群集~ Überleben!
LPB本部ビル2階・司令塔――無線通信/電話/各方面への指示と連絡に忙殺されるリーツと、その横で、仁王立ちのまま腕組みして目を瞑り、<沈思黙考>を表現した彫像のごとき隊長。
《わかった。無理に止めようとしなくていい。市民の避難と怪我人の搬送を最優先に。病院への搬送ルートの確保を……わかった》
無線通信を切るリーツ。横に立っている隊長に向けて
「武装グループは、100人以上の勢力で、5分前にフェルトケルヒャー通りとプランクナー通りの合流地点を通過したとのことです」
二人の前のモニタに地図が映し出される。
「昨日の話を考えると、彼らの目的地は……」
そこへ、アデーレが部屋に入ってくる。険しい顔でアデーレに顔を向けたリーツの嫌味に満ちた挨拶。
「何しにここへ?」
「マスターサーバーを使用しなければならない事態だろう?」
アデーレの後ろには、朝霧の姿。
自分にはよくわからない大人たちの剣呑なやりとりに不安げな表情を見せながらも、マスターサーバーと接続された安楽椅子に座る/背もたれが倒れる/椅子がやや持ち上がる/椅子の背面に設置されていた、透明なお椀型カプセルが90度回転し、朝霧を椅子ごと覆う。
「転送を開封」――朝霧の声にあわせて、透明な強化ガラスの中で爆発的な輝き=幾何学的なエメラルドグリーン。
朝霧の姿が瞬時に置換=ペールブルーの特甲姿。
マスターサーバーの調整を行うアデーレの姿は、飄々としており、後ろめたさも後ろ暗さも微塵も感じさせない。
裏切り者ではあるが、マスターサーバーのメンテナンサーとして、今、この瞬間は「共闘」せねばならない事実=リーツを余計に苛立たせる。その苛立ちをさらに炎上させるアデーレの言葉。
「今、私の存在によりこれを使うことができて、その後に、彼らをオーストリアに帰すというのは、今これを使えない事態に陥るよりも貴国にとって良いのでは?」
「それは、交渉かね? 恫喝かね?」
隊長の言葉に妥協の匂いを感じ取り、危機感を覚えたリーツ。
「よく、その制服を着て、その台詞を言えますね」
「ここの制服を着ているが何か問題でも?」
平然と。
「制服だけこちら側の人間でも、中身は
「それがどうした。キリストの弟子は12人しか居なかったが、そのなかのひとりはスパイだったと――」
ガチャンッ!――アデーレの言葉をさえぎる破壊音。
窓に穴とひび。その穴から飛び込んでくる、声・声・声/怒声/罵声/怒号/雄たけび。そして、各種物体――石/空き缶/小さなプラカード/丸められたTシャツ。
呆然と立ち尽くしているリーツに比して、アデーレと隊長の対応は迅速。
速やかに窓から離れ、会議用長テーブルを横倒して盾にし、自身の身の安全を確保しつつ、室内奥にあるマスターサーバー<
壁を盾に窓の外を伺う隊長=状況把握。
デモ隊。人数と状況を目測。参加者=数百人規模。前回より尚一層の混乱の激しさ――割れた窓から飛び込んでくる声から混乱の度合いが知れる。
「特甲児童出て行けーーーっ!」
「軍国化はんたーい!」
「平和を我らにーっ!」
「防衛費のための増税はんたーい!」
「国境を封鎖するな!」
「EUから離脱するなー!」
「いや、早く離脱しろ!」
「軍事協定を破棄しろー!」
「するなー!」
「給料上げろーっ!」
特甲児童の回収のためにオーストリア側が流した情報は、うわさがうわさを呼び、あることないことが人々の口の端にのぼり、なんだかもう大変なデマが飛び交い、「そんなこと誰が言ったの?」という確認すら取られないままに――暴走。パニックを起こし、暴走したデモ隊はただの暴徒と化し、もう大変なお祭り状態。
「貴様らの差し金か?」
アデーレをにらみつける隊長。
「勝手に暴走したのは、貴国の国民だ」
しれっとしたアデーレ。
窓から投げ込まれたなにやら細長い物体が、しゅるしゅると部屋の空気を切り裂き、アデーレが作ったバリケードの上をすり抜け、マスターサーバーを直撃。ゴツン!という鈍い音とともに高額なマスターサーバーにへこみ傷。
「!」
「窓を塞げ!」
アデーレの声にあわてて窓の前にバリケードを築き始めるリーツ。窓から飛び込んでくる空き缶や小石にあたりながら、机を引きずり、その上に椅子を乗せ、奮闘。
その後ろ姿に投げつけられる声――呼び出しに応じてやってきた雪風。
「それ直したら、逆に俺らがここで爆発する可能性が高いんじゃねーの?」
驚いて振り向くリーツとは対照的に、アデーレ、冷静に
「研究はまだ途中段階だ。今はまだ君達が爆死するという可能性はない。それよりも直さなければ、武装集団に拉致される可能性が高くなるぞ」
朝霧が格納されたカプセルを真顔で指しながら
「中にはお前らのオトモダチの朝霧がもう入っているぞ?」
秋月、急いでバリケード作りに加勢。その様子に、しょうがないといった感じでバリケードつくりを手伝う雪風と信濃。体を動かしながら、
「……まだ、ね」
「で、予測ではどのくらい先なんですか?」
生真面目に質問=信濃。
「技術者2名が誘拐されたからな……わからん」
「そうか、そいつらさえ居なければいいのか」と、思わず心の中で武装集団に拍手喝采した秋月。
「技術者2名が向こう側に渡ったことで、早まる可能性もあるわけですね」
信濃による辛らつな分析が、秋月の楽観主義を打ち砕く。
「我々の開発技術力をナメてもらっては困るな。それはあり得ない」
アデーレ=不服そうに。
「というか、武装集団がやってきたら、このバリケードもひとたまりもないのでは?」
信濃による、冷静な状況判断が終わらぬうちに――窓外の喧騒の質が急に変わる=銃声と悲鳴――怒号/罵声/何かが壊れる音/悲鳴/怒声/泣き声――いまや格好の人質と化したデモ参加者たちから発せられる危機を知らせる音声。
バリケードの隙間から覗いた窓外の景色=この上なく絶望的。
反撃に備えて人質たる群集のほうに銃を向けた武装集団=100名以上が、ビルを取り囲んでいる。
一台の軍用ジープがLPB本部ビルのほうに近づいてくる。まるでデコボコ道を走っているかのように車体が上下=倒れたデモ参加者の死体あるいはまだ生きている体をガンガン踏みつけながら前進しているため。
中から降り立ったのは、見覚えのある顔――ライアン・スペイダー。ビルの割れた窓に向けて吼える。
「ガキどもを引き渡せ! そうすれば犠牲者を増やさずに済むぞ!」
顔を見合わせる隊長/リーツ/少年たち。
投降か、犠牲者を出しての戦闘か――究極の二択が突きつけられる。
「お前達が投降したとして、将来、この数万倍の人間が死ぬことになる。絶対にその選択はありえない」アデーレによる、投降案の即時却下。
その間に――ライアン=手近な人間に発砲。顔も見ずに。腹を押さえて倒れる女性。地上の集団に広がる静かなざわめき=恐怖/不安/不満/怒り――テロリスト達に対して――そしてLPBに対して。
選択を迷っている間にも、次の犠牲者が出る可能性=きわめて大。
「とりあえず、デモ隊から武装集団を遠ざけるために、僕らがビルから離れた方が良いのでは?」
信濃による第三の選択=即時採用。
「転送を開封」
三人の少年達は、ビルの窓から飛び出し、群衆の頭上をはるか高く飛び越え、向かいのビル群の壁を跳躍でつなぎ、適度に応戦しながら一気に郊外へと敵へ引き付ける――はずだった。
実際には、窓から飛び出した特甲少年の姿に
「あいつらが悪いんだー」
「逃がすなー」
「つかまえろー」
「あっちに逃げたぞー」
と追いかけてくる群衆。意思疎通の難しいタイプの人間が固まるとさらにややこしいことになるという見本。
3人の少年達、敵から引き離そうという意図をきれいに無視して、自分達の後を追いかけてくる群集にびっくりしつつ、とりあえず、適度に互いの距離を保ちつつ移動。西のライン川=
少年たちを先頭に、人・人・人の固まりが、
「なんで付いてくるだよ! こいつら」
「避難しろよ!」
「リーツさん、そちらで避難指示を出して統制をとってください」
そんな彼らを狙う、武装グループのリーダー・ライアンの、部下へ向けた難易度の高い発注。
「頭と胴体には
この言葉が、弾の行く先を予測不能なものにし、群集に、武装集団が少年達めがけて放った銃弾や砲弾が、
その武装グループに対して、逃げながらも反撃を加える特甲少年たち。弾の行き先はさらに複雑化。
群集=撃たれ、爆破され、吹き飛ばされ、下敷きになる。大パニック。
「危ないじゃないの! 子供がいるのよ!」
と金切り声で叫ぶ、ピクニック気分で乳母車を押して子供連れでデモに参加した母親は、「誰が連れてきたんだよ」という突っ込みを入れる間もなく、乳母車と共に吹き飛ばされる。
傘に「特甲児童は帰れ!」と書いて高々と掲げていた若者、傘では銃弾も砲弾も防ぐことはできず、爆風で己の傘の骨が首に突き刺さり、自分自身の血で溺死。
LPB本部ビルに投石したおじさん、崩れてきたビルの壁の下で、重さに耐えかねてもがいている。
フライパンに「安全第一」と文字を描き、お玉でそのフライパンをガンガン叩くことで自己主張していたおばさん、願いもむなしく銃弾を3発ほど浴びた上にグレネードランチャーの爆風で両腕を無くし、二度とフライパンを持つことはできない身体に。
その横には、「俺の脚がぁあああ! 俺の脚はどこへ行ったぁ!?」と叫ぶ青年。先ほどまで「徴兵反対!」と叫んでいたが、徴兵されなくても危ない目には遭うということを遅ればせながら学習中。
「固まるな! 散会して逃げろ!」
信濃のアドバイスもむなしく、固まって逃げる群衆に打ち込まれる銃弾/砲弾/破片/瓦礫が犠牲者の数を増やす。そもそも彼ら自身の悲鳴と叫び声のため、信濃の声はまったく届いていない。
その惨状は、まるで聖書に書かれたソドムとゴモラ。
信濃に言われて、なんとか群集を避難誘導させようと警官隊に指示を出すべくモニター前に立ち、マイクを握り締めているリーツ、ポツリと……
「まるで戦争だ……」
「まさに戦争だ」=アデーレの同意。
血と銃弾の
《おい、アレを転送してくれ!》
アレ=先日の武装集団との戦いで初めて使った、《迎撃ミサイル》。敵が放ったあらゆる弾薬――銃弾/手榴弾/ミサイル――を近距離にて爆発することで、信管を無効化し、叩き落すという優れもの。
アデーレの迅速な対応とマスターサーバーの働き、そして朝霧の頭脳により速やかに秋月の腕に転送される大型のミサイルランチャー的物体。エメラルド色の輝きと共に開封される。
ボスッ! ボスッ! ボスッ!
鈍い爆発音とともに、各所に連射。
銃弾がバラバラと落下/武装集団が放ったランチャー砲は、ゴトン、と地面に落ちる。
銃弾/砲弾/瓦礫の雨あられにより、定置網に追い込まれた
――ごく短い、一瞬の静寂。
続く、ざわめき。安心。ため息。ひそひそ声。
「おや?」
「何が起きた?」
「どうやら向こうの攻撃を防げるらしいぞ? つまりこちらが攻撃しても攻撃されることはないらしいぞ?」という内容。
恐怖におののき、逃げまどっていた
武装集団の一人が、群集に捕まる。銃が弾詰まりをおこしたらしく、撃てない銃を振り回すが、多勢に無勢。あっという間もなく、殴られ、押し倒され、踏みつけられ、棒きれで叩きのめされる。
悲鳴を上げる男を、容赦なく打ち据える群集。
「もっと、やれ」
「いいぞ」
「殴れ!」
「踏んづけてやりなさいよ!」
群集心理の残酷さ。
捕まった男は、もはや逃げる気力すら奪われ、鼻血を流し、頭から血を流し、白目を剥いてぐったりしている。
それでも尚、罵声を浴びせ、つばを吐きかけ、蹴り飛ばす群集。銃は誰かが記念品にと持ち去ったらしい。
「あー……」
「とりあえず、離れるのが先だ」と雪風に腕を引っ張られる。
後ろ髪をひかれる思いを抱えながら、ビルの屋根伝いに西の
「しまった。マスターサーバーを……」――信濃のつぶやき。
「転送を開封」――何も起こらず。顔を見合わせる少年達。その間にも銃弾は飛んでくる。
《……朝霧は? リーツ、朝霧はどうなった!? 無事だよなっ!?》
後半はもう通信というよりも地声になっている秋月、叫びながらLPB本部ビルの方向へととってかえす。
銃弾/砲弾/爆風/破片が舞い飛ぶ中、一直線にLPB本部ビルへ向かう秋月。その後を追う信濃と雪風。
秋月の転送と開封ができなくなり、迎撃ミサイルがなくなった今、群集たちも形勢逆転。再び、逃げ惑う
右に逃げ惑い銃弾を浴び、左に逃げては吹き飛ばされるという
もはや
5年前に死んだ弟と同じくらいの年齢か――いや、もう少し幼い。
親とはぐれたのか、泣き叫ぶこともせず、ただただ立ち尽くし、目で誰かを探している。
一瞬、動きが止まる秋月を、信濃の声が現実に引き戻す。
「急ごう、僕達自身が転送を開封をできるようにするのが先だ」
言われるままに一度はスルーするが、今度はビルのすぐ手前で一人の男が視界に入る――先ほど群集にボコボコにされていたもと武装集団の男=先ほど助けなかった男。ぱっと見にもこと切れている。
再び秋月の足が止まる――今きた経路を戻る。
たぶんあの子には、待てども待てども、助けはこない。信濃や、自分や、そして助けたくても助けられなかった弟と同じように。
ならば。
手遅れにならないように。
あの子は、あの時助けて欲しかった俺自身だから――
「秋月!」
「戻れ!」
追いかけてくる雪風と信濃の声。振り切る。
が、少女がいたポイントまであと10数メートルというところで――現れたのはライアン・スペイダー。この上なく、望ましくない状況下での対峙。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます