シークレットベース

 達希君と一緒に指輪を探す。そう決めたはいいけど、一つ大事なことを忘れていた。そういえば、待ち合わせの場所も時間も決めていない。

 その事に気づいたのは学校が終わった後。達希君の所へ向かおうとして、そういえばどこに行けばいいんだっけと思い、足が止まった。


 失敗した。スマホでもあれば連絡がとれるけど、生憎そんな便利な物は持っていない。達希君はどうかわからないけど。

 でもどうしよう? 昨日一昨日と公園で会っていたけど、あそこはもう探し終わったし。

 とはいえ他に心当たりなんて無い。いるかどうか不安に思いながらも、公園へと足を向ける。


 果たして本当にいるだろうか? だけど不安に反して、達希君は公園にいた。

 一人でブランコに座りながらこぐわけでもなく、少し揺らしながらキイキイいわせている。その姿を見たあたしは昨日別れた時と同じように、大きな声で名前を呼んだ。


「達希君っ!」

「宮子。良かった、ここに来るかどうか分からなかったから、会えないんじゃないかって心配だったよ」

「あたしも。でも、会えて良かった」


 達希君の傍に駆け寄り、にっこりと笑う。すると達希君も笑い返してくれて、なんだか嬉しい。


「でもこれからの事を考えたら、待ち合わせ場所を考えておいた方がいいかも」

「そうだね。どうせなら学校の近くが良いよね。時間も無駄にならなくてすむし」

「学校の近くかあ……そうだ、良い場所があるや。学校のすぐ傍に神社があるの知ってる」

「ああ、あの小さな神社? 確かにあそこなら近いし、普段誰もいないからちょうど良いかも」


 その神社と言うのは、あたしが一人で時間を潰せる場所を探していた時に見つけたもの。

 誰にも会わないようにと身を隠していた場所だったけど、こんなところで役に立つなんて思わなかった。


「じゃあ、とりあえずそこに行ってみよう。問題ないかも確かめたいし」

「うんっ」


 こうして私達は、二人して神社へと向かう。

 そこは古びた社があるだけの小さな神社で、来てみたけどやっぱり人っ子一人いない。だけど、あたし達にとっては好都合。


「ここなら誰にも邪魔されずに待ち合わせできるね。なんだか、シークレットベースみたい」

「シークレットベース?」

「秘密基地って言う意味。あたしの好きな歌でそんなタイトルの物があるの。『君がくれたもの』って言葉が後に続くかな」

「ああ、そういえば聞いたことあるような。古い歌だったと思うけど、よく知ってるね」


 そう言われて、ハッと気づいた。つい話しちゃったけど、昔の歌だから知らない子の方が多いんだ。前にクラスでこんな風に話した時は、笑われちゃったし。


 思い出すと、とたんに不安になってくる。達希君に、変な子だって思われてないかな?

 他の子にそう思われるのも嫌だけど、なんだか達希君だと余計に嫌な気持ちになりそうで怖い。


「どうしたの? 急に黙って」

「ええと、あたしの事変だって思ってない? 昔の歌が好きだなんて、おかしいよね」


 恐る恐るたずねたけど。達希君はキョトンとした様子で返事をする。


「えっ、どうして? 良いじゃない、昔の歌が好きでも。みんなが知らない良い歌を沢山知ってるってことでしょ。僕は凄いと思うよ」

「本当!?」


 こっちに来てから初めてこの趣味が受け入れられた。嬉しくなったあたしは、他にどんな歌が好きかを言って、達希君はどんな音楽を聴くのかを尋ねてくる。


「松任谷由実さんの歌は好きだなあ。名曲そろいで素敵だもん」

「知ってる。『魔女の宅急便』や『風たちぬ』で使われた歌だよね。あれって、映画のために作られた歌じゃなかったんだね。けど、雰囲気が凄くあってる」

「でしょう。あと他に……」


 こんな感じで、あたし達は次から次へと喋っていく。

 だけど、少し夢中になりすぎた。気がついた時には、西の空が赤く染まっていた。


「もう夕方? ごめん、手伝うって言ったのに、話してばかりで。かえって邪魔しちゃって」


 申し訳無くて頭を下げる。

 だけど達希君は怒った様子も無く、それどころか優しく頭を撫でてくれた。


「平気だよ。探すのはまた明日にすれば良いんだし。それに僕も、たくさん話ができて楽しかった。宮子の好きな歌、いつか僕も聞きたいな」

「わかった。それじゃあ今度、ウォークマン持ってくるよ。一緒に聴こう」

「本当に? ありがとう、約束だよ」


 あたし達は指切りを交わし、神社の鳥居を潜る。

 ウォークマンはいつ持ってこようか? 学校には持っていっちゃいけないから、一旦家に帰って取ってくる? でもそれだと、肝心の指輪を探す時間が削られてしまう。


「難しい顔して、どうしたの?」

「ウォークマンをいつ持ってこようかと思って。学校がある日は難しそうだから、土曜日や日曜日がいいかな?」

「え、土日も来るの?」

「え、土日は指輪、探さないの?」


 しまった。てっきり休みの日も指輪を探すものと思って話してたけど、達希君はどうするつもりだろう?


「しないの? 指輪探し」

「それは……。今まではやっていたけど。宮子は良いの? 休みの日まで僕に付き合って」

「良いよ。達希君といるの楽しいもん」


 だけどそう言った後に、あわてて口を閉じる。

 い、今の言い方じゃまるで、達希君を好きなんだと誤解されるかも。


 だけどどどうやらそれは思い過ごしだったみたいで、達希君に特別変わった様子はない。


「ありがとう。宮子は優しいね」


 にっこりと笑いかけられる。

 なぜか一瞬、ちょっとは誤解してくれてもよかったのにと、さっきとは真逆の事を考えてしまったから不思議。

 ちょっとくらい、慌ててくれてもいいのに。


「それじゃあ宮子、また明日」

「うん。また明日」


 お互いに手を振りながら、別れを告げる。

 そういえばいつの間にか、「また明日」って自然に言い合えるようになっている。

 どうしてだろう? たったそれだけの事が、今はとても嬉しい。


 込み上げてくる温かい気持ちを胸にしまいながら、あたしは秘密基地を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る