君の事が……

 達希君ともう会えなくなるんだとしても、その時感じた想いだけは忘れたくは無い。

 しばらく見つめあっていると、達希君がふと思い付いたように言う。


「そうだ。宮子、この指輪なんだけどさ」


 達希君が見せてきたのは、さっき見つけた緑の指輪。どうしたのだろうと思っていると、信じられない事を言ってきた。


「この指輪、宮子にあげるよ」

「えっ?」


 そんな、せっかく見つけたのに、何で!?


「だってそれ、お母さんの形見の大事な指輪なんでしょ。そんなの貰えないよ」

「いいんだ。向こうに行ったら、お母さんとも会えるから。意地になって探していたけど本当はどうでも良かったのかもしれない。今はこの指輪よりも、宮子の方が大事だから。そんな君に、持っていてもらいたいんだ」


 照れたように笑う達希君。それを見て、あたしの頬も赤く染まる。

 

「宮子に預かってもらったら、この指輪も寂しくないしね。大事な人に預けてきたって言った方が、たぶんお母さんも喜ぶし」

「でも……」

「お願い受け取って。何でもいいから、僕が確かにいたっていう証を残したいんだよ。忘れないで。宮子の中に、僕はいるから」

「うん……」


 熱意に押されて、ゆっくりと頷く。

 でもね達希君、も指輪を受け取らなかったとしても、達希君のいた証はちゃんとあるから。

 一緒に過ごした時間は、何があっても色褪せるないから。


「これを受け取ったら、達希君はもう行っちゃうんだよね」

「うん……そうなる」


 やっぱり、そうだよね。ううん、きっと受け取らなくても、達希君は行ってしまう。これはきっと、変えることができない運命なんだ。

 だったら……だったらあたしも、辛くても覚悟を決めなきゃいけない。あたしがいつまでもウジウジしていたら、きっと達希君も困ってしまうから。

 本当にこれが最後なら、せめて笑顔で達希君が旅立つのを見送りたい。町を発つ時、ミサちゃんが私にそうしてくれたように。


「お願い。達希君もあたしのこと、忘れないで。向こうに行っても、時々で良いから思い出してほしいの」

「宮子……当たり前だよ。宮子のこと、絶対に忘れない。さあ宮子、手を出して」

「こう?」


 あたしはそっと右手を差し出した。だけど、達希君は首を横に振る。


「そっちじゃなくて、左手。宮子、右利きでしょ。右利きの人は、左手に指輪を付けるものなんだよ」

「あ、そうだったっけ」


 そう言えばそんな話を聞いた事があるような。

 思い出していると、達希君の手がそっと私の左手にくれる。それは、冷たいけど何故か温かな感じがした。


「それじゃあ、ハメるよ」


 緑色をした指輪が、薬指にハマる。大きくてブカブカだけど、キラキラと輝いていてとても綺麗。こんなワンシーン、テレビで見た事がある。そう、これはまるで……。


「結婚式、みたいだね」

「なっ⁉」


 思っていた事と同じことを、先に言われて、カッと顔が熱くなる。

 見ると達希君はくすくすと笑っている。照れるような事を、遠慮無く言ってくるから困る。


「もう、達希君……」


 変な事を言わないでよ。そう言おうとしたけど、その前に達希君が急に顔を近づけてきた。

 いったい何? そう思う間もなく、頬に柔らかなものを感じる。ちょっと待って、これってもしかして……キス?

 声を出す事も出来ずに固まっていると頬の感触が消え、頭を引いた達希くんの笑っている顔が眼に映る。


「た、達希くん……い、今の……」


 顔を真っ赤にしながらパクパクと口を動かしていると、ニコニコと笑う達希君の唇が動いた。


「好きだよ、宮子。君の事が」

「――――――――ッ!?」


 思わず息を飲む。だけど次の瞬間、そこにあった達希君の姿は、まるで煙のように消してしまった。


「………えっ?」


 それはあまりに唐突で。アニメなんかでは幽霊が消える時って、光に包まれるのが定番だけど、それも無くて。

 いなくなるんだってわかってはいたけど、それはあまりに唐突だった。

 こんな……こんなのって……。


「達希君……」


 まるでここには、始めから私以外は誰もいなかったよう。すっかり日の落ちた神社の中で、あたしは一人佇んでいる。

 もしかして、全部夢だったの? そんな気さえしてくる。


 けど、強く握りしめた左手には硬い感触があって。目をやるとそこには、緑色に光る指輪が輝いていた。


 やっぱり、達希君は確かにいたんだ。けどこれからは会う事も、声を聞く事も出来ない。

 達希君はもう、どこにもいないのだ。


「……うっ……うっ……うあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 一度は引っ込んでいた涙が、また溢れてくる。

 冷たいけど温かかった手に触れる事も、ドキドキして直視できなかったあの笑顔を見る事も、もう無い。いや、本当は今まで会えてた事の方がおかしかったのだ。


 だけどそれでもあたし達は出会った。出会って、同じ時を過ごした。

 けど、そんな達希君はもうどこにもいない。


「うあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 最後に笑顔を作れたかどうかは分からないけど、たぶん泣いてはいなかったと思う。

 最後の時は、泣かずいいられたんだ。あたし、がんばったよ。だからもう、泣いても良いよね。


『好きだよ、宮古。君の事が』


 最後に言ってくれた言葉が、胸の中で蘇る。

 もう二度と会うことのない、大好きな人の事を想いながら。あたしは泣き続けた。

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