トッコー>を与えたのも、我々ではない。彼らオーストリアのやり方に異を唱えるのは内政干渉というものだよ」

「はい…(あんたまるで政治家だな)」

「わが国には軍隊というものは存在しなかった。これまでのような外的脅威=他国の軍隊という単純な方程式が成り立ってきた状況では、外交努力と隣国・スイス軍の支援で脅威を取り除くことができた。しかし、テロ支援組織による重武装した銀行強盗となると、打つ手なしだ――

 我がリヒテンシュタイン共和国が小国ながら独立と繁栄を保つことができているのは、租税回避地タックス・ヘイブンであるが故に各国から集まるマネーの力だ。それらを集積している銀行が襲撃されて信用を落とせばどうなるかね?」

「はぁ……(こいつが立候補しても票は入れたくないな)」

「そこへミリオポリスから輸出のオファーだ。パンフレットには、

『優秀な特甲児童の部隊を貴国の防衛に!』

『キャンペーン期間中は装備オプション1万ユーロ分おまけ』

『国連常任理事国首脳のお友達はさらに50%オフ』

ともある」

「……(逆にアヤしいだろ)」

「リヒテンシュタイン公統治の時代から労働者の約半数はスイス、オーストリアから毎日越境してきてわが国はそれを受け入れてきた。ま、統治が変わってもそこは変わらないということだ」


 二人の目の前には巨大モニター。市街地にすえられた監視カメラの様子がいっぱいに映し出されている。

「――彼らをどう思う?」

 ノルトハイム隊長はモニターに映し出される市民たちを指さす。


「先日、ある民族解放系団体の機関紙にこんな記事が出ていた。

 一般大衆は、大衆芸術ポップなメロディとCG満載の映画とデカいねずみで腹の中にWASPワスプ至上主義の種をぶちまけられ、脳内の旨汁ドーパミンにまみれて平和で美しい世界の幻想をはらませられている。

 小金で買ったお手軽な優越感イイネ!と上っ面の人道主義ヒューマニズムで、精神凌辱レイプにも気づかず、微笑みとともに生きている彼らには、かりそめの平和と牧歌的な日々の営みが全てだ――とね。

 実際、彼らにとってはテロや武装銀行強盗などは、映画以上の遠い国のお伽噺ファンタジーだ。だからこそ、我々は武装集団テロリストに付け入られないように気を引き締めねばならん――と同時に、誤射、誤爆、事故、落下物等による民間人への被害、市民および公共の資産の破損、職員の飲酒運転、交通渋滞、周囲への騒音等々により、〝市民が外国製武力へ拒否反応アレルギーを起こさないこと〟も重要だ」


 事実、特甲児童は、武力だけでなく、この点からも望ましい存在であった。

 愛くるしい見た目と障害者だったという彼らの悲劇的歴史おいたちは、市民の理解と同情シンパシーを得るのに十分。彼らの私立学校風の制服も、重武装兵器そのものである彼らを観光客と市民の目から隠すために広報部が考えた措置で、少年達の顔面偏差値の高さと相まって、ほとんどの市民に対しては十二分に奏功そうこうしている。


 突如、スピーカーが沈黙を揺るがした。

《ファドゥーツ銀行が襲撃されました! 武装勢力による襲撃です!》

「!」

 隊長、冷静な補足情報。

「オーストリアは武装勢力も輸出してきたようだな。思ったよりも早く」

 スピーカーからの声は、罵声ばせいにも似た勢いで――。

《犯人グループは重武装! 複数回の発砲があり、警備員、警官が複数負傷した模様。現在、人質をとって建物内に籠城! 小規模の爆発があったとの報告もあります!》

 リーツの頭の中――真っ白。

「……彼らを出せるか?」

「はっ!? <艦隊フロッテ>を、ですか? まだ訓練を数回行っただけですよ?」

「軍を持たない我国にあるのは、スイス軍の支援到着をじっと待つか、彼らを実戦投入するかの二択だ!」

 リーツの手、震えている。

 不十分な訓練の後悔/子供を戦闘へ送りこむことへのためらい/人間としての良心。


「……いつかは迎えるときだよ」

 隊長、リーツに代わり通信機に。

「本部から<艦隊フロッテ>へ! 雪風、信濃、秋月! 訓練は中止! 襲撃を受けた銀行に向かい人質の救出、および現場の制圧! 新たな位置情報を送る! 敵の正確な数、武装レベルを確認次第、本部に報告! 繰り返す、これは訓練ではない、実戦だ!」


 スピーカーからは《イエッサー》と《ヤー》の声。


「リーツ、位置情報を彼らに送れ」


 無情に響く隊長の声。室内にいるどの職員も、反対はしない。

 おのれの差し迫った危機の前には、小さな命がリスクにさらされても気にしない残酷グラウザムカイト


「周辺の警官を集めて一般市民の退避をさせろ。近づける範囲でけが人の救護を…」


 事務的な隊長の声、リーツの耳の上をすべるよう――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る