賽銭箱の中に

 視線を社に移す。

 社の前には小さな台があって、その上にはいつから置かれているか分からない、木でできた古い賽銭箱が鎮座している。

 元々は綺麗な箱だったのだろうけど今は汚く変色していて、まるでゴミ箱のよう。

 とてもあの中にお賽銭を入れようとは思わない。


 だけどだからこそ。もしかしたら田原は、あの中に指輪を捨てたのかもしれない。

 的外れな推理かもしれないけど、覗いてみる価値はあるかも。


 ドキドキしながら近づいてみて中を覗き込んでみる。だけど……。

 賽銭箱の中は、暗くてよくわからなかった。もしかしたら有るかもしれないけど、こう暗くては確かめようがない。


 どうしようか? あ、そうだ。横倒しにして中身を取り出せばいいんだ。


 さっそく賽銭箱を持ち上げようと手をかける。だけど、思っていたよりもずっと重くて、持つことができない。

 それなら横にひっくり返そうと片面を押してみるものの、これも中々動かない。


 どうにかならないかなあ? 

 今度は賽銭箱の裏側に回り込んで、体重をかけて押してみる。力一杯押すと、わずかに賽銭箱が床を引きずられた。

 ちょっと動いた。もう少し力をかければ何とかなるかも。そうして再び力を込めると、賽銭箱はズズッと床の上を滑っていく。

 よし、この調子だ。そう思った次の瞬間。


「あっ!」


 思わず声を上げた。床を滑った賽銭箱は横倒しになるのではなく、そのまま乗っている台の先へと押しやられてしまったのだ。

 バランスを崩した賽銭箱は、当然そのまま台を滑り落ち、そして……。


 ガシャーン!


 大きな音が辺りに響いた。草むらを探していた達希君も、何事かとこっちに駆けてくる。


「今すごい音がしたけど、いったいなにが……って、ああっ!」


 その惨状を見て、思わず声をあげる。無理もない、台から転げ落ちた賽銭箱は、あまりに無惨な姿に変わり果てていたのだから。

 格子状の蓋は落ちた衝撃で外れていて、中に僅かに入っていた小銭は辺りに散乱している。こんなに簡単に蓋が外れるなら、最初から外そうとしていればよかった。


「どうしよう……」


 これってやっぱり、バレたら怒られるよね。

 あたしはしゃがみこんで、とりあえず賽銭箱を元あった所に戻そうと手をかける。だけどその時ふと、落ちている小銭の中で何かが光った。

 あれ、これって?


 思わずそれに手を伸ばす。茶色い十円玉とも、銀色の小銭とも違う緑色をしたそれは……。


「宮子!」


 ソレに触れたところで、行きなり名前を呼ばれてハッと我にかえる。

 振り返ると達希君が、慌てたような顔をしていた。


「走るよ!」


 いきなり手を掴んできたかと思うと、そのまま私を立たせて有無を言わさず走らせる。


「ちょっと。達希君、手が痛いよ」

「ごめん、だけどすぐにここから離れないと。誰もいないような神社だけど、もし人が通りかかって、壊れた賽銭箱と宮子を見たら、どう映ると思う?」

「えっと……賽銭泥棒?」

「その通り。そんな事になっちゃったらって嫌でしょ」


 もちろん嫌に決まっている。何も悪い事をしていないのに泥棒扱いなんて、濡れ衣もいいところだ。

 あれ、賽銭箱を壊しちゃったのは悪いことに入るのかな?


 チラリと後ろを振り返ると、無惨に転がる賽銭箱が視界に映る。

 だけど一度走り出してしまったら、不思議と足が止まってはくれないのだ。


 神様ごめんなさい! 今度お賽銭入れに来るから許して!


 心の中で目一杯謝りながら、足はそのまま神社の外へと向かって行く。

 賽銭箱を壊したなんて、とてもミサちゃんには言えないや。お母さんごめんなさい、私はちょっとだけ、悪い子になっちゃいました。

 とまあこんな感じで、あたしは罪悪感に教われていたのだけど。


「何だか悪戯をして逃げているみたいで楽しいね。こういうのも、たまになら良いかも」


 隣を走る達希君は暢気なものである。普段は真面目そうなのに、男の子って皆こうなのかなあ?

 軽いため息をつきながら、ふと握っていた手の中にあるモノを確かめる。


 壊れた賽銭箱から拾い上げたれを、そっとスカートのポケットの中へとしまうと、あたしは全力で神社から走り去った。

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