音楽を聴いて
達希君と出会ってから半月が過ぎた。
今日は日曜日。あたしは朝から、秘密基地である神社へと足を運んでいる。
早くに家を出たつもりだったけど、あたしがやって来た時にはすでに社の前、お賽銭箱の横に、達希君は立っていた。
いつもと同じ水色のシャツにベージュのズボン。その姿を見たあたしは、元気よく手をふった。
「達希君っ!」
「おはよう宮子。早かったね」
「早いのは達希君だよ。ごめんね、待たせちゃって」
「ううん、僕も今来たところだから」
そうは言うけど、達希君は今までずっと、あたしよりも早く神社に来ている。一度くらいは達希君よりも先に来たくて、早めに家を出たつもりだったんだけどなあ。
「そういえば、達希君ってどこに住んでるの? もしかしてこの近く?」
早くこれると言うことは、近くなのかな? だけど達希君は、首を横にふる。
「近くってわけでもないかな。それより、今日はどこを探そうか?」
「河原はどうかな?あの辺はまだ探してないでしょ」
「河原かあ。梅雨に入ったら探しにくくなりそうだし、ちょうどいいかも」
「じゃあ決まりだね。あ、それとね」
あたしは持ってきた鞄をあさり、中からウォークマンを取り出す。達希君、前に私の好きな歌を聞いてみたいって言ってくれたから、持ってきたのだ。
「これってもしかして、前に言っていた」
「うん。持ってきたんだけど、どうしよう?今聞いてみる? それとも探した後にする?」
「今聞きたい。後にしたら、気になって集中して探せないよ」
「わかった。ちょっと待っててね」
一緒に持ってきたカセットテープをウォークマンにセットし、再生ボタンを押して達希君にイヤホンを差し出す。
「はい、これで聞けるよ」
「ありがとう。でもこれだと、宮子が聞けないんじゃないの?」
「あたしは良いよ。何度も聞いてるし」
「でも、何度も聞くくらい好きな歌なんでしょ。できれば宮子と一緒に聞きたいけど……。そうだ」
達希君はそう言って、イヤホンの片方を自分の耳に入れ、そしてもう片方はあたしに差し出してきた。
「宮子も付けて。そうすれば一緒に聞けるでしょ」
「えっ?」
確かにそれだと一緒に聞ける。だけどこれでは、一つ大きな問題が生まれてしまうのだ。
このイヤホン、コードがあんまり長くない。それを二人で使うとなると、かなり近くによらなければいけないわけで。達希君にぴったりとくっつくようにして聴かなければならないということなのだけど。
無理、なんだか恥ずかしい。
おかしいなあ。前にミサちゃんと同じようにして聴いた時は、こんな気持ちにならなかったのに。
けど、無理なものは無理。せっかく提案してくれた達希君には悪いけど、ここはきっぱり断ろう?
「どうしたの?一緒に聴くのは嫌?」
寂しそうな目をする達希君。心がチクチクと痛む。
一緒に聴くなんて無理。無理なんだけど……。
「そ、そんなことないよ。全然平気だもん」
つい出てしまったのはそんな言葉。すぐに我に返って慌てて訂正しようとしたけど、時すでに遅し。
満面の笑みを浮かべる達希君を前にすると、やっぱりダメだなんてとても言えなかった。
結局あたしは断ることができずに、二人並んで社の前に腰掛け、イヤホンから流れてくる音楽を聴くこととなった。
「あ、この歌知ってる。確か、『少年時代』だったっけ?」
「うん、井上陽水さんの」
「この歌は……聴いたことがあるとは思うんだけど」
「レベッカの『フレンズ』」
「宮子は物知りだね。それに、どれもとっても良い歌だ」
上機嫌の達希君。その様子を見ると持ってきてよかったって思えるんだけど、同時にさっきからバックンバックンと鳴っている心臓の音が聞かれていないかが心配でたまらない。
なんせかなりの至近距離にいるんだ。伝わっていても不思議じゃない。
だけど幸いにも曲が終わるまで気づかれることはなく、イヤホンを外してようやく安堵のため息をつく。
「あー楽しかった。よかったらまた聞かせて……って、宮子。大丈夫?」
「な、何が?」
「ずいぶんと顔が赤いけど、もしかして熱中症? 体調が悪いなら、今日はもう帰った方がいいんじゃ?」
え、あたしそんなに顔に出ちゃってる? は、恥ずかしいー!
「へ、平気。すぐによくなるから」
「でも……」
「でもじゃない!とにかく大丈夫だから、早く河原に行こう!」
「なら良いけど。何だか怒ってない?」
「怒ってないもん!」
そう言って顔を隠すように達希君に背を向け、ズカズカと歩いて行く。
後ろからは慌てて追ってくる達希君の足音と「僕、怒らせるようなことしたかな?」という、何とも呑気な声が聞こえてくる。
まったく、人の気も知らないで。どうせ達希君は、あたしと違って全然ドキドキしてなかったんだろうなあ。
そう考えると、胸の奥がモヤモヤしてくる。相変わらずこの気持ちの正体はわからない。温かいようで苦しいようで、何だか変な感じがする。
「―宮子――宮子」
依然として顔は火照ったまま。ひょっとして、本当に風邪引いたのかなあ?
歩きながら自分のおでこに手を当ててみると――
「宮子っ!」
「え? きゃっ⁉」
いきなりグイッと腕を引っ張られた。瞬間、目の前を大型のトラックが通りすぎて行く。
目のあったのは大きな道路。そして赤いランプの付いた歩行者信号だった。
「あ、ありがとう」
達希君に助けられたのだと言うことを理解して、さっきまで機嫌が悪かったことも忘れて素直にお礼を言う。
本当に危なかった。達希君がいなかったら、はねられていたかもしれない。
あたしの無事な姿を見た達希君は、思わず安堵のため息をつく。
「良かった、無事だった。ダメだよ、道路を渡るときは気を付けなきゃ。特にトラックにはねられたりしたら、簡単に死んじゃうんだからね」
「ご、ごめん」
さっきとは違うドキドキを静めながら謝る。
達希君はそれ以上何も言わずに、青になった信号を見て道路を渡り、あたしもその後を追う。
達希君と一緒にいると、なんだかドキドキしてばっかりだなあ。
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