殴られた後に
上級生に喧嘩を売った危ない奴。そんなレッテルが貼られたのだと知ったのは、五年生の教室で乱闘騒ぎを起こした次の日のこと。
この日はまず、朝登校した時点で何かが違っていた。
誰も話しかけてこないのはいつものことだけど、何故かやたらと視線を感じる。
振り向くと、今までこっちを見ていた子が慌てて目を逸らす、なんて事が多々あった。
無理も無いか。昨日あれだけの事をやらかしたんだから。
あの騒ぎの後、あたしは保健室へと連れて行かれ、それからすぐに早退させられた。
あたしは別に、帰らなくても平気だったのに。それに放課後には達希君と会わなくちゃいけないから帰りたくはなかったのだけど、いつの間にかママに連絡が行ってて、学校まで迎えに来たのだ。
「すみません。宮子が本当にご迷惑をおかけしました」
そう言って先生に頭を下げるママを見て、自分のしたことを後悔した。
田原君に指輪がどこにあるのか聞いた事は、今でも間違っていたとは思わない。だけどあんな風にママに迷惑を掛けて、悲しませてしまった事には、心が痛んだ。
「宮子、今の学校はそんなに嫌? 元いた町に帰りたい?」
悲しい目をしながらそう聞いてくるママに、「うん」とは言えなかった。
わがままを言ってこれ以上迷惑を掛けたくなかったし、それに達希君のこともある。達希君の問題に決着がつくまで、この街を離れる気にはなれない。
ママにはちゃんと「ごめんなさい」って謝ったけど、それでも心配そうにしていた。
「ゴメンね。ママのせいで転校なんてさせちゃって」
どうやらママは、今回の騒ぎは私が学校に馴染めていないせいで起きたんだって思ったみたい。
こんなに心配してくれたのは、ちょっと意外だった。前はあたしに大事にしているウォークマンを捨てなさいって、イジワルを言ってきた事もあったのに。
だけど家に帰ってママと話をしているうちに、だんだんと何を考えているかが分かってきた。
たぶんママずっと前から、あたしが友達を作れずに一人でいる事を気にしていたのだ。
ウォークマンを捨てるように言ったのも、歌ばかり聞いてないで友達を作ってほしいって思ったのだろう。
本当の事は分からないけど、そうだって事にしておこう。ママは本当にあたしのことを心配してくれて、学校にまで来てくれたんだから。
友達はいるのかって気かれたあたしは、「いる」って答えておいた。たぶん、嘘は言っていないよね。達希君とは、友達と言っていい……はずだ。いい、よね?
詳しい事は黙っていたんだけど、それでもママは喜んじゃって。今度家に連れて来ると良いって言ってくれた。
そんなわけで、ママの方は何とかなったのだけど、学校では針のむしろ。一人でいることに慣れているとはいえ、こうも見られているのは流石に辛い。
放っておいてほしいとは思うのだけど、それは難しいだろう。今あたしの頬には、大きな絆創膏が痛々しく張られている。
昨日田原君に殴られたせいだけど、このせいでやたらと悪目立ちし、どうしてもみんな気になってしまうようだ。残念だけど、これは仕方が無い。あたしだってクラスにこんな子がいたら、つい目で追ってしまうかもしれないし。
そんなこんなで一時間目、二時間目が過ぎ、やがてお昼休み。給食を食べ終えたあたしは逃げるように教室を出て、校舎の外に出た。
別に何か目的があったわけじゃ無い。ただ教室に残って、またみんなに見られるのが嫌で、適当に動いただけだ。
今日は晴れているけど、その分日が差していて暑い。日光を避けるためにグラウンドの隅にある小さな木の下まで行くと、そのまま幹に寄り掛かる。
昼休みが終わるまでこうしていよう。そう思っていたのだけど。
「……宮子ちゃん」
目を閉じて風を感じていた私は、呼ぶ声で目を開ける。見るとそこには、心配そうにこっちを見つめる青葉ちゃんがいた。
「青葉ちゃん……何か用?」
「用ってわけじゃ無いんだけど……そのケガ、大丈夫?」
「これ?平気だよ」
頬杖をつくように頬をさすると、鋭い痛みが走る。きっと絆創膏の下は、まだ赤く腫れているだろう。けど正直こんな怪我よりも、何もできなかった悲しみの方が大きかった。
「ごめん。あの後お姉ちゃんから聞いたんだけど、田原君ってかなり乱暴な男の子なんだって。ちゃんと教えておけば、こんな事にならなかったのに」
「別に青葉ちゃんのせいじゃないよ。私が勝手にやっただけだから」
青葉ちゃんはただ教えてくれただけで、何も悪くない。だけどなおも申し訳なさそうな顔をしながら、首を横に振る。
「謝らなきゃいけないことは他にもあるよ。宮子ちゃんが転校してきたばかりの頃、色々酷い事言っちゃった事とか」
「あ、ああ……」
あの事か。
転校してきて、新しいクラスに馴染もうと頑張っていた頃、青葉ちゃんに言われたんだっけ。喋り方が変だって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます