情報~Finden!
その夜――。
LPB本部ビル5階=男性寮・雪風の部屋。
リヒテンシュタイン共和国に来てまだ2週間――にも関わらず、脱ぎ散らかした服/秋月から借りた漫画/食べかけのお菓子/すごく見たいわけではないがスリルを味わいたくて買ってみた成人向け雑誌/トイ・カプセルの中身/ゲーム機などが乱雑に散らかった部屋。
片付けようなどという気は一切おこらず、さっさとパジャマに着替えようと、乱暴に服、靴下、靴などを一気に脱ぎ捨てる。
「あいて」
足の裏に痛み――何か硬いものを踏んづけたらしい。フラッシュメモリー。
昼間、ポケットに入っているのに気づいて、そのまま戻したもの。またポケットから落としたらしい。踏みつけたせいか、表面にひびが入っている。
「あー、やべ。壊れたかな?」
と言いつつ、さして気にする風もなく机の上に放り投げ、パジャマをひっかけ、勢いよくベッドへダイブ・イン。
毛布をかぶり、目をつぶる。
瞼に昼間の光景。
銃声/爆音/割れるガラス――赤く染まる/割れた切手オブジェ/降り注ぐ大量の破壊物/いきなり転送されてきた巨大な物体/腕に重み――からだがびくっと痙攣する。目が覚める。
還送された右手を確認。通常モードの5本指。安心。
毛布をかけなおす。寝返り。つとめて寝ようとする。
再び、昼間の光景。自分に向けて放たれる銃弾/宙を舞う各種破片/頬を掠める何かの欠片だった金属片/向かってくるヘリの機体/聞こえてくる爆音――再び目覚める。
爆音の正体=隣室にて熟睡している秋月の盛大ないびき。
起こされたことにムッとして。
「うるせーよっ!」
ドン! 壁を蹴る。
「朝霧ちゃん、焦げてる!」
隣から寝言の返事。
「なんで今言うんだよ! さっき言えよ!」
思わず、大声でつっこんでしまう。目が冴える。
「朝霧ちゃん、カレーじゃないよ!」
「だから、さっき言えって!」
ドン! もう一度壁を蹴る。
ついつい、条件反射的につっこみを入れてしまう自分を呪いつつ。
「何がカレーだよ! あと壁薄いよっ! どんだけ薄いんだよっ! ケチってんじゃねーよっ! 秋月の耳だって、最初から
聞いてない相手に、本来ぶつける対象ではないものの、あれこれとまとめて全部吐き出して気分すっきり。しかし、完全に目は覚め、頭はしっかり覚醒モードに。
「あー、もうっ!」
むくっ――起き上がる。
ベッドから出て、机の上に置きっぱなしにしていた瓶入りのジュースを一口飲む。
「ん?」
これ、いつ買ったやつだったっけ? という疑問がわきあがり、口に含んだものを洗面所でべぇ――――――っと吐き出す。口をすすぎ、水を一口飲んで落ち着く。
時刻=2時10分。
目覚めたものの、やり場のない怒りとエネルギーを持て余す。
机の上――パソコンと、先ほどのフラッシュメモリー。パソコンを立ち上げ、メモリーを差し込む。
記録されているデータ=書類――「MAD展開状況」。
MAD? 展開? これ何? ってかこれ、誰の? 誰に返せばいいの? で、何で俺の服に入ってたの?
湧き起こる多数の疑問。書類を開く。画面をスクロール。
地図――ミリオポリスを中心として、同心円状に広がっている赤い点。
リヒテンシュタイン共和国、ルクセンブルグ、デンマーク、北マケドニア共和国。最後の国には(予定地)の文字。
いずれもヨーロッパの小国。共通しているのは、必要最低限の軍備しかなかった、あるいはそもそも非武装の国ばかり。そして何より、
「……さーっぱりわかんねー。俺、
いや、あの時には、北マケドニア共和国は候補地に入っていなかったはず。ということは、今の、現段階の特甲児童の派遣予定先ということか――?
パソコンを閉じて、再びベッドへダイブ・イン。新たな謎の効果か、隣室からのいびきが止まったせいか、今度はすんなりと眠りに落ちた。
その翌朝―――。
LPB本部の3階・大会議室にて、ノルトハイム隊長が朗々たる声でMSS(ミリオポリス公安高機動隊)から届いた情報を全員に共有。
リーダーと思しきグレネードランチャー男の名前=ライアン・スペイダー。
犯人たちの拠点=ミリオポリス内に大規模な拠点があると思われるが詳細不明。
犯人たちの支援組織=プリンチップ社。
他国でも同様の事件が起きている=ルクセンブルグとデンマーク。
雪風の頭の中、カチリと何かが音を立てる。
「何かがおかしい」――。
小声で秋月に話しかける雪風。
「秋月」
「うん?」
「ルクセンブルグとデンマークって、俺らが
「ああ、そういえばそうだな」
「つまり、
「襲撃された国はほかにもあるぞ? フランス、ドイツ、イタリア」
「ああ……だけど」
襲うに値するのだろうか、という小国をわざわざ選んで襲撃するのと、EU内で、いや世界的に見てもそれなりに経済力のある国を狙うのは、本質的に違うのではないか――。
「なんで? 何かあるのか?」
「いや……」
ポケットに手を突っ込む。指先に触れる、フラッシュメモリー。昨日見たデータとも一致していることが、なんとなく気になる。
しかし、そもそもこれが誰のものか、どういう経緯で自分の服のポケットに入っていたのかわからない分、気軽に口外してはいけないような気がして話すことがためらわれる。
「なんでもない。……ところでお前、昨日寝言うるさかったぞ」
「それ、お前だろ」
「え?」
てっきり寝ているものと思い込んで、昨夜ベッドの中で思い切り叫んだ悪罵の数々=ほとんどは秋月に対してというより、リーツに、隊長に、アデーレに、この国に、ミリオポリスに、そしてこの世界に向けた不平/不満/愚痴/文句/怒り。
あれを聞かれた?
いや、まさか――一応、壁で仕切られているし。
「――お前、この仕事、きついと思うか?」
とどめのアッパーカット。前を向いたまま表情を全く変えずに、自分の心の一番奥底に潜ませていた本音をさらりと聞いてくる同僚に、胃をきゅっとつかまれたような心地。自分の頭も心も全部見透かされたような気分=恥ずかしい。
「べ、別に……」
常日頃から秋風の朝霧への思いなどをネタにしていたずらしたり喜んだりしている分、自分の弱みを見られることに、すんごい抵抗感。
う゛ぇほんっ!
隊長の咳払い。目は、おしゃべりをしている特甲児童2名のほうへ向けられている。雪風、肘で秋月をつつく。二人揃って口を閉じる。
会議後――。
雪風の思考――ひとまず、データの入ったフラッシュメモリーは身近な大人に預けよう。本部へ向かう。
ドアに手をかけるが、漏れ聞こえてくる声が穏やかならぬ雰囲気なので、立ち止まる。
リーツと隊長の声。ややボリュームが大きい。
「ですから、信濃の処遇については……」
「電気代と薬品代を食って寝ているだけの児童を、いつまでも養っておくことはできんのだよ」
「ですが! 彼はこの国のために戦って、あの状態になったんです! ドクターシュレーゲルの判断もありますし」
「オーストリアの方から、彼と引き換えに、戦力になる児童を寄越すと言っているのだよ。断る理由があるかね?」
「――やっぱ、使い捨てかよ」
雪風は、ドアがから手を離してその場を立ち去った。
フラッシュメモリーのことも、ぶつけるべき不平も不満も胸にしまい込んだまま――。
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