実戦 ~Kämpfen!

 時は戻って――建物の上を跳ねる3つの影。


 視覚野に広がる新たなGPS情報=実戦の地。

「三ブロック先――このまま最短経路を選択でいいんですね? リーツさん?」

 何事にも正確を期す信濃の問いかけ。

「いきなり実戦ってどういうことスか?」

 秋月、信濃の問いにかぶせるように。

「ねー、開封ってどのタイミングでやんの? もうやっていいの?」

 雪風の問いかけは、本部へのものか他隊員へのものか判然としない。

「さっき、敵数と武装レベルの報告って言ってたからその後じゃない?」

「リーダーとか決まってなくね? 誰やんの?」

「実弾使うんだよね? 街中でぶっぱなしていいの?」

 ひとつの問いをきっかけに、バラバラと質問があふれ出る。

 無線通信は学級崩壊を起こしたクラスルームの様相。

 脳にダイレクトに答えが響く。

《転送完了。各自の判断で開封せよ! リーダーは……信濃》

「え。僕そういうの苦手です」

「俺やる! 俺!」

 緊張感ゼロの雪風。無邪気に提案。

《……じゃあ、小隊長は雪風》

「え、リーダーじゃなくて小隊長なの? ニュアンス違いますけど。小隊長だったら俺…」

 秋月の抗議。

《何でもいいから雪風だっ! 聞けっ! ガキどもっ! 洒落じゃねーぞ、実戦だ! 真面目にやれよっ!》

 リーツのヒステリーに三人が押し黙る。

 気づけばその声の後ろには古い映写機がカタカタと音を立てている……はずもなく機銃掃射音であることが知れる。「退却」「負傷者は!?」「リーツさん、いつ到着ですか?」「一旦引け!」

 無線通信の混乱により、こぼれ聞こえてくる臨場感満載のBGM。

 ヤバい空気――。

 移動とともに、そのBGMが耳に届く音とシンクロ。


「やっべぇ――」


 三人の跳躍が止まる。

 初めて目にする――。

 赤黒くぬれた光を放つ血/倒れた人間/建物にめり込んだ銃弾の跡/土煙/火薬の匂い/そして獰猛どうもうで静かな喧騒けんそう――。

「本部―――こちらから負傷者二名を確認。敵数は目視可能な範囲内に二名。建物内にさらに複数いるものと思われます」

 冷静な信濃の報告。

「転送を開封」×2

 雪風、エメラルド色の光とともに右手がアサルトライフルに。

 秋月の左手は赤銅色のアサルトライフルに。


《本部から<艦隊フロッテ>へ――。外の二人を信濃が狙撃スナイプ、雪風が信濃を援護、秋月が突入――できそうか?》

「本部――さっき中から二人出てきました。今現在外の人数四人です。建物入り口での戦闘が激化。警察車両をはさんで撃ち合い。あ――警察側また一人負傷」

 あくまで冷静な信濃の報告。いつの間にか開封しており、その左手は黒いスナイパーライフルに変わっている。

 スピーカー越しに伝わる本部の混乱。

《警察に引けって伝えてないのか!》

《伝えました!》

《現場に伝わってないだろう!》


 ひゅうーと風が少年たちの髪をなぶる。標高の高いこの国の風は冷たい。

 彼らの眼下、瀕死ひんしの警備員が道の真ん中に倒れている。胸を撃たれ、口からあぶくのような血が流れ出る。手足、痙攣。何とか助けに行こうとする警官、敵の銃弾に押し戻され、なかなか前に出て行けない。


「――ここは警察で、市民の安全を守るという使命を帯びていて、その使命を果たすことにみながプライドを持って全力であたっている」

 2日前のリーツの言葉が雪風の胸に去来する。

「……行くっきゃないでしょ! 信濃、援護して! 秋月、行こー!」

 飛び出す雪風。

「おい!」

 あわてて追う秋月。雪風、屋根と壁を俊敏な跳躍でつなぎながら、敵兵のいる銀行建物への距離を確実に詰めていく。


 残された信濃、近くにあった煙突に銃身を預け、冷静/着実に敵兵に狙いを定める。黒く光る銃身から発する静かな衝撃。スコープの中で敵が倒れる。

 次――スコープの中の敵兵と目が合った。刹那、は、はじけて血しぶきとなる。秋月の放った銃弾が人間をミンチに変えたと理解するまでコンマ2秒。のど元にこみ上げる吐き気。引き金トリガーに乗せた指に絡みつく戸惑いを振り切るように力を入れる。


 銃弾を浴びてベコベコになった警察車両の陰に雪風と秋月。背後の建物から、「あれ誰だ!?」「子供だぞ!」「おい、下がれ!」――警官の声。

「俺、あの人ひっぱってくるから。援護して」

 雪風が飛び出す。と同時に、秋月のアサルトライフルが連射開始。

 ダダダダダダダダダ……。

 雪風が身を低くして怪我人のそばまで駆け寄る。

 ダダダダダダダダダ……。

 けが人をひきずるようにして戻ってくる雪風。

 車の陰に一旦引っ込む秋月。

 助けた怪我人は、もうこと切れていた。

 顔を見合わせる雪風と秋月。

 背後の警官たちに向かって、首を横に振る雪風。片手を振り、下がれの合図。雪風と秋月の腕の銃器を見て、それとわかった警官たち、下がっていく。

 その間にも、割れた車窓をつきやぶって、銃弾は襲いかかってくる。


 目の前を横切る鮮血――。

 何かが飛んできた。それが打ち抜かれた秋月の耳の肉片と気づくまでコンマ8秒。

「!」

「頭下げて!」

 秋月の右耳、上半分形がない。

「痛む?」

 雪風の問いに。

「……いや」

 虚勢ではなく、ショックと恐怖で痛みを感じない。首から上は機械化していないのに――。

《信濃、上からフォローしてくれ、下がる》

《O. K.》

 信濃のライフルの発射速度、限界まで上がる――タン、タン、タン、タン、タ……。

「今だ! そっちの建物へ……」

 車の陰から飛び出す二人の少年。

 飛び出してから約2秒、爆風。

 先ほどまで隠れていた車、吹き飛んでいる。

「!」

 建物の入り口にグレネードランチャーを構えた大男。金髪/長身/筋肉隆々/無表情/口元だけが笑っているかのようにゆがんでいる。

 新たな擲弾てきだんをこめる姿に殺気。

「ヤバイ! 逃げろ!」

 さらに離れた建物まで、銃弾の中を二つの放物線――。

「ちきしょ! おい、信濃何やってんだよ」

 先ほどまで信濃がいた建物を振り仰ぐと、その角が大きく欠けている。

「おい! 信濃! 生きてたら返事しろ!」

《生きてる。フォローしたいけど、いい位置が取れない。ゴメン》

 顎骨から響いてくる返事。冷静。ホッとする。


 秋月、雪風、なるべく弾丸/爆風の影響の少ない陰に身を寄せ、初めて互いの呼吸が上がっていることに気づく。人口心肺が刻む8ビート。走ったせいだけではない、いつもの倍速の機械の運動。

 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、――。

 実弾を浴びて改めて気づく現実。

 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ、――。

 爆発/銃弾/血/死/敵/犠牲者。

 ――これが実戦。


 雪風、叫ぶ。

「なんなんだよ! なんだよ、グレネードランチャーとか爆発とかありえないって! リーツっ! こんなの聞いてねーぞっ!」

「リーツ――」

 秋月も言いかけた時。

「あ。いた」

 目の前の建物の窓から信濃がひょいと出てくる。

「……どっから出てくんだ、お前」

「無事?」

 無感動な友との再会。その最中に。

 爆音/風/衝撃/破片/熱。

 衝撃で持っていかれる――頭いっぱいに広がるノイズ――打ち付けられる/衝撃/混乱/Wasなんだ?


「っつぁ――」

 信濃の陰になってダメージの少なかった秋月、視覚情報と思考がつながる。

 削り取られた壁、地面にあいた穴ぼこ、吹き飛んだ腕――腕?

 3mばかり先に信濃の体――片腕、片足がその付け根からもげおちて無残な姿/傷口から流れ出る人口血液/人口皮膚がめくれ上がった胴体/むき出しの右人口肺/鼻と口からも逆流したと思しき人口血液があふれ出ている。

「うそだろ……おい、ねぇ、雪風っ! 雪風……?」

 探し当てた雪風の体、地面に伏して――ひじから先がない。足はありえない角度で曲がっている。


 その先を1台の車が走っていく。覆面をした男が数名、車に乗って走り去る。

 先ほどグレネードランチャーを構えていた金髪の大男と一瞬、目が合った。

 ――笑った?

 背筋を走る嫌な感覚に逆らうように、拳を握って呟く。

「……クソッタレがっ……!」

 自分の声が聞こえない――爆発で聴力が失われていることに、ようやく気づいた。

 無音の世界で、茫漠ぼうばくだる土煙だけが舞う――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る