援軍~Kooperieren!

 端末での呼び出しから5分後――雪風と秋月=ヘリコプターにて空中散歩。防弾仕様の特殊装備を着用。


 通報を受けて、ノルトハイム隊長が5分で頭の中で巡らせた考え=前回の手痛い失敗/信濃の欠員/装備不足/訓練不足から、大きな戦闘は行わないようにしたい。


 メルクル副首相の配慮の賜物である各銀行からの寄付シュペンデに加えて、緊急補正予算も可決され、高額なマスターサーバーと接続官コーラスをオーストリアからお買い上げしたLPB。調子にのって、さらに小型戦車、軍用ヘリ、大小の銃火機器、さらに傭兵部隊――これが大いに国民の反感を買った。


「傭兵?」

「ならず者の集団か?」

この国に入ってくるんですって?」

「治安が悪くなるわ!」

「ただでさえ、最近治安が悪くなっているというのに」


「その〝治安維持〟のための部隊なんですが?」という隊長の思いとは裏腹に、一部マスコミの扇動的ともいえる報道により、国民感情は一気に悪化。

 傭兵部隊の導入は半永久的に先送りペンディングとなり、高額な軍備の品々は、乗り手・射手のないまま、新たに作られた郊外の倉庫で眠ることとなる。

 自前で育成すべき、それらの乗り手・射手の訓練は全く追いついていない状態。


 結局のところ、国家という集合体コミュニティを成立させ、その安全を保障するのは武力ではなく人的資源ヒューマン・リソースということに改めて気づくに至る。

 その両方を兼ね備えた特甲児童が万能ではないとわかった今――打つ手なし。今まで国民が享受してきた豊かな暮らしは、安全と引き換えトレードオフで成り立っていたということを痛感――。


 1週間の間に、戦闘員にたっぷり休暇と補給を与え、気力・体力に加えて銃弾まで充実させて、いっそ晴れやかなまでに全力で銀行を襲ってくる敵を前にして戦う前から敗北の匂い。


 さらに、リヒテンシュタイン共和国=国土の狭いシェンゲン協定加盟国。つまり、EU域内の移動の自由のために、隣国との

 そのため、武装銀行強盗にとっては、獲るもの獲ってさっと移動すればすぐに国境の外側=警察の手の届きにくい場所。犯罪者にとっては天国ヒンメル


 この状況で、被害を最小限にとどめ、なんとか犯人を食い止め、あるいは射殺でも何でもいいから国外へ逃がさないために隊長が頭から湯気を出しそうになりながら巡らせた作戦――。


 推定される前回の逃走経路=ファドゥーツから北へ向かってオーストリアへ出国。

 この経路を塞ぐことができれば――西に向かって追い込めば、1キロほどで南北に伸びるライン川の橋上にてスイス軍との挟み撃ちが可能。あるいは山がちなに南に追い込んでしまえば、オーストリアからの援軍が期待できる?

 いずれにせよ、なんとか、捕らえたい。なぜなら、たとえEU域内でも国境の外側に出た金が返ってくる確立=かなり低いから。


 というわけで、犯人追跡よりも主に山岳救助用に使用されてきたリヒテンシュタイン警察所有のヘリコプターを急遽借り出し、現場の北を走る道路へ向かうこととなった雪風と秋月。


 低空飛行から見える襲撃の現場――前回同様、多数の銃痕と警察車両。

 だがしかし――前回の襲撃以降、ファドゥーツ市内各所にて行われた非難誘導演習のおかげで、一般人の屋内への非難はすでに完了。現場付近にいるのは防弾ベスト着用の警官のみ。

 さらに、制式拳銃vs自動小銃+グレネードランチャーという使用火器の規模の違いもあり、警官隊も十分な距離をとった上で控えている状態。

 人名尊重の観点からは、犠牲者を最小限に抑えるべく、大いなる進歩を見せている。


 とはいえ、襲撃された当の銀行内には人質となっている民間人が複数。いつ犠牲者が出てもおかしくはない状況。


「じゃあ、この辺りで」

と、ドアに手をかけ飛び降りようとする雪風。

「いや、君たちを下ろすのは28号線アハトントツヴァンツィヒの先って言われている」

「?」

 二人の顎骨に響く本部からの指示。


《武装集団は、4台の車で28号線アハトントツヴァンツィヒを北上し、シャーンからフェルトキルヒャー通りに入り、北東の国境からオーストリアに入るものと思われる。先回りして、なんとか南か西に追い込みオーストリア軍かスイス軍との挟み撃ちにするんだ》

了解ヤー

《あと、前回からの変更として頭部保護装置の<飾り耳オーア>も転送できるようになった》


<飾り耳オーア>=抗磁圧の防壁で頭部を守る見えないヘルメット。二人の少年にとっては、子供工場キンダーヴェルクで聞いたことはあったが、使ったことはなかった代物。


《え……それ……なんで最初から、ないンスか?》

 前回の襲撃で耳を撃たれた秋月の素朴な疑問。無線通信の向こう側、そして室内からも向けられる隊長への冷たい空気。しかし、隊長は知らん顔。リーツ、無理やり隊長にマイクを握らせる。

《ん、や……その、ミリオポリスむこうの担当者が、別に……いらないのではと……結構いい値段で……うむ》

 もごもごと言いよどむ隊長。室内の空気=冴え冴えと冷え込む。

《値段って……》

 前回の襲撃で耳の約二分の一を失った秋月、絶句。


 そんなやりとりの間に、ヘリは本部から4キロほど離れたフェルトキルヒャー通りの封鎖箇所へ到着。ヘリから飛び降りる二人。転送を開封しながら華麗に着地――のはずが、慣れない《飾り耳オーア》の副作用のせいで盛大にコケる。


「うわー、なんか眩暈めまいが……」

「うえー。なんか、船に酔ったみたい」

 頭を振りながら、口々に不調を訴える。


《出力値を下げれば『酔い』は少なくなるらしいが、最大値を維持しておいた方がいい》

 隊長から手渡された<飾り耳オーア使い方マニュアル>を読み上げるリーツ。


麻薬ドラッグ悪酔いバッドトリップってこんな感じなのかな?」

「二日酔いみたいだな」


 二人の、それぞれの知識・体験に基づいた感想をもらす。


 二人の特甲少年たちの着地点=リヒテンシュタイン共和国北部に位置する、車と列車が通るだけの地域=通称<死にゆく地域ファールタット・レジオン>。


 南部の山沿いにはスキーなどのウィンタースポーツを楽しむ富裕層向け高級リゾートホテルが集まり、そのエリアの観光客が落とす金インバウンド・マネーを目当てに人々が集まっていった。それに呼応するように、北部地域はこれといった産業もなく、人・店・企業・活気――すべてが失われていった。


 そんな地区に残された廃墟をを覆い隠そうと、政府が申し訳程度に作ったのは、通り過ぎる人々の目を楽しませる、道沿いに置かれた巨大な芸術作品=芸術の国を標榜するリヒテンシュタイン共和国の矜持として。


 実際のところは、近隣諸国の芸術大学の学生向けに「大きい作品を作っても飾る場所も置いておく場所もないでしょ? ここに置いていいよ?」と多いに宣伝して、お金をかけずにかき集めた代物。コストを回収できないものには初期投資もおこなわれない。

 学芸員もおらず、方向性も方針もなく、無秩序に置かれた彫刻群。

 まるで電子遊戯ゲーム一場面ステージのような、超現実的シュールな戦闘の舞台。


 どでかい人型――のようで、そのプロポーションが奇妙に細長い、カラフルな造形物。

「あ、これ――日本のアニメ映画に出てた地球を侵略しに来た〝シュト〟みたい」

 日本のサブカル好きの秋月の感想。


 すでに周囲には交通規制が敷かれ、道路上にはパトカー数台とトラックを使ったバリケード。再び、顎骨に響く指示。リーツの声。

《いいか、無理に手を出す必要はない。オーストリアに向かう主な道路にはもう、バリケードを作って道路を封鎖した。それを超えようとしたときだけ、叩くんだ》

了解ヤー


 攻略条件ミッション=南側からやってくるであろう敵を、バリケードの先に通さず、反対側に追い返す。


「ああ、これ――ちょうどいいな」

産業廃棄物と家庭ゴミを集めて巨大なセイウチの形を作り上げた物体。

「海洋生物を大事にしましょう」

「海を綺麗にしましょう」

「ゴミを捨てないようにしましょう」

という直截ストレートなメッセージを具現化。


「これなら、壊れても問題なさそうだし。どうせもともとゴミっしょ?」

 制作者が聞いていないのをいいことに、雪風の失礼な感想。

「どれも、少し壊したぐらいの方が良くなるんじゃねーの?」

 あたりを見回した秋風による、さらに正直で乱暴な雑感。

 二人、とりあえずな作品の陰に身を隠す。


 猛スピードの車4台が、南側からやってくる。バリケードの50メートル手前、先頭の車の窓が開き、男が身を乗り出す。

 酒、ドラッグ、あるいは非日常的雰囲気、もしくはその複数によって絶賛酩酊中っぽいのが「ひゃっはーっ!」という掛け声とともに、グレネードランチャーを撃ち、進路を塞ぐパトカーとトラックのバリケードを炎上させる。さらに、続けざまに2発、3発。

 障害物は木っ端微塵に吹き飛ばされ、クリアされたが、同時に道路には巨大な穴が空く。

 自ら進路を塞ぐという自滅的行為。


 車列が止まる。2番目を走っていた車から、金髪/長身/筋肉隆々/無表情の大男が降りて、先頭車両に近づく。二言、三言言葉を交わした後に、先頭車に乗っていた乱射男、あっけなく大男に撃たれて車から投げ落とされる。

 まるで日本式ヤパニシエのコントのような光景。


 観光体験ツアーの客ツーリスト気分でテロ組織に参加した、重火器大好き・撃ちたがりのお馬鹿さんの末路。軍事遊戯サバゲーと現実の区別がつかない子はこうなりますよ? という見本のような、哀れな死に様。


 その一部始終を見ていた雪風と秋月の感想。

「寒いな」

「冬が近いなー」


《どうした?》

 爆発音と銃声を無線越しに聞いたリーツからの問いかけ。

《あー、なんか仲間割れ的なヤツでひとり死んだけど》

《なんか、自分達で道路に穴あけて進路塞いじゃって……俺ら出番ないッス》


 すばやく周辺のマップを確認するリーツ、新たな指示。少年二人の視界に広がる位置情報とともに。


《シャーンまで戻って別ルートからオーストリアへ入られると、その先は手出しできない。なんとか、その手前で分岐しているプランクナー通りに追い込めないか? その先は山しかないどん詰まりだ。膠着状態を作って援軍を待てる》

了解ヤー》×2


 が、しかし――振り返ったリーツの視線の先には憮然とした顔のノルトハイム隊長。

「ええ、1時間ですね。ミリオポリスからリヒテンシュタインへの距離は約400キロ。最高速度の戦闘ヘリでもそのくらいの時間は……。こちらで、なんとか足止めをして……ええ、では上司の方に相談を……はい」

 電話を切ってため息。

 再び受話器を上げ、別のホットラインのボタンを押す。


 困ったときに簡単に助けてもらえるほど、世の中は甘くないんだな。と、非武装国家の脆弱ぜいじゃくさを目の当たりにしたリーツ、胃のあたりにかすかな痛み。


 援軍――来るのだろうか?

 一抹の不安を感じながら、「いや、隊長を信じよう」と思いなおす。

 しかし――不安を隠して無線通信。

《雪風、秋月。無理はするな。援軍がときは退

 マイクを置いた手でこめかみを揉んだ。

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