決戦~Verbinden!

 LPB本部ビル・2階司令塔は、いまやジャンク品と大型ゴミの集積所に灰をまぶして野戦病院にしたような有様となっていた。

 先ほどの爆発により、外壁=半壊、修復/強化/付け足しを繰り返したバリケード=崩れて壊れてぼろぼろ、ほとんどの職員=なんらかの怪我人を負っている。

 マスターサーバーには、どこから吹き飛ばされてきたのか、ぶっとい鉄骨が刺さっており、朝霧を包み込んだカプセルには、縦にも横にもでかいひび割れが走っている。


 攻撃を受けた際に地下にいたため無事だったテレーザが、けが人のタグ付けトリアージに忙殺されている。

死亡もしくは救命不能ブラック=0名=内部の仕切り壁は薄いが、外壁は案外しっかりしているLPB本部ビルの見えない性能を実証。

最優先治療レッド=2名。内訳は、右手の肘から先をコンクリート片にツブされたアデーレと、頭部に鉄骨がぶつかった通信士。

念のため搬送イエロー=急所は外れたが脚に被弾した隊長をはじめ9名。

搬送の必要なしグリーン=各種切り傷、擦り傷、打撲を受けたリーツをはじめ24名。

 軽症の者が互いに消毒し、絆創膏や包帯を巻きあい、重傷者に声をかける。互いを励ましあう声に混じって聞こえてくるのは、無線通信からもれ聞こえてくる少年達の声=無情にも3人の特甲少年たちの危機的状況。

《うわっ!》

《秋月!》

《信濃! いいから、逃げろ!》

《リーツさん、転送は……て……バックア……のサーバー……》

 銃声をBGMにした信濃からの声を最後に、通信が途絶える。

 部屋に満ちる沈黙。

 けが人の手当てに当たっていたテレーザが、思わず立ち上がる。リーツがそれを制し、テレーザの目を見てひとつ大きく頷き、部屋を出て行く。


 アデーレがその様子を目で追う。横になり、傷口を縛られ、出血を減らすために腕を手近にあった瓦礫に乗せた状態でも、その口調に弱気は微塵も感じられない。

「どうするつもりだ? 大して訓練を受けてもいない彼が行っても……私が行った方がまだマシだと思うが」

「君にはサーバーの方をなんとかしてもらう」

 隻腕となっても尚繰り出されるアデーレの皮肉に、大真面目に答える隊長。

「本来ならバックアップシステムが起動するはずだが、本体がここまで損傷したら、強制終了して中の朝霧を助けだすのが精一杯だ。あとは、以前に使っていたAIに切り替えるしかない」

「そうすると、転送できる武器の類は……」

「ミサイル迎撃システムもランチャー砲も無理だ」

「どうにかならないのか」

「無理を言うな」

「切り替えるのにかかる時間は?」

「この状態でか?」

「……」


 一方、LPB本部ビルから100メートル余り、前線にいる秋月と信濃は、腕と脚を撃ち抜かれ/破砕され/もぎ取られ、トルソーのような状態で、ワイヤーでできた特製の捕獲網にてくるまれていた。

 一人残されて必死で銃弾を避けている雪風、ライアン・スペイダーを相手に両手を挙げる。

「わかった。降参する。どうせオーストリアあっちは好きじゃないし、信用もできない。だから……」

 そう言いながら、目測で、相手との距離を測っている最中――

 ダーン!

 雪風が挙げた腕を撃ち抜く銃弾。

「!」

「お前の言うことなど信用していない。どうせ痛覚をオフにできるんだろう?」

 続いて、掃射。足元。機械の脚といえども、立っていられないほどの被弾。

 ひざをついた雪風に、歩みよるライアン。そのまわりもライアンの手勢が取り囲んでいる。360度全面包囲され、手脚を打ち抜かれて使えなくなっている状態。まさに絶対絶命――


 ガーン!

 いずこからか放たれたライフル弾。ライアンの肩口を掠める。

 撃ったのは――リーツ。


 傷が浅かった数名の仲間と、分厚い装甲の軍用車両=潤沢な予算で買ったはいいが、乗り手がいないために郊外の倉庫に仕舞い込まれていたもの――に乗り込み、初めての前線へ。後続車10台には、防弾ベストと防護盾ライオット・シールドに身を固めた警官隊がみっしりと乗り込んでいるが――

 ライアンの手下どもに一斉に反撃を受け、リーツの乗った先頭車両はよろよろと蛇行した挙句に消化栓にぶつかり、ゴトンと横転。

 はずみで車の後部ドアが開き、中からは、スロットマシーンから吐き出されるコインのごとく積荷がこぼれ出る。大量の銃器。金にあかせて買ったはいいが、射手がいないためにLPB本部ビルの地下倉庫に仕舞い込まれていたもの。


 ライフル/ショットガン/グレネードランチャー/バズーカ砲/ガンベルト/各種銃弾/砲弾――。


 それらに目をつけ、真っ先に駆け寄って、銃を手にとり、武装集団に向けて発砲を始めたのは「軍国主義反対」のプラカードを掲げて演説をしていたおじさん――本音は銃と暴力バイオレンスが大好き。


 米国製ハリウッドのアクション大作映画が大好きな少年、ヒーローの気分全開でガンベルトを肩から引っさげ、アサルトライフルをブっ放しはじめる。


 ビル陰に隠れていたオバさんも飛び出してきて、ショットガンを拾い上げ、撃ちまくる。

 加齢と生活苦に加えて、顔に浴びた返り血やら頭部にかかった細かい無数の破片や粉体により、年齢どころか性別すら判然としないその容貌に、タフな行動力が乗っかって、もはやにしか見えない。


 その様子を見たほかの市民たち、警官隊が止める間もなく、手に手に銃を取り、反撃を開始――と同時にあちこちで暴発。狩猟の経験などからまともに撃てる者もいるが、撃てもしないのにしゃしゃり出てきて、暴発させるお馬鹿さんも多数。

 いたるところで不規則に銃弾が飛び交い、もはや銃弾&砲弾祭りとでも言うべき混沌カオス展開。

 せっかくやってきた警官隊も、市民の誘導どころか防護盾ライオット・シールドで自分自身を守るので精一杯という状態に。


 手と脚を撃ち抜かれ、破砕され、もぎ取られ、自由に動けない身体の少年たち、被弾しないように、ひたすら頭を下げ、身を低くしている。

 そこここで、銃弾、血しぶき、肉片、骨片、何かの破片が飛び交う中――

 爆音と爆風。誰が撃ったのかわからないグレネードランチャー、近距離で爆発ばくはつあるいは暴発ぼうはつ。どちらとも知れず。


 ライアンの手下に囲まれていたため、ちょうど人間のバリケードで守られる格好となった雪風=奇跡的にダメージを免れる。

 秋月=横にいた信濃の身体が盾となり、同じくダメージを免れる。

 信濃=飛んできた銃or何かの破片or人の頭部らしきもの――あるいはそれらのうち複数or全部――で頭を強打。


 その瞬間、思い出す――

 ベッドの上の信濃少年の目の前に、泣いているテレーザ。

「ごめんね……びっくりしちゃうよね。大人が泣いたりして。私、怒りすぎると涙が出ちゃうの」

 信濃の手を取り「こんなこと……」鞭で付けられたミミズ腫れを撫でて――

 テレーザに抱きしめられる。甘い香り、柔らかな感触、金色に光る髪――それらに包まれて一言

「僕、生きてるんですね……」

 テレーザ、ふいに体を離し、信濃の顔を見て、にっこり。笑顔。信濃の顔にも笑みが浮かぶ。

 ああ、生きてるってすばらしい。

 生きながらえたい、誰かとつながり、生命をつなげたい――一生命体としての本懐。


 その妄想/幻想/夢を打ち破る、突然の――

 ドサッ!

 目の前10センチの距離に、人が崩れ落ちてきた。撃たれた武装集団の男。目が合った――と思ったが、男の目はもう物言わず、瞬きもしない。

 頭を持ち上げると、いつのまにかショットガンをライフルに持ち替えたダイハード・オバさんの姿。目が合う。オバさんは静かに頷き、親指を立てるサムアップ。ハードボイルドを絵に描いたような格好に、渋さ――というよりも、がみなぎっている。

 信濃も返そうとして――あ。手がない。なんだか、以前にもこんなことがあったような――。


 その頃、LPB本部ビル――隻腕のアデーレに代わり、その指示と説明を受けながら、AIにシステムを繋ぎなおす作業をしている隊長。

「先ほどの爆発のとき、自分の身をかばおうと思えばできたはずだ」

「……次にそのコントロールユニットを起動」

「しかし、君は朝霧の身の安全を優先した。違うか?」

「起動を確認したら、バランサーを調整。……何が言いたい?」

「君にも人を助ける気持ちがあるということだ」

「多少は。しかし、全ての人間を助けることはできない。……うまく動作しないな。再起動だ」

「そうやって、人間を助けるべき者とそうでない者に分けるところから争いは起きる。そう思わんかね?」

「全ての人間を助けられない以上、どこかで線を引くより仕方がない」

「線の向こう側に追いやられた人間の遺恨は、新たな争いを生む。助けてもらえない人間のみじめさや悲しみが、争いの種となる。そうして延々と争いと、その種を生む行為が続く。分断から生まれる遺恨と怒りが争いの本質だ」

「……私にどうしろと?」

「争いの種に集中することだ。協調してな。善き意志を繋ぐことが最大多数の人間を助けることになる。必要なのは、分断ではなく繋がりフェアビンドゥンだ」

「……今はとりあえずそっちのケーブルを繋いでくれ」

 隊長がケーブルを繋ぎ、アデーレが残っている方の手でスイッチを入れる。機械がヴィ――――ンという音を立てて動作を始めた。


「秋月!」

 名前を呼ばれて目を開けた先にいたのは――朝霧。

「あ……」

「大丈夫?」

「あ、ああ」

「遅くなってごめんね。サーバーを強制終了して、カプセルから脱出するのに、ちょっと時間がかかって」

 その右手には、秋月が助けようとしたあの少女。左手に抱えているのは――ライフル=リーツが乗っていた車から転がり落ちたもの。

 抱えていた少女を地面に降ろし、ライフルを置き、秋月の身体にまだ残っているワイヤーでできた捕獲網をほどく。

 が――。

「おい、こっちにメスのガキがいるぞ!」

 朝霧は、あわてて持ってきたライフルに手を伸ばすが、間に合わず。ライフルに伸ばした手を踏んづけられ、頭に銃口を突きつけられる。


 腕と脚を撃ち抜かれ、破砕され、もぎ取られた秋月は、朝霧の危機を目前にしても、文字通り手も足も出ない状態。

「そのガキも手足を撃ち抜いて捕獲しろ」

 朝霧の頭に突きつけられた銃口が、腕へと向きを変える。

めろォ――――――――っ!」

 まるで、秋月の叫び/願い/想いに呼応するかのように、不意に転送される四肢バイン


「あ」――秋月。

「サーバーが……」――千切れた手足で捕獲網からなんとか自力で這い出た信濃。

「戻った」――爆風でドミノ倒しになった人の盾から這い出した雪風。


 武装集団の男たちが変化に気づき銃を構えなおすよりも先に、脊髄反射の迅速さで秋月の機械の手足が反応。朝霧に銃口を突きつけた男は、転送されたて・ほやほやの右手で銃を弾き飛ばされ、左手=アサルトライフルの銃弾を至近距離から喰らう。

 周囲に居た男たちは、信濃の狙撃フォローにより、頭部を打ちぬかれる。


 その血が、ちょうど、全くの予期せぬ偶然により、赤い文字で書かれた看板にぺちょっ!とかかり、アポストロフィみたいな形に。

stampsたくさんの切手」が「stamp's切手の」に変化。

 英国にて語学においても一流の教育を受けた信濃が眉をひそめる。

「おかしなことになった……」

「言ってる場合かっ!」×3=秋月/雪風/朝霧によるトリプルのツッコミ。


 信濃のひと言で、むしろ調子を取り戻した少年たち、気力、転送ともに充実し、大反撃を開始。


 秋月は、左手のアサルトライフルを武装集団へ向け、弾を吐き出そうとするが――目の前を手を繋いだ老夫婦が走り抜け、ヒヤリとする。

「秋月、むやみに撃つな!」

 声の主=雪風=機械の四肢を駆使して格闘中。右フックで武装集団の男の頭部がありえない角度までぐりっ、と回転。銃を構えた男の顔面ど真ん中にハイキックが炸裂=鼻と歯が破砕され、頭蓋骨にもヒビ。

 それを見た秋月も、隣にいた男にエルボー=あばらを砕く/転送された左手のアサルトライフルを振りぬく=顔の左半分がひしゃげ、折れた歯が吹き飛ぶ。

 いつの間にかビルの屋上に位置どった信濃が、精密な狙撃で二人が取りこぼした武装集団の仲間を一人ずつ撃ち倒していく。


 さらに、その合間を市民たちが好き勝手に撃ち合う弾が飛び交う。


 朝霧は、先ほど助けた少女を抱えて、飛び交う銃弾をかいくぐり、手近なビルの陰へと避難。


 銃弾/砲弾/怒号/血しぶき/罵声/悲鳴/肉片/骨片/何かの破片――あらゆるものが飛び交う中、特甲少年達の活躍により、明らかにその勢力を落としていく武装集団。

 その人数が30人近くまで減ったところで――突如、それまでの銃声/悲鳴/怒号/爆音とは種類の異なる騒音=ヘリの音。


 機体の下部からカラビナのついたワイヤーがするすると落ちてくる。手を伸ばすライアン。カラビナを掴み、完全に戦意を喪失してすがりつく味方たちを蹴り落とす。ホイストがするするとその身体を引き上げ、ヘリの機体が離れていく。


 雪風が近くのビルの壁を蹴り上げ、屋上からアサルトライフルの弾をヘリの方向へ吐き出そうとして、

「よせ! 流れ弾が市民に当たる!」

 リーツの声にさえぎられる。


 悠々と飛び去るヘリとそこにぶら下がっているライアンを、多くの目が恨みがましく見つめる中――突然の落下。

「!」

 ゴッ。遠方から鈍い音がかすかに届いた。


「マジか」

 スコープから目を離す信濃のそばに立つ秋月の声。ホイストのワイヤーを撃ち抜いたばかりのライフルから、微かな煙が上がっている。

「本当に切れた……あんだけ離れて……」

「できるかどうか、僕も五分五分だと思ったけど」

 平時と変わらぬ淡々とした信濃の受け答え。しかし、微妙に口角が上がっている=口には出さない自尊心の表れ。


 不意に甲高い叫び。

「ママ――――――っ!」

 朝霧が助けた少女が発した歓喜の声。

 その視線の先にいたのは――返り血と粉塵と汗とほこりにまみれたダイハード・オバさん=少女の母親。

 周囲の驚愕/懐疑/衝撃の視線をものともせず、互いに走り寄り、ひしと抱き合う感動的なシーン。

 それを見た信濃の正直な感想。

「メンデルもびっくりの遺伝法則が存在するらしい」

 ぽつりと呟いたその言葉は、半径3メートル以内でことの成り行きを見ていた全ての人の意見を代表。


 戦いは終わった――が、目の前に広がるのは、悲惨/無残/凄惨な、死人/怪我人/瓦礫の山。

 武器の基本的な扱い方すらも知らない市民に、指揮系統も指示もマニュアルも注意事項の説明もなく、大量の武器を与えてしまった代償――。


 警官隊が残った武装集団を捕獲し、怪我人の救護のために駆けつけた救急隊を誘導し、市民から銃を取り上げ、瓦礫の下から怪我人を引っぱり出しているのを見ながら――。


「全部回収……できますかね。銃とか」

「難しいだろうな。一度手にしたら、離せなくなるのが武器だ」

「僕……クビですかね?」

「その前に可能な限り回収してもらわんとな」

「はぁ」

「……私の祖母は、第二次世界大戦を経験した。一度だけ、その時のことについて、話してくれたことがある。を始めるのは愚かな国の指導者。を行うのは、軍人と一般人だ、とね。

 彼女が見たものがどんなものだったのか、詳しくは聞かなかったが、今でもその言葉は記憶にとどめるようにしている。

 人間は弱い生き物だ。分不相応の地位ポジションを持てば、すぐに自制を忘れる」

「……」

「救いになるのは……痛みを知り、それを乗り越えた者たちだ」


 隊長の視線の先には、特甲少年・少女たちの姿。

 隊長の言葉を噛みしめるリーツ。その髪を、未だ火薬の匂いをはらんだ風が揺らしていた。

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