訓練~Spielen!

 二日前――。

 二メートルおきに配された人型の的。

 子供を抱えたお父さん、銃を持つおじさん、買い物かごに銃を入れたお姉さんといった微妙にまぎらわしいものもあり、瞬時の判断を計るための工夫がなされている。

「いいですかー。一般市民と銃を持っている人をなるべく早く区別して、悪い人、つまり銃を持っている人だけを撃ってくださーい」

 子供向けにゲームのルール解説をするかのようなリーツの説明。


 その間――雪風は辺りを跳ね回り、秋月はヘッドホンで音楽を聴き、信濃はポケットから取り出した櫛で髪をとかしている。

「はーい、はーい、賞品は何ですかー?」

 雪風、笑顔で挙手とともに質問。

「これは訓練です。賞品はありません」

「じゃー罰ゲームは?」

「だから訓練だから」

「じゃ、俺らの中で勝ち負け決めよーぜ」

 雪風、秋月と信濃の方に向き直る。秋月、「?」と、ヘッドホンをはずす。信濃、無言で首を横に振る。

「つまんないのー。秋月は? ゲームやる?」

「いーけど。どっちでも」

「ええと、今回は三人で協力して行う訓練……」

「じゃー、いっせーので、誰が一番速く開封して多く倒せるか競争ね!」

 飛び出す雪風。追う秋月。信濃も続く。


「転送を開封」

 地を蹴り、宙でくるりと回る間に雪風の右手、エメラルド色の光とともにアサルトライフルに。秋月、信濃は左手がそれぞれ赤銅色のアサルトライフルと黒いスナイパーライフルに。

 秋月、真正面から的に向かって突進し、端からドダダダダダダと撃っていく。恐れを知らぬ破壊神の様相。

 雪風は反対の端から、軽業師のように飛んだり跳ねたりしながら順不同で撃っていく。その姿は芸術的なダンスのようにも見えて。

 信濃は、近くの木の枝の上から、残ったものを片付けていく。弾を無駄にしない綺麗なお仕事。

 瞬く間にすべての的がぼろぼろになった。


 リーツ、号泣ごうきゅう

 信濃、かまわずに。

「制圧完了」

 報告。軍隊式の敬礼も忘れずに。


「ねー秋月、信濃ってノリ悪いねー」

「ああ……あいつ、訓練所でもいっつもひとりだったし。付き合いはあんま良くないんだよ」

「ふーん……この低級電子遊戯クソゲーみたいな訓練いつまでやるんだろ?」

「さぁ?」

「この人たち、素人でしょ? こんな訓練意味ないのに」

 雪風、吐息にも似たため息とともに。

「昔日本ヤーパンのサラリーマンは、無能な上司に意味のない労働で酷使されて自殺やら過労死やらでバンバン死んでたらしーぞ」

 皮肉な笑みとともに答える秋月。

「そんな死に方なら、脱走兵になるよ」


 これでも紛争地帯に行ったヤツらよりもマシなのかな―――?

 俺何やってんだろ――ってか、この国の人たち何を期待してんだろ。

 俺達は――軍人ですか/愛玩動物マスコットですか/機械ですか/子供ですか/大人ですか/味方ですか/何なんですか――?


「おい、これは何だ!」

 大声による、思考中断。

 振り向くと、隊長。その目の先にはボロボロになった人形たち。赤ん坊を抱いたおばさんも、悪党面の男も、銃入りのかごを持った女も、子供も一様に打ち抜かれている。

「うぁぁぁぁー! た、た、隊長!」

 リーツの悲鳴。

「今日は内務大臣とマスコミの視察を予定していると言ってたはずだが……」

「くっ……ぐぉらぁぁぁぁぁぁっぁ! ガキども! テメぇら甘い顔してりゃツケ上がりやがって! なめてんじゃねーぞ! 訓練教官ナメてんじゃね――ぞっ!!!」


 ブチ切れモードのリーツにケラケラと笑う雪風。

 信濃、その様子をぽーっと見ている。と、やおら胸の内ポケットから櫛を取り出し、つやのある黒髪をとかし始める。

 秋月、ヘッドホンを装着。


 隊長、ため息――ややあって、コホンとひとつ咳払い。

「リーツ、これは……昼飯に行ったことにして逃げよう。休憩だ」

「わーい、ご飯だー♪」

 浮き浮きと飛び出す雪風。その後に続く秋月と信濃。

 呆然と見送るリーツ。


 訓練場そばのLPB隊員専用食堂――。

 雪風と秋月、少し離れたところに信濃。

「落ち着いて話をしよう。ね?」―――リーツの真顔。

「?」

「えっと、君たちがとっても苦労をしてきたというは、わかるよ。その体に慣れるまでにずいぶんと訓練をしてきたというのも聞いている。ただね、ここは警察組織で、市民の安全を守るという使命を帯びていて、その使命を果たすことにみながプライドを持って全力であたっている。その上で守らなくちゃいけないルールというものがあって、君たちだけ特別というわけにはいかないんだ。君たちのことをかわいそうとは思うけれど、だからと……」


 雪風の中で何かがぜた――結果、彼の意識は目の前にいる人物をただのまぬけなおっさんではなく、自分を定義し、押し付け、支配しようとするシステムの一部として認識。

 それは、<子供工場キンダーヴェルク>と同種のものだった。

 Es muss sein.ねばならないの合唱による、洗脳的教育。そこに「Warmなぜ」は存在せず、あるのはただ都合の良い結果の強要/恫喝/同調圧力のみ。


 ――心の奥底から湧き上がる反発心。

 雪風の顔から笑みが消える。無邪気な天使の微笑みの代わりに顔を覗かせたのは、底意地の悪い天邪鬼あまのじゃく


「機械の体だから価値観も思想もあんたらが決めるって? 俺の人生にどういう意味があるって? 使命とかやりがいとかプライドとか何? どうせ俺ら使い捨てっしょ? 安易てきとーに自分達が理解できる典型テンプレートに当てはめて、勝手に作り上げたご都合主義の御託ごたくと幻想並べていい気になって、ひとりで気持ちよくなってんじゃねーよ、この差別主義者レイシスト! 悔しかったら、てめぇの良心ゲレヒティヒカイトを疑ってみろよ!」

「……」

「ついでに言っとくと、あんな子供だまし、訓練でも何でもねーよ。俺らが<子供工場あっち>で何やって来たと思ってんの?」

 豊かな国で平和に生きてきた人間の急所を射抜く雪風の悪態。

 雪風の豹変ひょうへんぶりとあふれ出る言葉の暴力に、リーツは抵抗する術なし。

 兵士としての訓練を受けてきた子供と、平和の中でのほほんと生きてきた大人の戦意ガッツの格差。

 雪風、急に金色の天使の笑顔に戻る。

「なーんてね。楽しくやろーうよぉー! ね?」

 リーツの肩をパンパンと叩き、秋月を引き連れて食堂を後にする。

「あ、俺らの分片付けといてー」という言葉を残して。

 信濃も自分の食べたものを片付け、二人の後に続く。

 雪風の放った言葉の銃弾で殲滅せんめつ状態のリーツの心。


「ああ……俺、無理かも」

 リーツ、ぽつりと呟く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る