劇場~Beeindrucken!
「どうして、オーストリアがやっていたことを全部公表しないんですか?」
ファドゥーツ総合病院の一室で、テレビを見ながら不満を漏らす者=リーツ。病室のベッドで半身を起こしている隊長に向けて。
隊長=患者衣着用、足に包帯、その他に身体各パーツに小さな擦り傷と切り傷。しかし、いたって元気な様子で、大きな口を開け、ワイルドに手に持った林檎を丸かじりしている。
テレビ画面の中では首相が声明を発表=力強く、それでいて落ち着いた様子で、非常事態の継続を宣言し、デモやパニックを抑制/その一方で、武装勢力の制圧完了と首謀者の死亡を報告/怪我人と死亡者遺族への見舞金を検討している旨――
続いてメルクル副首相から、死者=56名/怪我人=225名/被害総額=未だ集計中という公式の数字の発表/急病人と怪我人を受け入れ可能な病院の一覧/首相の声明よりも事務的な発表が続くが――テレビのスイッチを切るリーツ=不快げな顔。
「見てたのになー」という顔で林檎をシャリシャリ噛んでいる隊長、嚥下の後に説明開始。
「
いざとなれば、『核兵器禁止条約にも批准して、国際社会からも、平和な国だから大事にしてあげよう、戦火に飲まれないように気を使ってあげよう、大事にしてあげようと言われ、あまつさえ国連から委託金まで貰っている国が、裏でやっている軍事技術開発のことを知ったらどうなるでしょうねぇ?』という切り札を使える。
外交とは、互いの切り札を読み合い、手持ちのカードで
「それでも、すっきりしません」
「……『勝ち方』イコール『負けさせ方』ではない。徹底的に叩けば遺恨しか残らない。道を一つだけ残して、相手に選ばせるんだ。自分で選んだという自尊心を贈ってやる――それが真の勝者の
ま、いずれにせよ、猿芝居は
「はい。首相に渡したペーパーとの
時計を見て立ち上がるリーツを見上げて、ちょっと口角を上げてみせる。
「任せたぞ」
それでも、病室を出ていくリーツの後姿を見送る隊長の顔=不安げ。
午後3時。リヒテンシュタイン公共放送=国営放送にして、国内唯一の放送局。その3階にある第一スタジオ。長テーブルをくっつけた簡易な壇に相対するのは、新聞記者/テレビクルー/雑誌記者/ネット系報道関係者らが多数。国内のみならず、香ばしい<事件の匂い>を嗅ぎつけた近隣の国々のメディア関係者の姿も見られる。
|リヒテンシュタイン・ポリツァイ・バタリオン《LPB》による公式の会見。
「えーと、それでは、会見をはじめさせていただきます」
緊張した面持ちのリーツが、早口で話し始める。目がキョロキョロと泳いでいて、いかにも人前で話すのに慣れていません、という雰囲気がにじみ出ている。
「えー、今朝ほどの首相の声明にありましたように、被害の程度としましては、死者が66名、怪我人が225名、被害総額は未だ集計中ということです」
「死者数は56人では?」
リヒテンシュタイン・ポストのIDをぶら下げた記者からの質問。
「あ……えーと」
紙を見直す。
「えー、はい、そうです。56名です。ちょっと、メモした字が汚くて読み間違えました。正しくは66……じゃなくて56名です。えーと、あと、それで、まずは市民の皆様には冷静な対応いただいていることに感謝をですね……」
「この死者数について、LPBはどのように考えているんですか?」
「え、それは……」
「甚大な被害ですよね?」
「えーと、はい。えと、えと……」
わさわさと手元の書類を繰るリーツに、続けざまに質問が突き刺さる。
「これだけの人が亡くなったんですよ?」
「用意された答えじゃなくて、あなた自身がどう考えているんですか?」
「多いか少ないか、どちらかって聞いているんですよ!」
ヒステリックな様相を帯びる会見場。どこかで見たような
テレビ画面越しに、その様子を見ている6つの目=雪風/秋月/信濃。
「ヘタクソだなー」――見ていられないという顔の秋月。
「テンパっちゃってるの丸わかりじゃん」――むしろ面白がる雪風。
「こういう場では、主な数字は事前に頭に入れておいて、すぐに答えないと」――頭を振り、
3人の少年達、思い思いにリーツを酷評して喜んでいたが、
「オーストリアから輸入された少年たちが、今回の騒動の原因だという噂がありますが」
とある週刊誌記者の質問により、笑顔が消える。
「え、えーと。それは……ないです」
「今、なんで間があったんですか?」
「え? ないですよ」
「あったでしょう? ないですって答える前に」
「ないですよっ! 何なんですか、何なんですか、あなた達はっ! こ、こっちだってねぇ、必死なんですよ、寝てないんですよっ。ちょっと質問に答えるのに、時間がかかったからって何なんですかっ!」
逆ギレ。ひっくり返った声で、叫びだすリーツの姿=痛々しい。
甚大な被害を出したことで強くなったLPBへの世間への風当たりを弱めようという、そもそもの会見の趣旨から大きく逸脱、どころか全くの逆効果。
「あーあ」――ため息をつく秋月。
「ダメだこれは……」――顔を覆う信濃。
「はぁぁぁ」――ぱったりと、その場に倒れこむ雪風。
3人の少年達、思い思いに落胆の表現。
「ま、予想はしてたけどね」むっくりと起き上がった雪風の口から空気を変える一言。その口元は意地悪げに片方が釣りあがっている。
翌々日・午後2時――リヒテンシュタイン公共放送・第一スタジオ。LPBからの<特甲児童の脅威に関して>公式発表の中継。なぜか、お昼の人気ワイドショーの1コーナーとして。
ステージ上には、強いライトを浴びた厚化粧のオバさん司会者と、無表情なコメンテーター×3。そして信濃。
この5名に相対するのは、観覧席を埋めている小太りなオバちゃんの集団。
そのまわりには、ちょこまかと動いて、コードを適切な位置に配置しなおしたり、マイクを調整するADさん。さらにその周りに、仏頂面のカメラさんと音声さん。
オバさん司会者の軽薄な語り口。いかにもお昼の主婦向け番組。
「みなさん、こんにちはー。ご機嫌いかがですかぁ? 今日は、とってもかわいらしいゲストの方においでいただいてまーす」
テレビカメラが、信濃に振られる。アップ。
「今日は、LPBを代表して来ました。よろしくお願いいたします」
さわやか、かつ、優雅な感じでご挨拶。
「さっそくなんですけど、今日は、先日の武装集団襲撃事件について……」
「っていうかさあ、そもそも、この国に軍って必要なの? 君たちのせいで却って治安が悪くなってるっていう話があるんだよ?」
司会者の言葉をさえぎる、もとコメディアンのコメンテーターからの質問。さらに
「あなたたちって、どのぐらいの破壊力があるのかしら?」
オバさんコメンテーター=自称・人権派弁護士も口を挟む。
「あ……台本無視しないでくださいねー。えーと、信濃君には、まず……」
あわててとりなす司会者。しかし、信濃は動ずることなく。
「僕たちの仕様は、転送される武器によって異なります。僕の場合は高精度スナイパーライフルで、300ヤード離れた的をピンヘッド可能です」
「要は、それだけ離れている人を殺せるってことでしょう?」
文脈を無視して、自分の主張に都合のいいところだけを拾いあげ、強調して、反論するコメンテーター=人気急上昇中の社会学者。
「犯罪抑止力として効果を発揮できると考えていますが」
「しかし、君らの性能が原因となって先般の事件が……」
信濃、いきなりバッ!とシャツの前をはだけ、首のまわりの傷跡を見せる。
シャツの第4ボタンまではじけ飛ぶ勢いの大サービス。そこまでしなくても首回りの傷は見えるのだが、誰も突っ込まない。
その首まわりの傷跡は、通常は当然見えないので、特殊メイクにて事前に描いたもの。
しかし、番組司会者もコメンテーター陣も観覧席の客達もそんなことには気がつかず、目がくぎづけ。傷跡よりも、はだけた胸元に。
観覧席のおばさん達、「むむっ! これは」という感じで目を見開き、椅子の上の上半身が15センチ、前のめりに傾く。テレビカメラ、遠慮なく胸元をズーム・アップ。
テレビの前の主婦たち=家計簿をつける手が止まる/飲みかけの紅茶のカップをひっくり返す/拭いていた皿を落とす/掃除機のコードに足をひっかけ転倒/抱いてた赤ん坊を落とす/電動泡だて器についたケーキの生地がそこらじゅうに跳ね飛ぶ/猫の餌を落っことし、猫がニャーオと鳴く/宿題について質問してくる子供たちに「おかーさん忙しいんだから、静かにしなっ!」とどやしつける。
「僕は、9歳のときに事故で脊髄を損傷して……それ以来、首から下はほとんど機械になりました。最高の医療技術で、動く手足をもらって、本当に感謝しています。もちろん、最初のうちはうまく手足の操縦ができなくて……」
哀愁を帯びた調子で切々と苦労話を語る美少年の言葉に、コメンテーター陣ももらい泣く。
「ただ、僕ら自身の存在が皆さんの脅威になりうる、といういわれのない非難による、胸の痛みの方が、僕が今まで受けた身体の痛みよりも大きいのです」
言い終わった瞬間、信濃の目からつぅーっと涙。スポットライトの角度が微妙に変わり、その水滴がキラーンと光る。
《よくこんな白々しいことを真面目な顔で言えるな》
裏方として労働にいそしむ秋月から雪風への無線通信。
《まぁ、彼の才能に目をつけた監督のお手柄だな》
鼻高々といった調子で監督を自称する雪風。
《集中力が切れるから、静かにしてくれない?》
アカデミー賞俳優気分の信濃、ハンカチで涙をぬぐうそぶりで巧妙に顔を隠し、大物俳優らしい注文をつける。
オバさん司会者、付けまつげを気にしながら、符丁をあわせるようにハンカチで目頭を押さえる。観覧席のおばさん達も、もらい泣き。鼻を啜り上げる。
児童ポルノとメロドラマを融合したものを、さらに過剰な演出で包み込んだ、薄ら寒い、
監督・脚本=雪風
主演=信濃
裏方=秋月
という悪童3人による、チープな感動大作。特定の方向に思想を
テレビの前にいた主婦たち、多いに
「かわいそうよねぇ。あんなに綺麗な顔をした子が」
「うちの子は、健康で良かったわぁ」
見え隠れする
「あんなに胸元はだけて……放送倫理的にいいのかしら?」
「どうせ機械だから放送コードに抵触しないんじゃない?」
遠慮すらない差別意識。
「眼福だったわー」
「下も脱いでほしいわねー」
あらわになる
「もっとやってくんないかしら」
「次、いつやるのかしらね? 続きあるんでしょ?」
飽くことのない、娯楽の追及。
「答えをくれるんでしょ?」と口を開けて待ってる大衆を操ることの容易さは、まるで「ボール投げてくれるんでしょ?」と待ってる犬を意図した方向に走らせるが如し。
美少年の半裸と涙、という香ばしい餌に釣られた世論は、一気に「かわいそうな子供たちを守るべし」の方向へ。その裏にある真意は「ステキなおもちゃだから手元に置いておきましょうよ」。
翌日――。
LPB本部ビルに届いた贈り物の数々=信濃宛。
頭の黒いネズミ、黄色い小太りの熊、頭部が肥大化した白猫などの可愛らしいぬいぐるみ/カラフルなポストカード/お菓子/花束/熱烈な文面のお手紙/その他いろいろ。
1階の食堂兼休憩用カフェにてそれらの品物を検分する少年たち。
各種ギフトの中から、信濃が有名な紅茶ブランドのパッケージに目を留める。
「ああ、ちょうどお茶が飲みたいと思っていたんだ」
紅茶ブランドのロゴがプリントされた袋を開け、中を確認。
「……」
バシッ。中身を取り出すことなく、開いた袋の口を閉める。きっちりと。何かを封印するかのように。
「どうした?」
「何が入ってた?」
無言でふるふると頭を横に振る信濃。
雪風が袋をひったくる。中に入っていたのは――おそらくはセルフヌードと思しき写真と派手なランジェリー。
ヒューッ!と口笛を吹く雪風。横から覗き込んだ秋月も「いいなァ」という顔。写真を裏返す。
「
メッセージ=熱烈すぎてドン引く愛情表現。
「……」
若干、苦笑しつつ、ほかの各種贈り物の袋も開けてみる雪風の顔がだんだん曇りがちに。
愛情と言うよりも執着/偏執/狂気を感じさせる、ヤバい品々。善意の品々に混じってかなりの割合を占めている。
「……」
どんよりと重くなってきた空気を変えようと、
「ちょっと窓を開けようか」
と、秋月がブラインドを開けると――
少女、女の子、オバさん、老女……およそ人類の女性というカテゴリーに属する生き物の博覧会のことき様相。各人の手には、手作りの横断幕、
数名が中の信濃の姿に気づき、「きゃぁ――っ!」と言うと、釣られたように大歓声が湧き起こる。熱狂の渦。
ジャッ! と手荒に秋月がブラインドを閉める。それでも止まぬ歓声。暗くなったカフェにて呆然と立ち尽くす少年達。
「……僕、部屋に戻る」
引きつった顔の信濃が席を立つ。
「なんか……悪いな」
秋月がとりあえず謝る。
「仕方ないよ。顔で選ぶなら、僕がやるしかなかったから」
秋月、チッと舌打ち。「謝って損した」とばかりに。
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