再戦~Fangen!

 雪風と秋月の二人=再び機上の人。

 待機していたヘリにピックアップしてもらい、フェルトキルヒャー通りを戻る武装グループの車を追い越し、プランクナー通りとの分岐点へ先に到着。分岐の少し手前でヘリから飛び降りる。


 二人を降ろしたヘリからは、道沿いの住民に離れた場所あるいは地下室等に避難を促すアナウンス。迅速に従う人々の数=ごく少ない。

 そもそも人がほとんど住んでおらず、オーストリアと首都・ファドゥーツをつなぐとしての機能しかないエリア。

 付近にはドライバーが一休みするための店が一軒。カフェ/ダイナー/煙草屋/トイレ/ガソリンスタンド/電気自動車用電気ステーション――これらの機能をすべて網羅。その他、老人がまだ住んでいる廃墟寸前の古い家が数軒。


 主要道路の分岐点付近にあるのは、リヒテンシュタイン共和国のメイン産業のひとつであるを模した広告オブジェが多数。

「切手を買ってね」

「軽くてかさばらないし、お土産にぴったりだよ?」

「せっかくリヒテンシュタインに来たんだよ? 名物だよ?」

「ぜひ買って行って」

「買ってよぉ――――っ!」

 というリヒテンシュタイン政府の、期待/願望/依頼/懇願/むしろもう呪い、を表現するかのように、そばを走る道路にせりだし、そびえ立っている。


「ああ、これちょうどいいぞ」

 雪風が選んだのは、複数の巨大な切手をジャングルジムのように組み合わせた形の巨大な芸術的造形作品オブジェ。鋼鉄、ステンレス、硬質プラスチック、さまざまな素材の切手型のキャンバスに、有名な絵画、世界遺産、宗教的モチーフ、風光明媚な景色、スポーツ選手、ハリウッド女優……さまざまな絵柄がカラフルに描かれている。

 高さ7メートルはあろうかという巨大な物体は、カラフルな切手の絵柄が迷彩的効果を果たし、金髪及び赤毛の特甲少年の、非現実的な容姿を隠す効果もあわせ持っている。

 これだけは、寄せ集めのアマチュア芸術作品ではなく、切手の国・リヒテンシュタインを象徴する有名アーティストの手による高額品。

 芸術をお金で計らない少年二人、よりによって、もっとも高級な作品を、実用的な身を隠すに選ぶ。


 先頭車両が見えてくる。

 射程圏内に――入る。

「行くぞ!」

 雪風の号令をきっかけに、先頭車両めがけて転送したアサルトライフルを撃ちまくる二人。


 フロントガラスが割れ、砕け、こまかい破片が舞い飛ぶ。ボンネットに細かな穴が開き、割れたガラスに赤い模様がつく。運転席と助手席の人間=絶命。

 先頭車両は惰性で数メートル走った後、走行車線を斜めに塞ぐ格好で止まる。後部座席に居た人間も雪風の弾に当たり、瀕死。さらにダメ押しで秋風の銃弾。

 先頭車両の乗員=殲滅。


 後続車両は、車間距離を十分にとっていなかったため、切り替えしができず、逃げるのが遅れる。


 二人の少年、今度は真ん中の車両をめがけて掃射――ダメージが少ない。

 先ほど撃ちとった先頭車両とは、装甲に違い。下っ端には装甲の薄い普通車両を与えて、先陣を切らせていたと見られる。ぱっと見にはわかりにくい、表の社会よりも

 車を盾に、拳銃、自動小銃にて応戦。が、二人の特甲少年の方が高所にいるため優位。

 反撃の銃弾を物ともせず、少年二人、全力掃射。

 二人とも腕にいくつかの銃弾を受け、頭部保護の飾り耳オーアも完全には破片・銃弾を防ぎきれず、細かな傷が頬につく。それらダメージを全力で無視し、腕のアサルトライフルから弾を吐き出し続ける。


 車のドアが開き、その上部からグレネードランチャーの銃身が覗いた。

 秋月、その射手たる大男と車のドアガラス越しに目があう。男の頬には、以前見たのと同じ、へばりついたような微笑。


――恐怖。


 一瞬、体が硬直して動けなくなる秋月を、雪風の声が突き動かす。


《行け!》


 雪風が、そして一瞬だけ遅れて秋月が、盾から離れ、数メートル離れた頑丈そうな鋼鉄製のオブジェ=切手コレクターが持っている旧式のアルバムみたいなアレ――を模した彫刻の陰に身を隠す。


 二人が盾にしていた切手のジャングルジム作品、男がブッ放した擲弾てきだんにより、盛大に破壊される。

 崩れた大小の破片が風を切る/道路に落ちる/突き刺さる/舞い飛ぶ。茫漠たる粉塵が、その破片の数々を見えにくくする中、ガンッ/ドン!/どすん/キィーン!/バン!/バラバラバラ。各種効果音により、飛散した破片の多さと種類の多様さが伺われる。

 女性の横顔を模した硬質プラスチック製の巨大な切手が、ガンッ!とアスファルトに刺さり、道路のセンターラインを断絶。

 船を描いた巨大な鋼鉄製の切手が、ぼこぼこになった先頭車両のボンネットにずざん!と刺さる。

 日本の芸者が描かれた切手は半分に割れ、後続車のバックミラーを壊してドアに縦のこすり傷をつけて地面に落下。残り半分はさらに細かく砕け、ヒュルヒュルと風を切る音を立てて回転しながら、二人の隠れている造形作品オブジェにガンガン当たり、へこみ傷と擦り傷をつけながら、地面に落ちた。

 降り注ぐ大小の破片は、最初に乗員を殲滅した先頭車両と合わせてバリケードとなり、後続車の進路を大いに塞いだ。


 犯人たちの車=サンドイッチのハム状態。

 前方=動かない車と切手の造形作品オブジェの破片でできたバリケード。

 後方=馬鹿な味方が作った巨大な穴。

 これらに挟まれ、にっちもさっちもいかない状態。


 ややあって、後続2台の車が、リーツが意図した通りに、分岐点からプランクナー通りに入る。その車の尻を見ながら。

《リーツ、やったよ!》

《あいつら、プランクナー通りに入っていった》


 その声が、雪風と秋風の無邪気な喜びの声が、無線から響く本部――

 隊長とスイス軍との電話=相手の至極官僚的態度に阻まれ、芳しい成果を上げられず。

「えーと……貴国との安全保障の協定に『武装銀行強盗』という概念は含まれていましたでしょうか?」

 既存の事例・慣例にない、新しい案件に対しての官僚的素朴な疑問。

「条文には『国の安全に対する脅威が生じた場合』と――」

「はぁ……そこはの問題かと存じますが……重火器を持っているとはいえ、車4台に乗った10名程度の手勢、ですよね? 国の安全に対する脅威とは……」


 解釈――言葉を武器/生業/盾/おまんまの種、とする人種=官僚と政治家にとっては、使い慣れ、手に馴染んだ制式拳銃ハンドガンのごとく、身をまもり、敵を制圧するのに役立つ武器。

 いついかなる場合でも、「いや、そこは解釈の問題でして……」と、議論を白紙に戻し、憲法・法律・条文を無効化し、白を黒に、あるいは黒を白に変更できる


 隊長、電話を持つ手がふるふると震える。そこへ、さらなる追い討ち。

「まぁ……確かに、我がスイス連邦は約4000名の職業軍人と21万名の予備役を擁し、役1000輛の戦車をはじめ、対戦車ミサイル、対戦車砲、重迫撃砲、戦闘機、輸送ヘリ、輸送・連絡機もろもろの戦力を有しています。

 しかしですね、それは国民皆兵を国是とした徴兵制度と国民から納付された税金の賜物であり、基本的には国民と国土を守るためのものでして。協定を結んではいますが、条文を拡大解釈されて想定以上の要請をされてもですねぇ……そのぅ、こちらとしましても。リスクをとるのは、我が国の兵士であり、負担を負うのは我が国の国民なものですから」

 至極丁寧な言い回しと恐縮したような姿勢。しかし、その内容は、ごく平たく言うと、

「君たちはリスクをとってるの?」

「君たちは命を張ってるの?」

「君たちは負担を負っているの?」

「努力もしないで、簡単にくれないかな?」

という返答。


 官僚的丁寧さも、相手に『無理な横車を押しているのは自分のほうでは?』と思わせるための戦略のひとつ。

 低姿勢と修辞学レトリックと法律と条約の知識を駆使し、鉄壁の要塞のごとく自国の利益を守る官僚を相手に、もう「うあああああ――――――っ!」と大声で叫びだしたい気持ちを押し殺し、電話を叩きつけ、小さくうなる隊長。

「糞っ《フィク》!」


 室内にいる全員の首が3センチほど縮み、目線は隊長とうっかり合わないように、手元の機器類に固定される。室内全体に漂う、どんよりと重い沈黙。

 それをぶち破る冷厳たる声。


「隊長、マスターサーバーの接続が完了しました。と言っても、まだ仮の状態ですが。ただ、転送できる武器の種類が増えたので、試してみる良い機会かと」


 部屋中の視線が泳ぎはじめる。隊長の視線の先にある声の主を探し当て、その一点に注がれる。

 アデーレ・紅葉もみじ・アーレント。

 いつの間にやら、部屋の奥、隊長のデスクの前に進み出て、すっくと立っていた。


 プランクナー通りを北へと走り去る車を目で追う秋月と雪風。その視線の先、道路を走る2台の車。その上空に、1台の軍用ヘリの黒いシルエットが見えた。


「援軍か?」

「早いなー」

「俺ら仕事終わりっスか? あと、あの人たちに任せて帰っていいっスか?」

 秋月、早速離脱モードで本部への問いかけ。

「疲れたし、腹減ったし、あれ食べたい。何つったっけ。あれ――」


 不意に、視界の隅に予想を裏切る光景。車の窓が開き、中から手――ヘリに向かって手を降っている。


「あれ……援軍じゃない!」


 近づいてくる軍用ヘリ。ヘリのドアからは機銃が見える。雪風と秋月、あわてて近くの頑丈そうなオブジェの陰、あるいは丘の起伏による天然の塹壕に隠れる。

 隠れるとほぼ同時に機銃による掃射。土煙と先ほどぶち壊された造形作品オブジェの破片が再び舞い上がった。


《リーツ、敵がヘリを呼んだ。援軍は?》

《……》

《リーツ?》

《……援軍は、ない。来ない》

《……は?》

 急に、別な声が顎骨に響く。

《マスターサーバーと接続官コーラスの接続が完了した。それから、転送できる武器の種類も大幅に増えた。これから君たちに転送する》

《ってあんた、誰?》

《アデーレ。さっき会ったでしょう?》

《あ……》

 二人の脳裏をよぎる、さっきの

《雪風には大型ロケットランチャーを、秋月には新型迎撃ミサイルを転送した。開封したら使える》

 無駄のない、淡々とした説明と指示。


「転送を開封」×2。


 秋月の左手、アサルトライフルから、大型のミサイルランチャー的物体に変化。かなり重くなったため転倒しそうになるのを、右手を添え、左足を踏ん張ることでこらえる。

 雪風の右手のほうは、秋月のものよりさらに大型の「もーこれ、どっから持ってきたの? どこにしまうの? 物置にも、もう置く場所ないわよ?」的な大きさの、大砲のごとき物体が転送される。想定外の大きさ・重さに、危うく巨大な右手を、自分の右足の上に落っことしそうになる。


「まじか……」

「なんだこれ……」


《秋月の迎撃ミサイルは、敵が放ったミサイル/敵弾/銃弾/手榴弾――あらゆる弾薬を近距離にて爆発することで、信管を無効化し、叩き落す効果がある。狙う必要もない。とにかく、敵が放ったらすぐに撃て。何も考えるな。距離、角度、速度、爆発規模その他全ては搭載されているセンサーから情報を取り、マスターサーバー側で計算して、迎撃ミサイルの動きに反映させることができる。

 雪風の大型ロケットランチャーは……》


 ボスッ!


 言い終わらないうちに、秋月の手から迎撃ミサイル発射。二人からかなり離れた空中で、旋回して向きを変えた軍用ヘリから放たれたロケット弾が、見えないカーテンに当たったかのように急に向きを変え、すとんと下に落ちる。


「あ――これ、いいっスね」

 秋月=素直に感心。


「すげー。じゃ、俺も」

 雪風=単純に真似。


 ボスッ!


 雪風が撃ったロケット弾あらぬ方向に飛んで行き、墜落/大爆発。遠方にてどこかの素人芸術家の渾身の作を粉砕。


「あれ? 当たんないよ?」


《話は最後まで聞け。雪風の大型ロケットランチャーは、狙う必要がある。照準器サイトが上部についているだろう。赤の小さい十字クロスをターゲットに重ねろ》


 雪風、右手=巨大なランチャーを軍用ヘリに向けるが、体に慣れない重たい物体で、狙いが定まらず。放たれたロケット弾は、狙いから外れて、かなり離れた地面で爆発。

 その間に、車からは武装グループの人員がホイストを使ってヘリへと引き上げられ、乗り込んでいる。


「車のほうに、あと2、3人いるからもう一回……」


 雪風が狙いを再度定めたところで、ヘリは急上昇。旋回し、北へと進路を変える。そして――車にまだ残っている仲間に向けて、上からロケット弾――仲間を爆殺。

 あっけにとられている少年二人を後に、北へと飛び去って行った。


「あれって……誤爆?」

「……いや。口を塞いだんだろ」


 少年二人、はるか彼方を悠々と飛び去るヘリコプターをにらみつける。いとも簡単に、味方を死に至らしめる男に、敵意と恐怖とを持って――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る