プロローグ・飛翔~Springen!

桜桃キルシュ、って知ってるか?」

「果物でしょ? 赤いの。ジャムとかにする」

「食いモンの話じゃなくて。日本語ヤパーニッシュでセックスしたことない男って意味だって」

「じゃ、僕達のことだ」


 その言葉は、秋月・ベルンハルト・ドップラーを大いにほっとさせた。

腰履きにしたパンツ/スタッズ満載の皮ジャンパー/ドクター・マーチンのブーツ/短い赤毛をツンツンと立たせたパンクヘア――とがったファッションセンスからにじみ出る、心に秘めた思春期の懊悩おうのうのひとつが軽くなった気がした。


 彼の前にいるのは、あごギリギリの長さで切り揃えた艶めく黒髪/切れ上がったまなじりが印象的な黒い瞳/滑らかなアイボリーがかった肌/丸い額とシャープな頬/人中の盛り上がった赤い唇/右目の下に泣きボクロ――を持つ


 男でも見惚れる美貌を、タイ/ブレザー/きっちりと折り目のついた細身のパンツ/黒のウイングチップ、という英国紳士を連想させる装いに包んだ信濃・ウィリアム・オレインブルグが、『君』ではなく『僕達』という人称代名詞を使ったことに非常な安心感を覚え、思わず笑みがこぼれそうになると同時に、あれ? 『僕』じゃなくて『僕達』って……。


 長い足を組んで朝食後の紅茶をすする美貌の友に少しく不満を抱きつつ。

「ここの紅茶うまいか?」

「まあまあかな。向かいのホテルのティールームには最高級のラプサンスーチョンがあったよ。大英帝国の時代から、紅茶はその国の経済力を測る指標だ。昔は武力戦、今はマネーゲームの勝者、つまりリヒテンシュタイン共和国ここのような国が、ああいう最高級品を手に入れるんだよ」

「金があれば何でも買えるってか。だから武装銀行強盗対策として特甲児童をお買い上げか?」


 彼らがいるのはリヒテンシュタイン共和国/ファドゥーツ/新築されたばかりのLPB(リヒテンシュタイン・ポリツァイ・バタリオン)本部ビル1階・食堂。

 窓外には、白、クリーム色、ピンクの壁にレンガの屋根、飾り窓。中世の童話の世界そのままに、3~4階立ての低い建物が連なり、観光客の目を楽しませる風景。

 その手前には、デモを行う市民が「重武装兵器はいらない!」「軍国化反対」「特甲児童返却!」の等のプラカードを掲げている。


 信濃、紅茶を飲み干し、「僕ら輸入品に一応の敬意を払ってくれていることに感謝だね」――目で壁の「特甲児童歓迎会」のポスターを差しながら。


 ふいに後方からハイトーンの声と半径10mを覆う攻撃的なまでの香水の匂い。

「お待たせーっ!」

 雪風・リヒャルト・バッハの声が食堂いっぱいに広がる。

 シャツのボタン=だだ開き=胸元露出+金色の小さなペンダント/ニットベスト/茶色のローファー/澄んだ碧眼/金髪ふんわりヘア/中背/総じて年端の行かぬホストの容貌。


「おせーよ」

「二人とも、もうご飯食べちゃった?」

 秋月に目でうながされ、雪風はあわててカフェテリアコーナーからパンを1つとり、かぶりつく。

「そろそろ行こうか。出発時刻は10分後だよ」

 2人が立ち上がりかけたところで、無線通信=LPB所属の通信士兼特甲少年達の訓練教官のハンス・リーツ。


《本部より、<艦隊フロッテ>へ。デモ隊を避けるために、正面玄関を避け、裏口から出てすみやかに訓練実施場所へ向かうこと》


 三人、顔を見合わせる。

「いい準備運動になるよねっ!」


 パンを飲み込んだ雪風の一言に、信濃は眉を少し上げ、秋月が唇の端を上げにやりと笑う。揃ってエレベータに乗り込み、屋上へ。


 屋根を蹴るローファー/ブーツ/ウイングチップ。

 三人の少年、空高く飛翔。

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