達希君は、幽霊なの?
どこかに出掛けたときは、行き道よりも戻り道の方が距離を短く感じる。これは行く時にも一度通った道だから、その分刺激が無くて単調に思えるからだって、前にテレビで言っていた。
難しいことはよく分からないけど、たぶん今日の戻り道を短く感じたのは、そんな難しい理屈のせいでは無いと思う。
賽銭箱を壊したあたし達は必死になってその場を離れ、足早に元来た道を歩いて行った。
距離を短く感じたのは、きっとそのドキドキで頭がいっぱいだったためだろう。
そんなこんなで、どうにか学校の近くの神社まで戻ってきたけど、その頃には日も落ちていて、辺りは暗くなりかけていた。
「すっかり遅くなっちゃったね」
神社の境内に入ったところで、達希君がそう言う。思えばわざわざここに戻ってこなくても、遅くなったのだから途中でそれぞれ家に帰ってもよかったんだ。
「今日はもう解散しよう。あんまり遅くなると、お家の人が心配するよ」
「う、うん。そうだね……」
返事をしながらそっとポケットの中に手を入れると、指先に固い感触がある。
それは、さっき壊してしまった賽銭箱に入っていた物。あたしはそれを、強く握りしめた。
「家まで送って行こうか? もう暗くなってきてるし。そういえば、宮子の家ってどの辺だっけ? 神社を出て、右の道を帰っているよね」
背を向けた達希君は鳥居をくぐり、道の先を見る。
あたしはその隙にポケットから手を取りだして、握っていた手の平を広げた。
そこには、緑色の宝石をあしらった綺麗な指輪が輝いている。
おそらくこれが、達希君が探していた指輪。田原はやっぱり、指輪を賽銭箱の中に捨てていたのだ。
本当なら今すぐに……いや、見つけた時点で、達希君に言わなければいけなかった。だけどあたしは、今まで黙ったまま。
話すタイミングが無かった? ううん、そんなことは無い。
ただ怖かっただけだ。この指輪を達希君に返してしまうと、今まであった大切な何かが無くなってしまうような気がしたから。
探すのを手伝うって言ったのに、見つかってもそれを教えてあげないなんて。あたしはいつからそんな、イジワルな人間になってしまったのだろう。
返さなくちゃいけない。だけど、返したくない。そんな矛盾した思いがぶつかりあって、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「宮子、どうしたの?」
いつの間にかこっちに戻ってきていた達希君が、俯いているあたしの顔をそっと覗き込もうとする。
ギクリとして、咄嗟に指輪を持つ手を後ろに隠すと、平静を装って顔を上げる。
「な、なんでもないの。それより、今日はごめんね。せっかく遠くまで足を運んだのに、結局はムダになっちゃって」
本当は指輪は見つかったのに、ついそんなことを口にしてしまう。だけど達希君はそれに気づいた様子もなく、いつもと変わらない笑顔を向けてくる。
「そんなことないよ。宮子と出掛けられて楽しかった。何だかテレビや漫画で見るような、デートでもしてたみたい」
「デっ……」
カーっと顔が暑くなる。まさかとは思うけど達希君、デート慣れしている訳じゃないよね。小学生なんだし。
「宮子には本当に感謝してるんだから。毎日僕の指輪探しに付き合ってくれて。宮子と会うまではずっと一人でいたけど、君が手伝ってくれるようになってから毎日が凄く楽しいよ。ありがとう」
向けられる笑顔が辛い。本当は、お礼なんて言ってもらう資格は無い。
せっかく見つかった指輪のこともナイショにしちゃうような、酷い子なんだから。
もうこれ以上、嘘をつき続ける事には耐えられない。泣きそうになるのを我慢しながら、じっと達希君を見つめる。
「達希君、話があるの」
「話?」
「うん。黙っていたんだけど、実は……」
背中に隠していた手をそっと前に出し、握っていた指を広げる。そしてその中には緑色の光を放つ指輪があった。
「これって……」
「ごめんなさい。本当はさっきの神社で、逃げる前に見つけていたの。だけど言い出せなくて……本当にごめん!」
大きく頭を下げて、誠心誠意謝る。もしかしたらこれで嫌われちゃうかも。大事な指輪を隠していたのだから当然だ。
チラッと目だけを達希君に向けると、そっと頭に手を伸ばしてくるのが見えた。
怒ってる。殴られるんだ。そう思って身を縮めたけれど。
ぽんっ。
やってきたのは予想に反して柔らかな感触。それが頭を撫でられているんだって気づいたと同時に、優しい声が耳に届く。
「ありがと……ありがと宮子。僕の大切な指輪を見つけてくれて」
怒気は全く感じられない。顔を上げると、そこには穏やかな顔をした達希君がいる。
「怒って……ないの?」
「怒る、どうして? 指輪を見つけてくれたのに、怒るわけ無いじゃない」
「でも……」
今まで見つかったことを黙っていたわけだし。だけど達希君はそんなことを気にする様子もない。
手の上にあった指輪に手を伸ばして来る。一瞬指が触れて冷たさを感じた。達希君の手は本当に冷たい。それは生きている人間の温度では無いかのよう。
指輪を手にした達希君は、愛しそうにそれを見つめている。まるで何年も会っていなかった親友と再会でもしたような、穏やかな目をしながら。
「本当に戻ってきたんだ。探しはじめてから一年、長かったなあ。これも全部、宮子のおかげだよ。本当にありがとう」
満面の笑みを浮かべる達希君。だけど私の心は逆に、不安でいっぱいだ。一年前から探していたって。それは丁度、学校で聞いた達希君が亡くなった時期と一致している。だとしたらやっぱり。
「達希君……」
「何?」
「指輪は見つかったけど、また会いに来ても良いよね。明日も明後日も、またここで会えるよね?」
「宮子、それは……」
黙り込む達希君。どうして何も言わないの?どうして大丈夫だって言って、笑ってくれないの?
さっきまでの笑顔が嘘みたいに、神妙な面持ちでこっちを見つめ返す達希君。やめて、そんな目はしないでよ。まるでもう二度と会えなくなるような、そんな目を。
沈黙が訪れる。お互いに言いたいことがあるはずなのに何も口にすることができない。
嫌な汗が流れて、背中を伝う。そして、最初に沈黙を破ったのはあたしの方だった。
「ねえ、達希君。達希君は、幽霊なの?」
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