会議~Sprechen!

 LPB本部ビルを取り囲む喧騒=怒号/罵声/シュプレヒ・コール。手に手にプラカードを持ったデモ隊から発せられ、それを静めようとする警官隊の静止の声とホイッスル、拡声器のハウリングなどがそれを覆い、不快で醜悪な喧囂けんごうを形作っている。


「特甲児童返却!」

「平和で安全な国を我が手に!」

「危険物はオーストリアに返せ!」

「重武装兵器出てけ!」

「下がってください! 押さないで」

「軍国化反対!」

「ピーッ! ピッ、ピ――――!」


 その一角だけ怒りと不安と不満とが渦巻いて、金満リッチな小国のメインストリートに相応しからぬ混沌を作り出している。


 6階にある図書室の窓から眼下にその様子を見ている秋月、喧騒から少し離れたところで、その騒ぎを悲しそうな顔で見ている人影に気づく――自分の両親。

 今日の列車で帰ると言っていたのに、デモの喧騒を聞きつけ、心配になり、様子を見に来たらしい。母親がデモ隊の方へ出て行こうとするのを、父親が止めている。二人の悲しそうな顔に、余計に胸が痛くなる。

「早く帰れよ……」

 口の中で呟く。


「どうしたの?」

 振り返ると朝霧が心配そうな顔で秋月と、その視線の先を見ている。

「デモ隊、まだいるの? 気にしないほうがいいわよ」

「別に……」

 窓外の両親のことを気取られぬよう、窓から離れる秋月。

 朝霧の顔を見て、昨日まずい菓子を必死で食べていた両親を思い出す。なんだか、余計に泣けてくる。

「この後18時から、デモ対策で緊急会議ですって。大会議室に集合って」

「うん……」

 秋月の胸には、朝霧の存在でも晴れることのない、窓外の曇天よりもさらに重い雲が立ち込めたまま。


 18時15分。3階大会議室。

「……ということで、児童達の安全のためにも、一時的に特甲児童をオーストリアへ帰郷させることを、選択肢の一つとして検討するという……」――アデーレによる提案。

「待ってください! その間のリヒテンシュタインこちらの安全は?」――リーツからの疑問。

「オーストリア側で、安全保障協定に基づいた部隊の一時派遣を検討しています」――アデーレの返答。

「ずいぶんと親切な申し出だな」――先般の襲撃時に苦い思いをした隊長の皮肉。

「外国人部隊が駐留するなんて、市民の混乱に拍車がかかります」――リーツによる、過去の経験に基づいた至極まっとうな判断。

 アデーレ、リーツ、隊長の3人による議論が、会議開始早々からヒートアップしている。

 アデーレ=特甲児童の一時的帰郷を主張。

 リーツ+隊長=反対。


 当事者である3人の特甲児童たちは、そのやりとりを、他の大人たちと一緒に黙って聞いている=蚊帳の外。

 雪風=あからさまなあくび。当事者を差し置いて、白熱した議論を繰り広げる大人たちへの、ささやかな意趣返し。

「言いたいことがあったら、発言していいのよ?」

 眉をひそめてアデーレの主張を聞いていたテレーザが、小声で3人に話しかける。

「別に……」

「どっちでもいいスよ」

 しらけたような顔で返す雪風と秋月。

 話しかけられ、ビクッ、と身を震わせた信濃の頭の中には、昼間のの光景が蘇る。うっかり見てしまった、白い肌とヴァイオリンのようなカーブと、胸の膨らみとその先端の――うつむいて無言で首を横に振る。問いかけへの返事といううよりも、自分の頭の中に巣食う妄執を振り払うため。

 雪風、その様子に気づいて何か言いかけるが、隊長と目が合い、言葉を発するタイミングを失う。


「当事者たちの意見も聞いてみようか」

 唐突に自分達へ振り向けらる矛先に、3人の少年達の背筋が少し伸びる。

「……あー」

 デモ隊による不快な言葉の数々/チェスの駒のごとくにあちこちにポコポコ動かされること/戦闘に不慣れな大人たちの不手際/自分たちの行く末を決めること――それらが渦巻き、どう返事をしたものかと逡巡している雪風の頭にずしんと響くひと言。


「残ってかね?」


 リーツに言ってほしかった言葉。誰かに必要とされているという感覚。

 思わずうなづく。

はいヤー

 雪風の言葉に、秋月、信濃も続く。

「はい《ヤー》」×2。


 その様子を見て、テレーザがほっとした表情を浮かべる。アデーレの無表情、明らかに不満を表明しているが、議論に一応の決着がついたことにみながほっとし、完全にスルーされる。

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