盗難~ Zurückkehren!

 1週間後――LPB本部ビル内をうろうろと歩きまわっている秋月と雪風の姿があった。

 成長期の子供の驚異的回復力/彼の国オーストリアにて鍛え上げられた経験と根性により、医師テレーザの予想を大いに上回る回復をみせた二人。血液検査/レントゲン/脳波測定/接合部チェック/機能検査/身体検査/体力検査/出力値検査/心理分析医によるカウンセリング/その他もろもろ、完全治癒オール・オッケー

 しかし、医師による厳命=訓練禁止/外出禁止/とりあえず医務施設ラボから離れることを禁止/とにかく無理しちゃダメ!――により、退屈を持て余す。


「あ――――――ひまっ!」

「やることねぇーし、体なまるなぁ」

「筋肉落ちちゃうなー」

「って機械の体やないかい!」

 などと、特甲ジョークを繰り出しながら、ビル内を意味なくふらふら歩いていると、雪風がエントランスに駐車されたどでかいトラックに気づく。


「秋月、あれ何だ?」

「あーなんか、オーストリアあっちからいろいろ届くらしーぞ。新しいが」


 ビル内に放送。

「職員の皆様、マスターサーバー「クン」が到着しました。荷物の運搬のため、お手すきの方は一階搬入口へおいでいただき……」

「マスターサーバー? ってことは、接続官コーラスの子も来んのかな?」

「じゃね?」

「……見に行く?」


 1階に下りた二人の目の前で、大量のダンボールがエレベータに運び込まれる。

 ビルの5階以上は職員のための寮となっている。5階=男性寮、6階=図書室、娯楽室などの共有設備、7階=女性寮。1階にてエレベーターに運び込まれた荷物の行き先は――7階。

「女だ」

「女の子だ」


 顔を見合わせる秋月と雪風。先を争うように非常階段を全力ダッシュで上る。目的地=7階・女性寮。男子禁制フロア=二人の少年にとっては、初めて入る

 二人は、ちょっとドキドキしながら、そして遠慮がちに非常階段から廊下へ。平日なので、ほとんどの職員は下のフロアにて勤務中。非番の者は買い物その他で外出していることが多く、フロアには人の姿はない。

 さらに、今日は引越しのため荷物を運ぶ男性スタッフもたまに通る。少年達にとっては好都合。


 ふたつの隣り合った部屋の前に、大量のダンボールが置かれている。秋月と雪風は、荷物の荷札をチェック。

朝霧あさぎり・ビアンカ・フリゼケ>

<アデーレ・紅葉もみじ・アーレント>


「あれ? 朝霧って……」

 二人の少年の脳裏に思い起こされる子供工場キンダーヴェルク時代。

 秋月=とがったファッションの割に気のいい奴として誰とでも仲良く過ごしていた。

 雪風=反抗心剥き出しでいわゆる不良グループ的な子供たちと仲良し=優等生グループからは疎まれていた。


 秋月と雪風が同時に発言。


「すんごいだったよね?」

「優等生ぶったクソ生意気な女だっ……」


 互いの意見の相違に思わず顔を見合わせる。

 1秒後、雪風がにまぁーと笑い、自分の優越性マウント・ポジションを確認。

「そぉーかぁ、秋月君。君はあーいうのがだったのかぁー」

 秋月、己の失言に気づいたときにはすでに手遅れ。

「いやっ、別に、そういうんじゃ……ただ俺の周りにそう言ってた奴が多かったって……」

 雪風、満面のどす黒い笑顔。

「ふぅーん、そーなんだー。君の周りにはそういう嗜好性の男の子が多かったんだね。そして君もその一人だったんだねぇー?」


 秋月、これからしばらくの間はからかいの対象ネタにされるだろうことを予見して、己の失言に頭を抱える。


 その横で、薄ら笑いを浮かべたままの雪風がひとつのダンボール箱を発見。

 箱に書かれた文字は「下着=見るな、覗くな、開けるな、触るな」。

 思春期=第二次性徴真っ盛りの少年二人にとって、まさに


 箱に張られたテープの端が少しだけはがれている。頭をかしげて、中身を覗き込む雪風。――見えない。雪風の手がテープにかかる。

「おっ、お前それはヤバいだろ! それはさすがに……」

 あわてて止めに入る秋月。

「なんで? 別に見たって減るもんじゃ……」

「いや、ダメだってば!」

 箱と雪風の間に体を割りこませて、断固たる姿勢を見せる秋月。

「ふぅーん」

 秋月の体の右横から手を伸ばす。秋月の手がその手をピシリと撥ね除ける。雪風、今度反対側から手を出し、秋月に手首を押さえられる。

 まるでバスケットボールの攻撃オフェンス守備ディフェンス。ゴールたる下着の箱を、必死で、身をていして守る秋月。

 秋月の必死な様子が面白くなって、手を出すのをやめない雪風。最後にはもみ合いになる。


「!」

 雪風に押されて勢い余った秋月、転ぶのを防ごうとして、箱に手をつき盛大に穴を開ける。

「――お前!」

 雪風の顔=悪魔の微笑み。

「やー、失敬、失敬。ちょっと体のバランスをくずしちゃって。じゃあないよ?」

「絶対だろ!」

「箱についているのは、君の指紋だよ?」

「!……って、機械の手に指紋ないよな? ついてないよな?」

 自分がにされかけているという危機感/焦り/動揺から、わかりきっている事実を、念のため、改めて確認。秋月が本気で自分の手を見て確認している間に、雪風は箱にあいた穴から少しだけはみ出ている白い布をつまみあげる。


「お――――――!」


 雪風が歓声とともに掲げた、仲間を陥れて手に入れた戦利品=白いレースと小さなリボンのついた可愛らしいパンティ。

 秋月も、存在しない自分の指紋を必死に探すのをやめ、頬を赤らめ、ほわーんとした表情で、しばし雪風の戦利品に見入る。


 一瞬の静寂――を打ち破る人の足音。

 戦利品を手にした雪風と、ぼけーっと見入っていた秋月、我に返り、慌ててそばの部屋に入る。

 ドアの隙間から覗いていた秋月、人影が部屋に近づいてきたため、急いでドアを閉める。が、急にドアを閉めたため、一緒に外を覗いていた雪風の

「痛っ! 痛って。挟まってるから! 髪、前髪! ハゲる! 抜ける!」

「静かにしろって!」

 がっつりドアを閉めたままの秋月と暴れる雪風。ドアがガタガタ音を立てる。秋風が騒ぐ雪風の口を塞ごうとドアから手を離した隙に、廊下側からドアが開けられる。


「!」

「あ……」


 硬直する二人の少年の前に立っていたのは、朝霧――と思いきや、もう少し年配のお姉さん――おそらくもう一つの名前の持ち主=アデーレ・紅葉もみじ・アーレント。

 小柄/痩身/紅葉のようなダークレッドの髪を肩の長さで切りそろえたボブスタイル。

 その切れ長の目が、今は怒りと軽蔑を湛え、雪風のポケットからはみ出ている白いパンティへ注がれている。冷たい視線を感じて、雪風はあわててそれをポケットの中へしまいこむ=あまり意味のない証拠隠滅。

 無言で手を出すアデーレ。

 仁王立ちのまま、目をすがめて雪風の顔を注視して圧力=「(今隠したものを)出せ!」。


「あー、そうそう、さっき落ちていたのを見つけて、落し物として交番に届けようかなと……」


 ポケットからそろそろと取り出したかつての戦利品=今は証拠品をアデーレに差し出す。

 アデーレ、白いパンティを引ったくり、雪風と秋月の二人を見下ろす。

 大人の女性の本気の怒りマジギレに、亀のように首を縮めて小さくなる二人の少年。

 アデーレ、後ろに下がり、少年達のために道を開け、顎をしゃくる。


 無言の命令=「さっさと行け! 失せろ!」。


 何も言わず足早に非常階段へ向かう二人。階段のドアを閉めた瞬間に、ふぅ――――と息をつく。


「何やってんだよ!」

「お前こそ、何でうまく隠れないんだよ」


 互いにヘマをなすりつけあっているところへ、ビル内に響き渡る警報。

――再度の銀行急襲。


 ふたりの所持している端末が同時に鳴る。

 雪風、ポケットから端末を取り出そうとして――カタン。ポケットから床に落ちる銀色の物体。フラッシュメモリー。

「あ? 何これ?」

 拾い上げてしげしげと見ている間に、秋月は自分の端末で送信されてきた内容をチェック。


「雪風、またが来たらしい」

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